第6話 不幸の奇襲


 それからは中学生とも高校生とも呼べない春休みが始まった。

 中途半端な立ち位置で落ち着きがなく、久しぶりに所属を無くしたことにより僕と言う人間が浮き彫りにされた気がする。

 何々学校の涼川澪とただの涼川澪とでは中身の密度は変わらずとも纏う感覚は学生から放浪者に落とされたようだった。


 何の目的意識も持たず、どこかへ遊びに行くことも高校からもらった課題に手を付けることもなくただ漠然とした日々をぼんやりと送っていた。

 自室で一人時間を持て余した長期休みは実に久しぶりの事だった。

 

 中学生の頃は、ろくでもない連中とつるみ悪事ばかりをせっせと働いていた。未成年の飲酒と喫煙、他校の生徒を痛めつけた上に金銭をむしり取り、夜中になれば無免許でバイクを乗り回していた。本当に最低な休みの活用だった。

 

 そんな連中からも解放され、僕は晴れて安息の日々を得ることができた。

 何もせず引き籠り退屈に押し潰されそうになるのは、ある意味正しい休日の在り方なのかもしれない。


 携帯端末から好きな音楽を流し、床に寝転んで黄ばんだ天井クロスを見上げる。

 空っぽの頭で今何を考えているのか、何を考えたいのかが分からず次の行動を起こすことができなかった。

 

 高校に入学して、僕はどうすれば普通の生徒として見られるのだろう、というのがようやく思いついた考えだった。

 人並みな青春を謳歌するとまではいかなくても、気の合う友達を作る、そこそこ勉強を頑張りせめて中か中の下くらいまでの成績を取りたい、これは身の程知らずで到底叶うものではないと理解はしているが、素敵な恋人を作り理想の青春というものを送ってみたい、という秘かな願望もある。

 

 そうなる為には、まずは中学生活で培ってきた暴力的な発想を全て取り払う必要があった。煙草とお酒は無論、悪い連中との関係も断ち切ったことで多くの要因は取り除くことができたと思う。

 しかし無意識に出てしまう口調の荒さや喧嘩腰の態度、生まれつき持った目つきの悪さなどは何かしらの形でカモフラージュしなくてはいけない。不愛想な印象を与えると、当然人が寄ってくることもない。


「目つきの悪さ・・・眼鏡でも掛けようか」なんてことを真面目に一人で考え続けていた。

 普通ではない人が普通を演じることで周りを騙す、そんな発想普通の人はしないだろうけど。

 

 色々と考えを巡らせた結果、常識の範疇に収まった行動をする、ととりあえずの結論を置くことにした。これ以上考えを追求すればするほど答えの出ない堂々巡りをさ迷うだけだ。

 変な所にばかり気が回ってしまうが、それだけ高校生活を楽しみにしている証拠でもあった。

 新しい環境が与える影響に僕と言う人間がどれ程の変化を遂げるのか、それらを想像するだけでも心が躍った。




 そんな僕の期待に反し、物事はそう上手くはいってくれなかった。

 春休み最後の夜、即ち高校の入学式を翌日に控えている時。

 僕は緊張して中々寝付くことができず、海岸沿いを散歩していた。

 今思えば、実に軽率な行動だったと思う。

 不幸は人の心が油断している時、唐突に襲ってくるものなのだ。

 

 そこで僕はかつての悪友共がたむろしている現場に遭遇してしまう。

 逃げようとした時には、既に遅かった。

 肩を掴まれ振り向いた瞬間、目元に鈍い衝撃が走った。

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