第9話 真相はわかったが

「まったく、飛んで火にいる夏の虫だったぜ」


 悔しそうに、静夫は唇を噛む仕草をした。

 全て周到に準備されていた。

 そこに金の無心にと、静夫はノコノコ現れたのだった。

 実家に戻るなり、ほとんど何の説明も無く旅館の古株の男や、この辺りの集落の屈強な若者に取り押えられた。

 抵抗したが、味方はおらず、なす術も無く捕らえられた。

 それもこれもあの女将さんである伯母さんの指示に基づくものだった。

 そして、このままこの神社へ担ぎ込まれた。


 そこでは神社の神主と思しき人が待ち構えていた。

 そして、変な衣に無理矢理着替えさせられて、いきなり儀式が始まった。

 昔からこの辺りの温泉街に続く旧家に伝わる儀式だと言う。

 それを静夫にもそれは転生。

 静夫を別のものに生まれ変らせる為のものだった。


「この奥に洞穴みたいな祠があるんだぜ」


 静夫は、神社の裏手にそびえる山を見やった。

 手足縛られて、3日3晩、神社の裏手にやる山の洞穴に閉じ込められた。

 途中、変な薬飲まされて、朦朧とさせられて、ヤバい状態にさせられ、

 さらに外では、ひたすら祝詞のような呪文のような詠唱が延々と続く。


 空腹と疲労、恐怖で、静夫は、最後は気を失った。




「そして、目が覚めたら、この有様だ」


 静夫は、その身に纏った着物を自分で見やった。

 俺よりも年下かと思われるぐらいに小柄で、手足も細く、顔も幼い少女だ。


「目が覚めたときには、旅館の住み込み部屋で、他の仲居の女中さんと、布団を並べて寝ていたんだ」


 若い子、古くから勤めている人。

 何が起こったのかわからない静夫に、「いつまで寝てるんだい、『しず』。さっさと掃き掃除始めなさい」と怒声が響く。

 いままでは、静夫のことを坊ちゃん扱いでへこへこしていた長年の旅館従業員の仲居頭だった。


 再び意識を取り戻したとき、静夫は、見習い女中、「しず」になっていたのだった。

 後継者に相応しくないと判断された静夫は、あの伯母さんの息子としてではなく、

 女将直々に旅館の見習い女中として一から修行することとなったのだ。

 これが、あの女将さんの言っていた、この古くから続くこの温泉街の旅館に伝わる秘密だった。




 これまで旅館の若旦那扱いだったのが、下っ端でこき使われる。

 慣れない接客仕事。

 静夫にとっては、何がなんだかわからない上に地獄へ落とされたような心地だろう。


「逃げようにも金もないし、俺だってことを証明する手段も無いか当てもないし」


 旅館以外に居場所が無い。

 かつての大学の知り合いにも、変わり果てた静夫を信じてもらうことは困難だろう。

 そもそもそこへ行く電車の金も無い。


「借金の話はどうなったんだ?」


「お袋が……全部一括で返したらしい」


「良かったじゃないか」


「良くねえよ、借金の分はこれからの働きに見合うまで、許してもらえないし、おかげで働いても働いても、減らないし……」


 女将さんの子であるという優遇は一切無し。

 住み込みと食事の賄いを引かれて、そこからさらに借金を返す状態なので、働いても、手元にはお金はほとんど残らない。

 それに見習いと年齢のこともあって、薄給極まりない。




 一番きつい役目だ。

 この旅館でお坊ちゃんとして、いい目を見てきた分、静夫には辛いことだろう。

 この先どうなるやら。


 しかし……。もっと気になることがあった。


「その話を俺にしてどうしろと」


 静夫の独白はそこで一旦終わった。

 この子は静夫だ。

 まあそれは、信じてもいい。

 なんでわざわざ俺にそんなことを言いに来たのだろう?

 旅館を抜け出して、わざわざこんな人通りのない神社に2人きりなんて。

 いや、最初はこの子が静夫だなんて思わなかったから、普通に告白?なんて妄想もありえたのだが……。

 なんか嫌な予感がする。


「助けてくれ」


「無理」


「即答するな!」


 想像がついた。親も旅館にいる周囲の人間も、自分の味方がいない。

 頼れるのは、外から来た人間。それも自分のことを知っている知人のみ。

 俺が該当だ。

 だが、俺は3日間の滞在だと言うのに。


「そんなこと言わずに、俺を助けろ。な、ちょっとぐらいならサービスしてやるからな、ほれ、」


 着物の袂をチラチラと見せる。

 まさに必死だ。


「今の俺、本当に女なんだぞ。協力したら考えてやらんでもない」

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