第十九髪 毛を求め 激しさを増す いくさばよ

 それから、どれくらいの時間歩いたのだろうか。

 少し狭まった回廊かいろうの奥に、大きな光の広がりが見える。

 一行が入ると、地中深くとは思えないほどの大空間が広がっていた。

 天井までゆうに10メートルはにあるだろうそこはドーム状になっており、地上で見た遺跡と同じ、神殿跡のような構造物が立ち並んでいる。

 その中央には、入口の門で見た石像に良く似た巨大な双頭そうとうの犬が、まるで人間のように二足で屹立きつりつしていた。

 それぞれの頭は片目に眼帯がんたいをしており、薄く開いた口からは舌がだらしなくはみ出たままで、よだれを垂れ流し続けている。

 右腕だけ隆々りゅうりゅうとした筋肉で大きく盛り上がっており、バランスが悪くいびつだ。

 その手に持った棍棒こんぼうには鎖が何重にもかれており、得物えもの凶悪きょうあくさをきわだ立たせている。

 その異形の姿に圧倒あっとうされていると、再びあの耳障みみざわりな大音声が空間全体に響き渡った。


「ゲーッハッハッハ! 大神官クン、迷宮の最深部によくぞ辿り着いた! さあ、目当てのモノはそこにいるわが眷属ギア尻尾しっぽに生えている! 十分に戦ってり取るが良い!」


 大地神エルザビの声に呼応して、怪物が雄叫おたけびを上げる。

 場の空気をふるわせる強烈なそれは、いまいち緊張感きんちょうかんのない主とは違い、明確な敵意を帯びていた。

 怪物は、アンバランスな挙動でゆっくりと近づいてくる。

 それに相対そうたいするように、クオーレはすっと一歩前に出る。

 見るだけで恐怖と嫌悪の念をいだかせる姿の異形を前にしても、その表情にはおそれというものが全く浮かんでいなかった。


「私がたたかいますので、皆さんは敵の動きを見て準備をお願いします」


 怪物のはその濁った眼をクオーレへと向けると、一瞬だけピタリと止まる。

 

 その、刹那せつな


 凄まじい勢いで大地をると一直線に突撃する。

 右腕をむちのようにしならせ大きく振りかぶり、棍棒を彼女へ向け打ち下ろす。

 クオーレは両腕りょううでを交差し、それを受け止める。

 まるで車同士が正面衝突したかのような激しい音と、大気のれが場に広がり、慎太郎は思わず目をらした。


「慎太郎様、大丈夫ですわ」


 大巫女の柔らかい声が届く。

 恐る恐る目を開けると、

 ――そこには一歩も引くことなく、余裕の表情で受け止める女闘士グラップラーの姿があった。

 犬は大きく後ろへ飛び退き、一瞬距離を取る。

 が、先程と同じように、否、さらに加速した動きでクオーレに肉薄し、得物を振り下ろす。

 クオーレはそれを軽いバックステップでかわすと、床を蹴って怪物のふところ深くに踏み込み、左拳ひだりこぶしでその腹部を突き上げる。

 再び凄まじい衝撃音が大気を震わせ、犬は棍棒ごと上空に吹き飛ばされる。

 だが、ダメージはないようで、空中で身体を丸め体勢を立て直すと、再び距離を取る。

 慎太郎はあまりの攻防の凄まじさに目を見開き、小さく声を上げる。


「凄いじゃないか……」

「クオーレは、都で最強の闘士グラップラーでございますから」


 大巫女は敵の変則的な動きに備え結界が展開できるよう、その攻防から目を逸らさず、しかし信頼しきった声でそう答える。

 途切とぎれることなく放たれる怪物の攻撃は一見して激しく、凶暴な見た目も相まって二回りは体格の小さい獲物エモノを圧倒しているようにも見える。

 が、クオーレはその動きの全てを冷静に見切り、時にかわし、受け止め、相手の力を最大限に利用して確実にカウンターの一撃を入れていく。

 まるで未来を予測しているかのような彼女の美しい動きに、慎太郎は見とれるほかなかった。


「と、いかんいかん」


 慎太郎はマリーナに近づくと、どうかね、とたずねる。


「当初の予定通りで行けると見た。シンタローはヤナギノクの準備を」

「ああ、分かった」


 クオーレは相手が大きく距離を取った瞬間、二人に視線を送る。

 どうやら同意見のようだった。


「よし、やるぞ! クオーレ!」

「はいよ!」


 一辺倒な動きを止め、ジリジリと間合いを測っていた怪物へ、今度はクオーレが一転攻勢に出る。

 一瞬きょを突かれた怪物だが、先程のお返しとばかりに全力でカウンターを入れようとタイミングを合わせ、棍棒で横殴りにしようとする、が。

 不意にクオーレの姿がかき消える。

 怪物は空振りをした挙句、ただでさえバランスの悪い身体を大きく傾かせる。

 必死に体勢を戻そうとするが、


「よっと!」


 踏ん張っている左足にクオーレのスライディングが綺麗に入り、顔から大地に激しく打ち付けられる。


「いまだ、いくぞ!」


 その好機を見逃さず、慎太郎は力強く手に持った符の一句を詠み上げる。


 もうじゅうも

  ふしてはくさり

   ちをこやす


 慎太郎の頭部がはげしく明滅する。

 それに応えるように、符から幾重いくえもの鋼鉄こうてつくさりが出現し、それぞれが獰猛どうもうな蛇のように獣の四肢ししに巻きついたかと思うと、全身を縦横無尽じゅうおうむじんいずり、雁字搦がんじがらめにしていく。

 うなり声を上げ、必死にもがき逃れようとするが、逆にその力を利用するかのような動きで複雑に鎖はからみつき、その一部は石畳の床に深々と突き刺さり、大地にはりつけとなった怪物は全く身動きが取れなくなった。


「よし、成功だ!」


 クオーレは注意深く安全を確認した後、腰ベルトの背面に差していた短剣で、黒くふさふさとした尻尾の毛を根元から刈り取る。

 怪物の怒号どごうが場に響き渡るが、手早く刈り終えると抵抗するのを止め、ふくれ上がっていた筋肉は弛緩しかんし、大地にした。


「死んだのか?」

「……息はありますね。このまま仕留めておきましょうか」

「いや、それはやめておこう」


 慎太郎はクオーレを制す。

 いくら異形の怪物とはいえ、命は命だ。

 しかも、大地神の眷属けんぞく、つまりかみ一部いちぶである。

 慎太郎は豊かな毛束を自分が背負っている袋に入れると、後方で待機している大巫女とマリーナに笑顔を見せた。


「みんな、お疲れ様だ。さあ、帰ろうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る