第十八髪 頭にくる 笑いふりまく 大地神

 一行は地下迷宮ラビリンスの前までやって来た。

 天馬を近くの大木に繋ぐと、大巫女は周りに簡単な魔除まよけの結界を張る。

 大きめの袋はクリームの背中にくくり付け、小振りな荷物は慎太郎とクオーレが背負う。

 階段を下りた先にあるアーチ状になった入り口の門はまるで慎太郎達をむかえ入れるように大きく開かれており、左右には一対の石像が鎮座ちんざしている。

 頭の部分が双頭の犬をかたどった異形の像であり、慎太郎がそれをながめていると、唐突にその二つの口から耳障りな笑い声が噴き出してきた。


「ゲッハッハッ! ゲーッハッハッハッハッ! 久方ぶりだな、大神官クンとそのご一行サマ! ようこそ、我が神聖なる宮殿へ!」


 男性のようにも女性のようにも聞こえる複雑に合わさった音声は、口をはまいとまも与えず、言葉を続ける。


「ハーッ! ゲッハッハ! ワラワは大地神エルザビ。ルミーノの大地をあずかる者じゃ。前回は貴様らで辛酸しんさんをぺろぺろ、めにめつくしたが、今回のワラワはひと味違うぞ。さあ、ゲームの始まりじゃ! 心してこのあい背徳はいとく地下迷宮ラビリンスに入るが良い!」


 ゲーッハッハッハ、ゲーッハッハッハッハッハ、と馬鹿笑いは続き、たまに笑いすぎたせいかハゲしくむせたりしつつ、徐々に音量が下がっていく。

 そして再び、場に静寂が戻る。

 大巫女と慎太郎は顔を見合わせると、思わずため息をついてしまった。


「行こうか」

「……そうですね」


 人間味にんげんみあふれる神に何となくが抜けてしまった一行だが、油断させるわなかもしれない。

 改めて気持ちを引き締め直すと、迷宮へと挑む。


     *


 大巫女の親衛隊長でもあるクオーレが、ランタンを手に先導していく。

 彼女は《あい》相も変わらず布面積の少ない服に皮の胸当てを付けただけの軽装で、きたえられた腹筋やしなやかな二の腕や太ももがき出しである。

 普段と違うところをいてあげるなら、両手に金属製と思われるごつごつとした手甲ガントレットをつけているところだろうか。

 光沢が美しい白銀に複雑な紋様もんようが黒で彫金ちょうきんされており、業物わざものであることは容易に見て取れた。

 そんな彼女の後ろを大巫女、慎太郎、マリーナが横に並び、最後尾にはクリームが、とことこと付いていく。

 地下迷宮ラビリンスはいかにもゲームなどに出てきそうな、乳白色の石を積み上げて作られた回廊かいろうになっていた。

 一方でその意匠は実にこまやかで、それぞれが整然と切り揃えられている。

 通路も一行が横に並んで歩けるほどの広さがあり、創作主エルザビ丁寧ていねいさがうかがえる、妙に安心感のある構造であった。

 10分程歩いたところで、き当りとなり、通路は左右に分岐ぶんきしていた。


「どちらに行けば良いのでしょうか」


 大巫女の言葉に、クオーレと慎太郎は答えを持っていない。

 だが、マリーナは革製かわせいのサイドポーチから、一枚のふだを取り出す。

 慎太郎はのぞきこむ。

 そこに描かれていたのは、地図ではなく、ひらがなの羅列られつ

 つまり、ヤナギノクであった。


「……ここに、過去の大神官が使用した迷宮の奥へと辿たどり着くための術式が書かれている。シンタローになら出来るはず」

「ふむ……、なるほど」


 符を見てイメージをふくらませる。

 そして、――み上げる。


 なびかして

  かみのちず■では

   げんなりよ


 慎太郎の声に応じるかのように符から光が溢れ出し、まるで道標みちしるべのように床に光の点が一定間隔で現れる。


「よし、行けそうだな」


 一行はそれを頼りに迷宮の奥へ進んでいく。

 符の光は途切れることなく輝き続け、力を発揮し続けている。

 普段、ヤナギノクを使っている時と同様、頭部がじんわりと熱いままであり、今はその高揚こうよう感が安心感へとつながっていた。

 途中、小部屋に出た時などは適宜てきぎ休憩きゅうけいを行い、途中昼食もとる。

 クオーレがクリームの乳を手慣れた様子でしぼる。

 カプラの乳頭は4つ有り、それぞれ濃度や味が変わり、一番薄いものは軽やかな牛乳のようであり、一番濃いものはまるでチーズのようにねばり気があり、芳醇ほうじゅんな味わいだ。

 美味びみ堪能たんのうするとどうして、緊張感がなくなってくる。

 ときたま大きめのねずみのような怪物かいぶつ遭遇そうぐうすることもあるのだが、すぐに逃げていくため、戦闘らしい戦闘も起こらない。

 慎太郎達は段々とピクニックをしているような楽しい気分になってきてしまうのだった。

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