彼の特別な日

一粒の角砂糖

2泊3日の自由時間

「じゃあ行ってくる。」


「洗濯とか掃除お願いね。」


そう言って、スーツケースを持った父と母、兄妹たちは空港へと車を走らせる。

手を振って見送った少年は、スキップで家の中に入り大きくガッツポーズをした。


「フィーバータイムの始まりだ。」


とりあえず冷凍庫からアイスを取り出して食べた。


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「さてと……昼ごはんも食べたし、洗濯もやった。出かけようか。それとも家にこもろうか。」


「うーん……。」と悩みながらいつもなら手を出せない家の縁のお菓子の山から無抵抗にポテチをつまみ、流れるように開封して口に入れる。

コンソメの旨みが口の中に広がり、食後の歯磨きをせずに口に入れられたこの脂と欠片が、歯の間に挟まった昼に食べた鶏肉に着いて取れないこの感覚すらももはや快楽だ。

いつもの家ではこんな贅沢など出来やしない。


「うまぁぁぁい!」


4分の3ほど食べたあと思い出したように冷蔵庫に駆け寄り、あらかじめ買って冷やしておいたエナジードリンクを手に取り、ソファーにドスッと腰を下ろしてから思いっきり音を立てて、喉に流し込む。

エナジードリンクを飲むことを普段から禁止されているからこその飲みっぷり。

挟まっている肉がそのまま炭酸に刺激されて取れて胃袋へ直行して行く。

脳をカフェインが刺激して、ドーパミンが抽出されていくイメージが湧いてゆく。

気がつけば、少年は考えるのをやめていた。


「しまった。」


気がつけば一日目の夜がやってきていた。

時計の短針は6の数字を刺しており、朝干していた洗濯物を取り込みながら、買っていなかった夜ご飯の心配をする。

親からは特に何も言われていなかったが、これでご飯でも買って食べてねとお金を渡されていたのを思い出す。

このお金を使って贅沢するのも手だが、余ったお金をそのままこっそり頂いてしまいたい……。

そんな葛藤が生んだ結論。


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「出来た!!安売り弁当の晩餐!!!」


ああ、なんて贅沢なのだろう。

海鮮丼にそうめん。しかも飲み物はコカ・コーラ。これ以上の幸せなどあっていいのか。

労働から解放され、YouTubeの動画を見ながら、ゆっくりと噛み締める。

そして現在時計の短針は8の数字を指していた。少年は時間を調節して、半額シールの貼ってある弁当だけを買っていたのだ。

満足そうに米粒ひとつ残さず食べきった彼は、またエナジードリンクを飲み干した。


「さぁ……ゲームしよう。」


時間はすぎて夜の11時。

ケータイの親にDMで虚偽の就寝報告をしたあと興奮で震える手を押さえ、ゲーム機を手に取る。

ここからが本番だ。

意気込んで、画面に意識を集中させた。


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「……ん……あぁ……。」


うつ伏せの姿勢でゲーム機を大切そうに持ちながら、少年は目覚める。

時計は10時を指している。


「やば!?10時!?」と急いでパジャマを脱ぎ、クローゼットから適当な服を引っ張り、部屋の窓を開けてリビングに走る。

朝の支度をしなきゃ!そんなことを思う必要は無かったことをすっかり忘れていた。


充電が残り数パーセントのゲーム機を充電器に差し込み、歯磨きもせずにお菓子の山から今度は飴玉を引っ張り出して口に放り込む。

昨日と違い、ありがたみをそこまで感じはしなかったが、幸せなことに変わりはなかった。


「今日はどうしよう。」


自分以外誰もいないから洗濯機に服は溜まってないし、キッチンに食べ終わった皿と使い終わった調理器具が置いてあることはなかった。

犬の散歩を済ませて、金魚にえさやりを終えたあと、1人で考える。

ゲーム。通話。読書。昼寝。これだけやりたいこと沢山あったのにいざ旅行に行かれてもどれやればいいか分からないな。と思いながら家事に追われることなくストレスフリーの自堕落な時間を過ごす。


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「今日はいい記録が出てくれたなぁ。」


時刻は7時をすぎた頃。

こんな時間にいつも帰ろうものなら怒鳴られるのだが、今はそんなこと心配する必要も無い。

ショッピングモールに夜ご飯を買いに来た少年は同じ建物内のゲームセンターでゲームを楽しんだあと片手に焼き鳥と唐揚げの袋を持ちながら、満足そうにしている。

梅雨明けの時期、綺麗なオレンジ色の夕日が建物に見え隠れして沈むのを見ながら帰路を歩いた。


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夜ご飯も食べ終わり、ゴミをまとめて出した後、一息をつく。

いつも1日3~5回は使うはずの洗濯機を今日は1度も触ってない。

まだまだ入るドラム式洗濯機の中を覗きながら、隣のふろ場の浴槽の栓を抜く。


「また無駄に一日をすごしてしまった……。」


まだまだやりたいことは沢山あるのに。

買ってあった最後のエナジードリンクを飲みほした後、起きる意味もなかったので彼は消灯し、静かに目を閉じた。


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鳥のさえずり、カーテンの隙間から差し込む陽射しに耐えきれず目を開ける。


「今日が最後か。」


家事におわれず、家族から何も言われないストレスフリーの日がもう最終日になっていた。


流れるような手つきて山からお菓子をとり、躊躇なく開ける。

またひとつゴミ袋の中にお菓子のゴミが増えてしまった。

無意識に冷蔵庫を開き手を伸ばすが、エナジードリンクをもう飲みきったことをそこで思い出した。

まだ寝ずにゲームすることも、家の中で歌うことも、音楽をイアホンをつけずに聞くことも、いやらしい事も出来てない。そんな少年の欲望を全て吸い込んだお菓子の山は少し最初より小さくなっていた。


「……。」


気づけばゲーム機を手に取ることすらしなかった。今日で終わりと言うよりかは、今に少し寂しさを感じる。

2日目に溜まった自分の衣服だけの洗濯物を干しながら、さんさんと輝く太陽を眩しそうに見つめていた。


「ああ。」


騒がしくてお節介で面倒くさい日が少しだけ、戻ってきて欲しい。

皿洗いや掃除機をかけていた普段の休日の自由時間はやりたいことに満ち溢れていた。

こんなふうでは無かったはずだ。


「帰ってこないかな。」


そんなことを呟いた時、閉めていた玄関の扉の鍵が空いた音がする。


「ただいま。」


しばらく聞いていなかった家族の声がする。

「おかえり。」そうは言えなかったが、旅行中に溜まった洗濯を重そうに担いで洗濯機の中に投げ入れて、起動する。

久々にここまで溜まった洗濯機を見た気がする。


「ちょっと!これ風呂掃除したの!?」


と、そうそうに怒鳴られる。

「ああ、そういえば2日前に入ったまま洗うのを忘れていた。」そんなふうに思いながら口では「すみません。」と謝る。

その一方で帰ってきた兄弟たちは騒ぎながら部屋を走り回る。

ああ。やっぱりうるさい。騒がしい。

ストレスは溜まるばかり、今日からまた反論せずに家事をする毎日が始まる。

これが家族?

どっちが幸せなのだろう。


「やっぱり、家族なんていらない。」


聞こえぬように呟いた。

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