第4話 この子何か変だぞ

 うん、確かに静夫や女将さんの面影を感じないことも無い。

 そう考えると合点がいく。

 学校を出たらすぐに、女将さんとの縁で、この旅館に就職して働いているんだ。

 少しドジなところがあるが、なかなか立派じゃないか。

 あのプーの静夫とは偉い違いだ。


 飯を食っている間もその子は部屋の隅で、かしこまっている。

 時折途中で、運ばれてくる料理をそれぞれのお膳に置いたり、蓋を片付けたりしている。


「ん?何だ? 顔に何かついてる?」


 ふと俺と目が合った。

 さっきから、この子、妙に俺のことをチラ見しやがる。

 何か言いたげにも見える。


「い、いえ、おかわりは……」


 ちょうど俺の使っていた茶碗は空になっていた。


「じゃあお願いしようかな」


 茶碗を差し出した。

 またお櫃のご飯を茶碗によそって、俯きながら、今度は目を合わさないように、俺にまた渡す。


「ど、どうぞ」


 なかなか間近で見ると、可愛いじゃないか。

 じっとよく見てみると、結構綺麗な顔だちだ。

 一瞬、胸が鳴った。

 いや、旅館の滞在で、こんな子に世話してもらうのは決して悪く気持ちではないな。

 茶碗を受け取りながら、ふとそんなことを思い浮かんでいた。


「たすけてーー、りょう……た」


 給仕して、立ち上がって俺のそばを離れようた刹那、耳元でボソっとつぶやいた。


「?」


 今何か言ったような。

 突然だったので、聞き漏らした。

 思わず見返すと、その子は、元の何食わぬ表情で、もとの席にかしこまった。


「だ、旦那様、ビールはいかがでしょうか」


 やがて、今度は親父の座っているお膳の前に、進み出た。

 親父も表情を崩しながら、ビールを注文する。

 そして、その子がビール瓶の栓を抜き傾けて、コップに注ぐ。


「いや、立派なもんだ。まだ、良太と、そう年の差がないじゃないか」


 泡がコップに一杯満たされるまで注がれると、今度は母親の前に進み出て同じようにビールを注ぐ。

 その姿を見て、感心したように、その子を褒めた。


「そうねえ、良太もいい加減自分で働いて、いつまでもお小遣いもらってる身じゃねえ」


 母親もベタ褒めだ。ううむ、耳の痛い話だ。


「そ、そんな、私はただ、務めでやってるだけで・・・・・」


「いやいや、女将さんも、こんな若くて良い子が旅館の担い手にいて、幸せだ」


「そうね、姉さんも幸せ者ね」


 酔った勢いもあるのだろう。やたらと褒めまくりだ。

 が、数々の失敗はあるが、真面目に仲居として接待に取り組んでいる姿が両親共に気に入っているようだった。


 だが、なんだろう、あんまりその子は褒められても妙にクールな気がした。

 それにさっきの囁き……。

 俺に助けを求めたような……。

 何かこの子は、隠しているものがあるような気がした。

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