5.

 電話をかけたのは、翌日の昼前のことだった。十二回目のコールが鳴って、またかけ直すかと諦めかけた頃に彼は電話に出た。

 森川と名乗った彼は幸いにも依頼主その人だった。どうやら早めの昼休みに入っていて研究室には誰もいなかったらしい。申し訳ないと思ったが、森川はよくあることだと特に気にした様子もない。店主の名前を出せば、話はスムーズに進んだ。

「では、今日の十七時にこちらにお願いします。入館申請は出しておきますので」

「よろしくお願いします」

 特に用意するものもなければ、食事もいつも通りでいいと森川は言った。もしかしたら、場合によっては何か指定されるのかなと思いつつ、電話を切った樹は学食に足を向ける。

 四限が終わっていないこともあり、まだ人の姿はまばらだ。混んでいると座る場所を見つけるのも一苦労なので、友人と授業が重ならなければいつも時間をずらしている。

 うどんを啜りながら、大学病院への行き方を確認する。バスで行った方が早いが、削れるお金は一円でも削りたいのが貧乏学生のさがだ。一旦帰宅して自転車で向かった方がいいだろう。

 チャイムが鳴って、人がじわじわと増えていく。樹は逃げるように食堂から出た。


 昼休みの学内はどこもかしこも人が多すぎる。せめて静かで快適な場所がいいと図書館に向かった。そこそこの蔵書があるものの樹はほとんど本を読まないため、完全に昼寝スペースと化している。

 いつも行くのは、本棚から遠くて電源タップのない席だ。樹は鞄から次の授業の参考文献を出すと、適当に視線を這わす。無難だろうと思って決めた経済学だが、存外に読んでみると面白い。

 だが、結局慣れないことはすべきではないのだろう、難しい場所が眠気を連れてきて、ふわ、とあくびを一つ。アラーム用にイヤホンをつけて机に突っ伏す。

 自分の手首にある血管を見た。医療系の学部に進学しようとしたことはないから、まったく知識はない。高校の時に生物を履修したはずなのだが、授業の内容はほとんど記憶に残っておらず、使わないと忘れてしまうのだとしみじみ思う。

 今回のバイトで採血された血液がどのように使われるのかは知らされていない。研究室では遺伝とそれに纏わる疾患について研究しているいう、ざっくりとした説明は聞いている。貴子曰く『一般的な人の血液』と言っていたから、疾患のある人との比較だろうと検討はつくが。

 大学病院の研究室など、なにか理由がなければ入ることはできない。特殊な機械があったりするのだろうか、とドラマなどで見た研究室を思い返してみたが、フラスコとビーカーくらいしか思い出せない。余裕があったら研究室の中を見せてもらえないかな、とぼんやり思いながら、樹は眠りに落ちる。

 血液検査のバイトなんて、いかにも大学生らしいな、と少し楽しみにしながら。

 

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トロイメライは泣かない 清水ハイネ @heines

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