第766話 これから先
愕然としてしまう公。見通しの甘さが表に出た形となり、言葉にすらならなかったようだ。
「アンナリーゼ、乗り越えるにはどうしたらいい?」
「それを私に求めるのですか?」
曖昧に笑うと、今にも泣き出しそうな公が力なく項垂れる。公が本当に意見を聞くのは、私でなく隣にいる宰相だろう。
そして、宰相がこの国を守るべき近衛や文官たちから意見を求め、まとめ上げ、これから先の対処にあたるのが正解だ。
「なぜ、公は、学ばないのですか?なぜ、宰相は、公に手を差し伸べないのですか?」
お互いを見合う二人。ハッとしたような顔をしているが、そうではない。二人こそが協力し合うべきなのだが、そこまで、信頼しあってないのだろうか?
「公、私は一貴族です。多大な権力はいただいていますが、ことアンバー領とコーコナ領に対してだけ、その権力を発揮することができます。他にこの権力を発揮することは、公にとっても、国にとっても、謁見行為となるのではないですか?今回は、公の命令の元、南を中心に領地を見て回り、公の代わりに領主への労いや叱責などしてきました。本来はどうですか?この病の状況確認でなければ、公や宰相、または国の高官や文官が領地を見て回ることが妥当だと思いませんか?」
一瞬迷ったうちに頷く公。宰相も私の考えに賛同してくれたのか、目を閉じた。
「すまぬ。そなたが、動いてくれるほうが、事がうまく運ぶことが多い。それに……」
「そのままでは、いけませんよ?失敗することもあると思いますが、公が主導であることは、国内外に知らしめる必要があります。でないと、国内の貴族にも国外の王家や皇室になめられますよ?今回、用意してくれた小旗は正直助かりました。アンバー公爵が出しゃばってきたと印象付けるのではなく、対策をとっていて動けぬ公からの依頼で、視察に来ているんだと見せることができましたからね。
でも、一貴族である私やジョージア様だけを側におくのはよくありません。公と一緒に代替わりをした貴族は、基本的に公に好意的なものが多い。申し上げましたよね?」
「あぁ、若い貴族たちと手を取り合い、ともに成長をせよと……」
「私もあのとき、公爵という爵位をいただいたので、若い貴族ではありますが、しょせん、私の代だけの貴族位です。そうではない。これからも、脈々と続くであろう方々に、公の方から歩み寄るのです。若い貴族たちも、公には遠慮しているのか、声がかかるのを待っているのですから……」
「声がかかるのをか?」
「そうです。公とともにこの国を発展させようと気概のある若者ばかりですよ!文官も近衛もそれに倣い、みなが、それぞれに研鑽をしています。もっと、周りをみてくださいませ。あなたが公なのです。この国を導く存在なのです。間違っても、膝を抱えて閉じこもっているような人を選んだつもりはありませんよ?」
挑戦的に公を見れば、その目にうつるものがあるのだろう。出会ったころに比べ、ずっと視野も広くなったと思うし、宰相と話をするようになったとは思う。ただ、もう数歩足りない。
その先にいる公と同じく代替わりした貴族へ歩み寄ることが必要なのだ。
それさえできれば、国を支えるものとして、若い貴族たちが公へ力を貸してくれるはずである。
「まずは、どうするのがいいだろうか……?」
「病が終息しつつありますからね。できる限りの貴族を集め周知をすることが必要かと。それには、まず、文官に今の国の状況把握と来年の見通しの確認ですね。お金、食糧は足りるのかを第一に考え、この春の農業ができるかの確認を各領地へ問うところからです。と、言っても、領地もまだ、混乱のさなかではありますから、あと3週間ほどは、問い合わせすることを控えてください」
「宰相、国の状況確認から頼む。早急にではあるが、それどころではない場所もあるであろう。人事については、文官の異動を命じ、仕事を振っていけ」
「かしこまりました。では、そのように進めて行きます。アンナリーゼ様、よろしいですか?」
「えぇ、いいわよ?」
「食糧と申しましたが……それは、どのような意味ですか?」
「殆どの領地は、当年取れた小麦を元に生活をしていると思うの。領主が積極的に備蓄をしているところは少ないと思うわ。あと、国も備蓄まではしていないですよね?」
「……備蓄ですか?それなら、あるはずですが?」
「宰相の考えている備蓄は、小麦が取れる今年の夏までの話であって、多年分の備蓄のことを言ってないわ!」
「多年分……アンバー領は、しているということですか?」
「えぇ、私が領地へ入ってからだから、まだ、3年だけど。アンバー領は2期作をしているのよ。年2回の収穫をしているし、収穫量が昔に比べて圧倒的に増えているから、備蓄へ回す分とお金にかえる分とをわけて考えているの。人も少しずつ増えているから、小麦の生産は領地で最優先して、さらに保存のきくいも類や他の野菜の研究をしている。コーコナのような大規模な災害もあるから、領主になる前から、進めているの」
「……言葉になりませんね。もし、国からの要請があったら、備蓄の放出をお願いできますか?」
「うーん、断る!」
「なっ、何を言ってるんだ!アンナリーゼ!国の一大事なのだぞ?」
「考えてもみてください。私はセバスやパルマを通じて、小麦の備蓄については連絡していたはずですよ?今後、何があるかわかりませんから、そういう準備もしておいてくださいね?って」
難しい顔をする公と宰相にニッコリ笑いかける。後ろでエリックが笑うのを我慢しているのが見えた。
「準備不足なのを棚に上げて、他に頼ればいい!という考えは、もうそろそろお捨てになった方がいいですよ?国民のため、自身の身を削って、尽くしてください!私は、領民に尽くしているつもりではありますよ!領主に見捨てられた領地と言われ最低な領地から、人間らしい生活、さらには住みやすい領地へと少しずつですが、みなの手を借りつつ領地を変えてきていますから。領民との信頼も、そこそこ厚いと思っています。見習えとはいいません。国民が最低限の生活をできるよう、公も公にできる限りの誠意を見せてください」
それではと席を立つ。あとは、公が宰相と、公が貴族たちと、宰相が文官と、話し合うための席をそれぞれが設けるだけとなったのだからと帰ることにした。
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