第815話 義母の付き添いⅣ

 私室で寛ぐ義母。部屋には二人きりで、ゆっくりお茶を口に含んでから、ふぅっと息を吐いた。



 昔話なのだけど……そう前置きを置いて話し始める義母。 私は、ただ義母を見つめ返した。それを話を聞くととってくれたようで、義母は重い口を動かし始める。



「アンナリーゼは、ご両親より、私たちの方がずっと年上なのは知っているわね?」

「はい、お母様とは、10歳は離れていると聞いています」

「……そう。私たちには、ジョージアが唯一の子どもなの。……あの子を育てるのは、本当に楽しかったわ。大人しすぎる性格ではあったけど、本を読んであげたり、一緒にお出かけしたり……私にとって、ジョージアとの思い出は、全て輝いているものなのよ。特に私の中では、あなたと一緒に行った卒業式が印象的だわ!青薔薇で統一されたあなたたちは、本当に素敵だった。アンナリーゼは、ジョージアからあなたの卒業式の日のこと聞いたことあるかしら?」

「いいえ、何かあるのですか?あの日は突然ジョージア様が現れて、驚いたことを覚えています。そして……プロポーズされました」

「卒業式の数日前に、相談を受けて、あの大人しいジョージアが馬を駆って慌てて屋敷を出たことは、今でも忘れないわ!ジョージアにも、やっと、駆け出していきたいほど、好きな人が出来たのかと嬉しくなったのよね。それが、アンナリーゼだったから、私も嬉しくて。ご両親には悪いけど、今すぐさらってらっしゃいと思わず言ってしまいそうになったのよ?」

「そうなのですか?お義母様が?」

「ふふっ、それだけ、私もアンナリーゼのことを気に入っていたのよ!お嫁さんというよりは、少々手のかかる娘のような感じかしら?嬉しくて嬉しくて……あなたとの婚約が決まった日から、旦那様と二人で屋敷に迎え入れることを楽しみにしていたの!」



 確かに公都にある屋敷へ移り住んだとき、義両親の歓迎ぶりは今でも覚えている。気を使ってくれているところもちゃんと感じてはいたが、公爵家の一員となるために手を尽くしてくれていることは、身をもって感じていた。



「初めて屋敷に移り住んだとき、ジョージア様だけでなく、お義母様たちからの歓迎も感じていました」

「そう、それは嬉しいわ!」



 ニコリと笑う義母に頷いた。



「アンナリーゼが来てくれるまで、私は一人息子のジョージアが可愛くて、仕方がなかったの」

「ジョージア様がとても優しいのは、ご両親からの愛情がたくさんあったからなのですね?アンジェラやネイト、ジョージへ並々ならぬ愛情をジョージア様はかけていますよ」

「そう、孫たちに?」



 想像したのか、クスッと笑う義母は嬉しそうであった。こちらに来てからもジョージアと子どもたちに本の読み聞かせをしたり、好き勝手に話してるアンジェラの話を聞いたりしているのを目にしていたらしい。



「……私たちの元へジョージアが来てくれたこと、本当に何年経っても感謝しかないの。……ジョージアの前に子を授かったのだけど、生まれる前に亡くなってしまって、その後は、私の体調が整わず、ずっと、子が出来なかったの」



 義母の告白に驚いた。顔を見れば、優しい顔をしているが、どこか寂しいような悲しいように微笑んでいた。



「……お義母様」

「今は、もう、癒えているわ。亡くした子のことは、この世に生んであげられなかったことを申し訳なく思っているけど……カルアのおかげで、立ち直れたの」

「カルアの?」

「そう。私は、子が流れてから、塞ぎがちで、ずっと部屋に籠っていたのよ。心を病んでしまったの。何年もしたとき、行儀見習いとしてカルアが屋敷に来たの。そのときのカルアは、ちょうど、あの子と同じくらいの年だったわ」



 懐かしそうな声音に、私は何も言えなくなった。カルアに死んでほしいと言ったのは、他ならぬ私だった。助けることも出来ただろうが、手を差し伸べなかったのだ。



「アンナリーゼを責めているわけではないと、言っているでしょ?そんな顔はしないで。私の想い出話を聞いて欲しかっただけなのだから」

「……後悔はしていません。でも、お義母様にとって、それほど大切だったとは……」

「私の一方的な想いだから、カルアも知らないわ。だから、いいの。今日、私が、カルアの元へ行きたかったのは、勝手に想っていたからよ。でも、サラさんにあって、あぁこの人がカルアの母なんだなって、思ったわ。私たちが来たことを愛おしそうに骨壺に話しかける姿は、到底真似ができないって……思った」

「……お義母様」

「アンナリーゼ、ジョージのことをあなたは、自身の子として育てると言ったわね」

「はい、ジョージア様の願いでもありましたが、私の願いでもあります。ジョージからの愛情を感じています。血は繋がっていませんが、ジョージからの愛情に応えられる母親になりたいと思っています」

「最初は、ジョージアの我儘でって思っていたけど、そうじゃないってことは、ここ数日のアンナリーゼとジョージの関わり方で、十分把握しています。ジョージもしっかり愛しんであげてください。その分、ジョージも、アンナリーゼのことを愛してくれるでしょう。あなたは、誰でも虜にしてしまうのだから!」



 ニコッと笑う義母に、はいと答え、義母の告白に耳を傾けた。

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