第3話 僕という人間
中学校の卒業式が終わった後、僕は誰とも接することなく足早に校門を出た。
別れを惜しみ合いたい友達も最後に感謝の言葉を伝えたい先生もいなかったし、教室内で写真を撮り合う生徒達やこの後の打ち上げについて話している事に対し全く興味を抱かなかったというのもあったが、一番はこの場から今すぐにでも逃げ出したいという焦燥感があったからだ。
ロクな学校じゃなかった。
血の気の多い不良連中が寄せ集められたような場所で、振り返れば喧嘩に塗れた最低の生活だった。周囲が起こす喧嘩の渦に巻き込まれ、毎日毎日痛い思いをして、もうたくさんだった。
だから中学校卒業を期に、こんな日々からは一刻も早くおさらばしたかった。喧嘩も、お酒も、煙草も、一切の不純が混在しない健全な青春を人並みに送りたいと思った。
先日僕は今までの人間関係を断ち切るために、当時の悪友達に別れをはっきりと告げた。
高校受験を終えた、翌日の事だった。
「もうお前らとは住む世界が違う。今後一切関わることはない。今までは仕方なくつるんでいたけど、はっきり言って用済みだ。これから僕には平凡な高校生活が待っている。是非ともそれを邪魔しないでもらいたいね。それじゃ、元気で」
もちろんタダでは済まなかった。その場で殴り飛ばされ、四人の男が周囲を囲い袋叩きにしてきた。
かなり効いたが、自由への代償と考えれば安いものだった。
その後僕は学校を立て続けに無断欠席し、最後くらいはと思い卒業式には出たが、追撃してこない辺り彼らも諦めてくれたのかもしれない。
この学校に未練はない。
もう足を運ばなくてもいいという事実が纏わりついた束縛を解いてくれるようだった。
これでようやく落ち着ける。ほんと、どうしようもない中学生活だったな。
家路をたどっているとき、頬に冷たい感覚があった。空を仰ぐと、粒のように細かい雪がちらちらと降っていた。アスファルトに落ちては吸い取られるように消えていく。
卒業式には不似合いな季節外れの雪だが、最後に何か起きてくれてよかったと思った。
自分を変えるに辺りまずは環境から変える必要があった。
僕の中学生活があそこまで廃れてしまった原因は外的要因に尽きるからだ。類は友を呼ぶように、劣悪な環境には悪質な人間が集まる。
つまり自分の置かれた状況をどんなに変えたいと願っても周囲が変わらなければ同じことの繰り返しになる。
そう考え、僕は地元でも有数の進学校を目指すことにした。僕の通っていた中学校からその進学校、青海高校を目指す生徒はごくわずかだ。
もしその高校に行くことが叶えば、必然的に知らない人間に囲まれることになる。入学時の孤立は免れないだろうが、全てをやり直そうと思えばそれはうってつけの状況になったと言える。
そこから悪事に手を染めない平凡な高校生に徹することで僕という人間を一から作り替えていく。そんな算段だった。
頭で想像する分には簡単だったが、現実はかなり厳しかった。
破綻した学校の授業を受けるだけでは学力の向上は望まれず、さして裕福でもない僕の家庭は塾や家庭教師といった救済措置にお金を回す余裕もなかった。
帰宅後と休日中の時間を利用した家庭学習に全てを賭けるしかなかった。平穏な毎日への渇望を胸に、死に物狂いで勉学に努めた。
その甲斐あって、奇跡的に志望校へ合格することができた。恐らく及第点ギリギリだろうが、合格さえ決めればこっちのものだ。
家に届いた合格通知を手に取った時、これで全てが変わると思った。
安堵した気持ちと同時に、新しい青春の幕開けに心を躍らせた。
しかし物事はそう上手くはいかなかった。
平凡な高校生活を望んでいた僕は、さっそく出鼻を挫かれることになる。
でもそこから先は、悪い事ばかりじゃなかったと思う。
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