第2話 炎を纏う鳥

 

 定かではないが、確か小学生と中学生の狭間の時に僕はあれを目撃した。

 あれというのは未だにあれがなんだったのかが分からず、正体不明の何かとしか言いようがなかった。

 

 あの時の僕は人通りの少ない特定の場所に入り浸りそこを勝手に秘密基地と呼んでいた。年頃の少年だとたいして珍しい行為ではないが、問題は選んだ場所にあった。

 

 町外れの山道を歩いていくと今は使われていない素掘りのトンネルがある。素掘りとは周囲の土が崩れないよう補強工事を本来は行わなくてはいけないが、それをせずにどんどん掘り進めていくという荒業でできたトンネルの事だ。

 このトンネルは戦時中に海上自衛隊の警備用として使われていたらしく、なんでも海岸沿いに道を造ると海側から丸見えなので移動手段として作られたらしい。

 

 昔はそのように使われていたが、今は当然危険と言うことで使用されておらず立ち入り禁止の看板が掛けられ白と黒のコーンバーが道を塞いでいる。

 地元の人間はまず近づくことのない場所だが、時々ふざけたい中高生が心霊スポットとして訪れギャーギャーと騒ぎ立てている。

 それらを除けば基本静寂に満ちた心霊スポットの名に劣らず不気味な場所だ。

 

 しかし僕が秘密基地と呼んでいた場所は、このトンネルを抜けた先あった。

 トンネルを出ると海辺に出て、ゴツゴツとしたコンクリートが並べられた防波堤の先に白い灯台が佇んでいた。

 既に灯台としての機能は果たしておらず、時代の残した産業廃棄物のようにただその場所に置かれていた。

 扉は施錠されていた痕があったが既に壊されており、自由に出入りすることができた。

 たまたま散歩をしていて見つけたこの場所を気に入り、いつしか秘密の場所として入り浸るようになっていた。

 

 だから母と喧嘩をして家を飛び出したあの日も、僕は灯台の方へ逃げ込んだ。なんで喧嘩したのかなんてもう思い出せないが、物心が付くにつれて思うところがあったのだろう。

 灯台の上に立ち、手摺に肘を乗せてそこから見える景色をボーと眺める。

 その日は既に空は真っ黒に染まり、雲に覆われた空はモヤモヤとした感情を映し出しているかのようだった。

 黒く染まった海は先が見えず、白い波頭だけが浮かび上がっては消えていた。

その様子を眺めながら、僕は静かに泣いていた。

 ザブンザブンと波の砕ける音にも劣る声量で、夜の静寂さを乱さぬよう努めているかのようだった。

 

 そこで僕は、光を見る。

 謎の光を瞼越しに感じた僕は俯いた顔を上げる。

 雲が割れ、その隙間から光の筋が放射状に降り注いでいる。

 深夜帯ではありえないその光芒に、僕は呆気に取られる。


「・・・なんだ?」

 最初は夜が明けたのかと思った。しかしそんなわけがないと体内の時間感覚と照らし合わして否定する。

 みるみる光の筋は範囲を広げていき、周囲は朝方と見間違える程明るくなっていた。

 そこで僕は見たこともない何かを目撃する。

 見たこともない、というよりは見てはいけないものを見てしまったというほうが正しいのかもしれない。

 

 煌々とした光、開かれた空、その隙間から火の玉のようなものがゆっくりと降りてくる。


「・・・近づいてくる?」


 その光はこちらへゆっくりと接近してくる。

 近づいてくる度、徐々にその姿がはっきりと捉えられる。

 全身紅色に染まった炯然、薔薇色の毛が転々と混じっており、喉には房が生えていた。

 金と赤の羽毛を大きく広げ、青い尾を靡かせながらこちらへ近づいてくる。


「鳥?」

 遠目に見て、それは巨大な鷲のようだった。しかし確実に鷲ではない。

 前肢が翼で体表が羽毛で覆われた姿は鳥類の特徴と一致したが、色鮮やかな風貌と洗練された美しさはこの世の物とは思えなかった。

 夜行に飲まれそうになっている世界に、終末の瞬間を錯覚する。

 あぁ、僕はもう死ぬんだなと他人事のように思う。

 ゆっくりと瞼を閉じ、次に訪れる致命的な衝撃を待った。

 

 しかしそうはならなかった。

 目を開けて光のあった場所を見ると、もうそこには何もなかった。

 夜空に合わせて黒く染まった海がさざ波を立て、何事もなかったかのように視界の先には虚無が佇んでいた。

 僕は海の先を眺めて立ち尽くし、しばらくそこから一歩も動き出すことはできなかった。



 記憶はここで終わりだ。

 あそこで見たものは全て僕の幻覚か勘違いというオチなのかもしれない。

 ただ問題なのは、僕がその記憶に関して、例の光景を目撃した一連の出来事が。

 何十年経った今でも忘れることができないことにあった。

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