第3話 少女は頑張る

 ひとッ風呂浴びて、また部屋に戻ってくるとき、旅館内を一通り巡ってみた。

 まったくでかい旅館だ。

 古い昔ながらの旧館から、近年建てられた新棟もあり、宴会場に、カラオケや卓球室もある。

 庭も手を込めて造られた庭園。

 それに、掛け流しをたっぷり味わえる、温泉と大浴場。

 しょっちゅう、テレビの取材を受けたり、雑誌にも紹介されているらしい。

 連日、沢山の客でおお賑わいのようだ。

 それをあの女将の伯母さんが仕切っていると思うと、大したもんだ。

 うちも、ちょくちょく女将さんの招きで旅館に遊びにくるが、その度に旅館が発展しているのには驚く。

 あの静夫の奴が、ニート状態になっても、余裕だったのはわかる気がする。

 俺と二人で話した時は、口では旅館なんて今時ダセえとか言っていたが、いざとなったら、思いっきり、あてにしているのは見え見えだった。

 あいつは学生時代、バイトもしないで、毎日パチスロやコンパに行っていたし、将来は旅館の若旦那であることをひけらかしていたとか噂もあった。


「しっかし、静夫の奴、どこ行ったんだろう?」


 女将さんが、仕事が一段落した時に、この部屋を訪ねてくれるというから聞いておくか。


「ただいま」

「どうだった?」

「すごい、良かったよ」

 父さんと母さんはまだ部屋にいた。

 再び部屋に戻る。後で伯母さんが挨拶にくるらしいが、それまでは自由にくつろいでいてとのことだ。

 とりあえず、ソファに座って窓から見える景色を眺めることにした。

 客室からみえる、景色もまた絶景だ。

 山の渓谷沿いに立ち並ぶ温泉街には、湯煙があちこちに立ち昇っていて、ここ以外にも大きな旅館がいくつも見える。

 どこも数百年続いているんだとか。

 この地元にはそういう一族が多いらしい。

 親父も関心しきりだ。


「これだけの規模を続けるのは相当な力が必要だろうに、義姉さんも大したもんだ」

「ここまでくると後継者をどうするかも悩みの種だろうに……」

 確かに父さんと母さんの言うとおりかもしれない。

「静夫もどえらい家に生まれたんだな」

 俺も、これだけのものを目の当たりにするとプレッシャーを感じる。

 長年商売を続けている家だと、ある時、後を継いだ遊び人のドラ息子が財産使い果たして、家業を廃業するなんてよく聞く。

 伯母さんの場合は、きちんと跡をついで見事に旅館を繁盛させているのだが……。


「昔、姉さんに聞いたらね、実はこの地元には、そういうふうにならない方策として特別な風習があるんだって……。具体的なことは後継でない私には教えてくれなかったけど」


 へえ、女将の妹だった母さんも知らないのか。

 まさに秘伝だ。




 食事の時間となった。

 広間に行くと、あの子がいた。

 食堂の入り口でちょこんと構えて待っていた。


「お待ちしておりました。お食事はご用意できております。ご案内いたします」


 少し遅れていったのに、待ち構えていた。

 ずっとここに立っていたのだろうか。

 俺たちの家族はその子の後について、やがて小さな和室に通された。

 既にお膳が置かれていた。


「お、美味そうだな」


 どうやらこの子は今回のうちの宿泊中、うちに付きっ切りのようだった。

 今日のお膳を見回すと、川魚の塩焼き、鶏肉鍋、きのこの盛り合わせとか、茶碗蒸しとか。

 さすがここの名物を取り揃えてるな。


「この川魚は、今朝取れたてのものを仕入れて―ー」


 献立を述べながら、鍋に火を入れていく。


「こ、こちらの塩と檸檬をかけると美味しくいただけます」


 説明が危なっかしい子だが、なんとか、やりきった。

 本人もやりおおせたことにほっとしているようだった。


「鍋は十分煮えたら、蓋を取ってお召し上がりください」


 そして、お茶碗にご飯をよそい、給仕を始めた。

 家族一同、はらはらしながら、この新人らしき子の行動を見守った。

 親父もお袋も、この子の危なっかしさに、胸をはらはらさせてるようだ。

 だが、無事にこなしてるので、安堵の空気が流れる。


 ーと、その子のお腹から、ぐぅぅぅぅ、という部屋に響くぐらいの大きな音が鳴った。


 茶碗を持ったまま、その子が固まった。

 顔がみるみる真っ赤になっていく。

 まさか、まだ食べていないのだろうか……。


 まったく、静夫みたいな奴だな。

 あいつも食い意地張ってて、腹の虫がなりまくるんだよ。

 ん?まてよ。

 この子は女将さんの家の筋の子なのか?

 そう考えると似ているのは、うなずけるのだが。




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