第十三髪 書を読みて 世界のことを 深く知る

 クリームを旅の仲間に加え、一行は大神殿へ戻ってきた。

 昼食を食べると、大巫女は用事があるらしく、そのまま別れることとなった。

 帰りはよほど眠かったのか、生あくびをしてふらつきながら歩いていたので、休んでもらった方が慎太郎としても安心であった。

 代わりに、侍従長であるミレットが隣につく。


「……」

「……」


 お互い無言のまま、廊下を歩く。

 ミレットも大巫女同様、隣にいると不思議な感覚になる女性であった。

 ずいぶん昔に会ったことがあるような、強烈な既視感きしかんを覚えるのだ。


「さて。シンタローには、書庫に来てもらう」


 ずっと寡黙かもくを《つらぬ》貫いてきたマリーナが急に口を開く。

 どうやら今日のスケジュールはこれが本題のようであった。

 先程の会議室の隣が目的の書庫となっていた。

 会議室より巨大な空間で、木製の本棚がこれでもかと隙間すきまなく陳列ちんれつされており、収まりきれなかった数々の本が大量に積み上がっている。

 そこにあるのは本だけではない。

 服だったり武器だったり雑貨品の入ったたるだったりが散乱し、書庫というより整理されていない倉庫といった風であった。


「ボクも日本語やここの言葉を話せようにはなったが、読むのはそんなには得意ではない。シンタローであれば、読めるものもあるだろう」

「ふむ……。ん、日本語? 君、日本語といったか」

「ああ、言った」

「君は……日本が分かるのかね?」

「もちろんだ。極東の島国だな」


 うたげの夜、ものは試しと人々に、慎太郎の世界や国について知っていないかを聞いていたのだが、日本はおろか、惑星地球の概念もなかった。

 慎太郎の世界のことは「キッシジ」と呼ばれており、違う文明が発達しているようだ、という程度の認識であった。

 だが、目の前の少女は違う。


「もしかすると、君は私と同じ地球からやってきたのかね」


 慎太郎の問いにマリーナは少しだけ考え、そして回答する。


「同じかどうかと言われると何とも言えない。が、ボクも地球生まれなのは間違いない。元々はロシアという国があった地だ」

「なんと」


 これまた馴染なじみのある言葉が出てきた。見た感じは確かに日本人、という雰囲気ではない。


「ただ。その、同じ概念を共有出来ているとは思わない方がいい。この世界の人間くらいの差があると思った方がいい。むしろ、大巫女様のほうがはるかに、シンタローに近い存在だろう」

「ということは、大巫女もその、地球生まれなのだろうか」


 地球生まれにしては、あまりにもファンタジーぜんとした見た目であるが、ともすればこの世界に長くいればそういうことも可能なのかもしれない。

 と、予想した慎太郎に対して、あっさりと首を横に振る。


「いや、彼女は間違いなくこの世界で生まれた存在だよ。ただ詳しいことはボクも教えてもらっていないし、シンタロー自身がしかるべきタイミングで知るのがいいと思う」

「ふうむ。そういうものか」


 この世界についても大巫女から道すがらの説明を受けただけで、十分に分かっているわけではない。

 せっかくのいい機会だったので、このたぐいまれな能力を持つ少女にいろいろ聞いてみることにしてみた。

 マリーナはそれに対して、書庫の奥から一冊の本を抜き出し、慎太郎に手渡した。

 黒い装丁そうていを開くと、ルミーノの言葉がつらつらと並んでいるが、慎太郎がじっくり見るとそれらは全て日本語に置き換えられていく。便利なものだ。


「これは、神話……のようなものか」

「さすがシンタロー、理解が早い。この文字をあっさり読めるのはうらやましいな。ボクですら理解するのに一週間かかったのに」

「……君は見ただけで変換されたりはしないのかね」

「残念ながら、ない。それは大神官にのみ与えられた力だから。言葉を話すのは自動翻訳装置じどうほんやくそうちがあるから便利なんだが」

「……自動翻訳とな」


 これまた気になるワードが出てきた。

 慎太郎の居る地球において、異世界の現地言語を即座にリアルタイム翻訳するようなサービスは未だ存在していない。

 もしかすると、彼女は――。


「そこらへんは追々おいおい話すよ。まずはそれをじっくり読んでほしい」

「ああ。そうだな」


 近くにある備え付けの椅子に座ると、マリーナに言われた通り、その本を読み進めていく。

 ざっとみたところ、この世界の成り立ちについて語られた「創世記そうせいき」であった。

 それは、以下のようなものであった。



 この世界は創造神そうぞうしんにより産み出された。


 創造神は、何一つ無い世界を豊かにするため、自らの分霊ぶんれい七柱ななはしら造り上げた。


 第一に、白き神カピツル。

 第二に、黒き神ムクジャラ。

 第三に、大地神エルザビ。

 第四に、天空神ゲウス。

 第五に、自然神ロフア。

 第六に、海洋神イギス。

 最後に、命の神ウグツイ。


 七柱の神はそれぞれの役割を果たす。

 昼と夜に分かれ、大地が生まれ、太陽や雲などが生まれた。

 空から降り注ぐ恵みにより、大地から草木が芽生え、山や谷が形作られ、川が流れ始め、大きな海となった。

 そこから生命が生まれ、それらは次第に海を、陸を、空を満たしていった。


 そうして、世界には様々なものであふれた。


「なるほど……」


 さらに読み進めていくと、最も重要なことである、黒き神の説明がなされていた。



 黒き神は試練をつかさどる存在でもある。

 彼の存在は常に厳しさをもってこの世界を暗き眠りに導こうとする。

 虹の玉に触れし先にあるのは滅びである。

 だが、それにあらがう時、全ての生命は新たな力を手にすることが出来るのだ。

 愛しき子等こらよ、運命を知り、それに立ち向かう自らの力を見せよ。

 そのかたわらには神の御子みこが共に在る。


「ちなみに神の御子というのは、シンタロー達のことだ」

「ふむ……。達というと、他にも居るのかね」

「ああ。黒き神と戦うには、神の御子、いわゆる分身のような存在の力や、それらが作り出した物を借りなくてはならない。明日からシンタローにお願いしたいのが、それらの協力を得ることだ」

「承知した。明日の予定は、と」


 先程貰った、いかにも現代のサラリーマンが《さ》提げていそうな黒の革鞄かわかばんから、会議に使われたA4サイズの黒い板を取り出す。

 すぐに表示された内容を確認する。

 まずは、地下迷宮の最奥へ向かうらしい。


「ふむふむ、そしてその目的は」

「大地神エルザビの眷属獣けんぞくじゅうが持つ尻尾の毛を、全て残らず刈り取ることだ」


 慎太郎の言葉に間髪かんぱつ入れず続けるマリーナの声色は、やけに冷酷れいこくに聞こえた。

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