第10話 無理なものは無理

「さ、さあ、どうだ」


 なんども着物の裾を摘んでひらひらさせては、わざとらしい太股のチラ見を披露する。

 だが悲しいがまだお色気とはほど遠い。


「おい、何のつもりなんだ」

「か、可愛いだろ」

「まあな……」


 静夫の家系は結構美男美女だ。あの伯母さんだって、実年齢を聞いたら誰もがきっと驚くほどの若さと美貌である。

 今更ではあるが静夫もイケメンではあった。

 金持ちの息子な上に、ルックスもよいときては周囲からちやほやされるのも当然だ。

 その静夫が少女の姿になったのだから、素質は十分なのだ。


 確かに色も白で手足も細くしなやかだ。

 顔もふっくらしていて、頬は潤いがあり、唇はサクランボのように小さく赤い。

 顔かたちも整っていて将来美女になる素質を伺わせている。

 その未来の美少女が露骨に誘っている。付け加えると不用意なチラ見せのせいで、下着までぎりぎり見えてしまっている。

 本人には必死で自覚ないのかもしれない。

「お、おまえ、まだ彼女もいないどころか手を握ったこととかもないだろう?」

「そうだな」


 いらっとくる一言は相変わらず余計である。


「あんなこととか、こんなこととかも、興味あるだろ、男子高校生的には色々と」

「まあ、そりゃ、あるかないか言われればある」

 横目でみつつ、一つ息をはぁっと吐く。

「そ、そうか、じゃあ……」

 静夫、静香の瞳に希望がともる。

 早くも立ち上がって駆け落ちしようと言い出しそうだ。

 

「いや、だめだ」

「は、はい?」

 俺の宣言に、芽生えたばかりの希望が消えて落胆に変わる。

「露骨にそうやられると興ざめするんだよ、お前が静夫だったんだから、わかるだろ?」

「うっ……」

 静夫も遊び好きだったから、俺の言わんとしていることをすぐに理解した。

 あまりなあざとすぎる女の誘惑は男の気持ちを萎えさせるということだ。

 むしろ、必死だな。と言いたくなるぐらい興ざめする。

 まして……色気はなく幼ささえ感じさせる少女だ。

 こいつも俺の好みを知っている。俺のストライクゾーンはもう少し上だ。胸もけつも大きな色香を漂わせる女ーー。お子さま趣味はない。

 もちろん可愛いとは思いつつも、性的な欲求の対象とはならない。

 まして中身が静夫となればなおさらだ。

「そんなこと言わずにさ!」

 万策が尽きて最後の策、泣き落としにかかってきた。

 涙目になって訴えてくる。

 女の涙は流石に効く。

 女は涙もろいというか、泣き虫というわけでもなかった静夫が、本当にぽろぽろ流しやがる。

 多分いくらかは本気の涙だろう。

 今までつらかったのは真実だと伺わせる。


「本当に辛いんだよっ」

 以前の静夫とは思えないほどに哀願する。

「最初は、うまくできなくて最初はトイレも使えなかったんだ。しばらくはおねしょも自律神経がうまく働かなくて、しまくりだったんだ。その始末も自分でさせられたし……」

「おい、俺に何ができるってんだよ」

「頼むからここからどこかへ連れてってくれよ!」

 最後は俺の脚にすがってきた。

「一緒に連れて帰ってくれ、もう嫌なんだよ」

「無理だって、親父とお袋がなんていうかーー」

「そこをなんとかっ」

 だがーー心を鬼にした。

「俺にはどうしようもねえよ!」

 すがりついていた、その小さな体を押しのけた。

「うっ」

 ふりほどかれ、後ろに尻餅をつく。

 凄い後味が悪かった……。というかちらほらいるギャラリーが俺たちの方をみてひそひそしている。

 俺は幼い少女をいじめる悪いお兄さんだ。

 だが、俺の強硬な態度についに諦めたのか、それ以上追ってこなかった。

「うう……」

 振り返ると、静夫、もとい少女は涙目になって呆然と立ち尽くした。

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