第767話 帰りましょう

 夜会に戻ると、ヒーナがいろいろな男性から声をかけられて困り果てていた。



「お嬢様、僕と踊ってください」

「いいえ、私と!」

「俺様とに決まっている!」



 あちらこちらからダンスに誘われ、さすがのヒーナも目を回している。夜会になど出たこともないだろうヒーナにとって、社交デビューのようで、どうしたらいいのかとこちらに視線をときおり送ってくる。ノクトが子どもを見るかのようにそっとヒーナを見守っていた。



「ノクト!」

「あぁ、アンナか。もう、報告は終わったのか?」

「えぇ、終わったわよ!あれは?ヒーナが困っているわ」

「あぁ、ずっとあんな感じだ。余程、アンナと踊っていたのが、ヒーナにとって、貴族からいい印象になったのだろう。引く手あまたというやつだな。幸い、よからぬ輩はいないみたいだが、終始囲まれて困惑してる。さすがに、貴族たちをなぎ倒すわけにもいかないしな」



 ヒーナを見て苦笑いし、報告へ行っていた間の話をしてくれる。私が公のところへ報告へ向かうとすぐに、ダンスに誘われたらしい。踊らないというのも変だと言って、送り出したら、あんな状態となったらしい。



「私と踊らなかったら、上手なのかしら?」

「あぁ、わりとうまく踊れてたぞ?アンナと踊っていたときは、引きずられていたようだがな……?」

「妬けるわね?私、これでも手加減をして踊ってあげたのに!」



 むっと頬を膨らませる。ちらりと私を見てノクトがため息をついた。それには触れない。



「そろそろ帰るのか?」

「えぇ、そのつもりだったんだけど……あれじゃあ、帰れないわね?」

「迎えに行ってくるから、アンナたちは正面玄関で待っていてくれ」



 ノクトへ頷き、ジニーを連れ正面玄関へと向かった。アンバー公爵家の馬車が、私を見つけ、横づけになるので、ジニーと二人で乗り込んだ。


 ノクトの存在感はヒーナの周りを飛び回っていた男性たちにとって、さぞかし憎々しい相手となるだろう。小さなお姫様を掻っ攫ってくる様子を思えば、笑みが零れる。


 ヒョイっとヒーナを連れ出してくる様子が目に浮かぶ。

 すごく嫌そうな顔をしているだろうヒーナは、それでも囲まれた人たちの輪から出られることにホッとしているに違いない。



「アンナリーゼ様」

「どうしたの?ジニー」

「報告会は、普段からあのようなかたちなのでしょうか?」



 ジニーは意を決したように畏まって何をいうのかと思えば、先程の報告会のことを聞いてくる。



「基本的には、あんな感じだよ?ジニーから見て、やっぱりおかしかったかな?」

「いえ、そう言うことでは……私の勝手な想像ですが、公に時間を取ってもらったのなら、もっと、意見交換や対策などを話し合うのではないのですか?」



 ふふっと思わず笑ってしまった。ジニーの言い分は、とても正しい。私と公が対等か、公が私に指示できるようであれば、そんな場にもなっただろう。


 ただし、と続くのが私と公の今の関係だ。


 小さいころから訓練された私と最近になってそういう場を持たなくていけない公とでは、対等に話がすることができない。私が一方的に意見を言ってしまうので、公が何も考えなくてよくなるし、文官たちを頼らなくなる。公にとって、それが1番やってはいけないことなのだ。あえて、私は、表舞台に積極的に立とうとしない理由の一つでもあった。


 それに、今は、公との間には文官であるセバスやパルマが間に入って、私の考えを伝える程度にしているのだ。

 宰相も新しく変わったばかりで、国の全容を把握しきれていないようだし、公と文官たちと連携ができてない。

 だから、まず、私の意見を聞くより公と宰相二人でどうするのかを決めてほしいと言ったまでなのだが……



「ジニーは初めて報告会へ出たからわからないだろうけど、この国の公はまだ、成長途中なの。今、頑張ってお勉強しているところなのよ!」

「えっ?公ですよね?インゼロで言うところの皇帝ですよね?それが、今更勉強?」

「そう。インゼロの皇帝は、武力でその座を奪った。そして、その頂に座り、恐怖政治を強いた。それって、わりと簡単なことなのよ。力さえあれば治められるから。力ないものにはついて行かないのがインゼロね。そんなインゼロと貴族や国民の協力のもとで国の運営をしているローズディアでは、治める方法も違うのよ!前公に頼りっぱなしだったから、苦労をしながらでも耳を傾けたり、視察へでありと些細なことから、頑張っているの」

「それで、アンナリーゼ様に意見を求めていたのですね」



 納得したように頷くジニー。

 そこに、ノクトに連れられて、ヒーナも合流する。



「お疲れ様!初めての夜会はどうだった?」



 疲れた顔をしながら、私を睨むヒーナ。目だけは死なずにいたようだ。



「初めてにしては、よく頑張ったんじゃないか?」

「……何故、私をこのような場所に?」

「わかりきったことを聞かないでちょうだい。ヒーナが考えていることそのままよ。なんなら、年を誤魔化して、ノクトの養女にでもなる?その手伝いくらいならできるわよ!」

「私は、裏でいたかったの!」

「太陽を浴びて生活するのも悪くないわよ!それに、もう、インゼロには戻れないのなら、ノクトの元で仕事してみたらどうかしら?腕は確かなのだし」



 嫌だというだろうと思っていた。何が何でも、皇帝の元へ帰るか、死を選ぶのだと。私の予想とは別のことを思っていたらしいヒーナには驚いた。



「私、あなたの護衛にをしてあげてもいいわよ?こんなシルシを入れられては、どこにもいけないもの……ローズディアの聖女と言われているあなたの元でなら、働いてあげなくもないわ?」

「私の寝首でもかくつもりかしら?それなら、お断りだけど、デリアがしばらく護衛を兼ねることができないから、面倒見てあげてもいいけど?ノクトじゃなくていいの?」

「あなたの方についていた方が、機密事項がしれそうよ!それを持って、インゼロにいつか帰るわ!」

「受入れられるかしらね?機密事項ね……あなたが、握った瞬間に公開すれば問題ないから、それだけじゃ、戻れなさそうね!」



 ニコッと笑いかけると、口惜しそうにしている。

 話が途切れたとき、ちょうど、アンバー公爵家の屋敷へとついた。

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