第768話 拾い猫のお世話をお願いします!

 屋敷へ戻ると、ディルが出迎えてくれた。思わず、デリアは?と聞きそうになり口を噤んだ。それでも、何か感じたらしいディルは、やはり優秀な執事なのだろう。



「先に休ませています。しょうのない子で、アンナリーゼ様が帰るまではと居座ろうとしたので、さすがに叱らせていただきました」

「それが、正解よ!今は、私より自身と子どもへ目をかけるべきだわ!」



 デリアの話をして、二人でクスクス笑いながら執務室へと向かう。当然のように、後ろにノクト、ヒーナ、ジニーがいるが、何も言わずついてきた。



「ジニーは、先に客間を用意してあげて」

「かしこまりました。すでに用意してありますので、そちらに」

「助かるわ!あと……」

「子猫がついていますので、ジニー様のことは……」



 頷くとメイドが来て、ジニーを客間へと案内してくてる。ディルのこういう細やかな配慮は、とても助かる。



「ノクト様もお部屋を用意してあります。そちらで、ゆっくりとお休みください」

「わかった。自分のことは自分でできるから、誰もつけなくていいぞ?」

「そういうわけには参りませんので」



 ニコリと笑うディルに逆らうことができず、メイドと共に客間へと向かう。

 残ったのは、私とディル、ヒーナの三人であった。



「さて、アンナリーゼ様?お話を伺いましょう!」



 勘がいいのか、私の先を見通しているからなのか、先に言われてしまえば肩をすくめるしかない。

 残ったヒーナの処遇を話し合うのだが、どうしたいのかというのはすでに伝わっているような雰囲気を持っている。報告か命令という形を待っているようなこの場の雰囲気に、小さく息をはいた。



「ディルは、何でもお見通しなのね……困ったわ……」

「困ってなどいらっしゃらないのに、そのようにいうのは、こちらが困りますよ!」



 小さい子どもを諭すように言われたら、ヘタに逆らわないほうがいい。なので、説明をすることにした。



「それでね?」

「はい、どのようにお考えなのでしょうか?」

「……この子、ヒーナっていうの」

「はい、それで、どうされるのですか?処分はしないのでしょうし、今日のお披露目ですからね。手元に置くつもりなのはわかりますが……」

「……します」

「えっ?」

「お願いします!」

「この子をですか?」

「拾い猫のお世話をお願いします!」



 ディルにお願いをすると、大きくため息をつかれた。通常主人に対して、そんなことをするべきではない。爵位の低い貴族の屋敷で働くものなら、してしまうかもしれないが、ディルは筆頭公爵家の執事だ。普段は、そんなことを絶対しないのだが、やはり私のすることに少々頭の痛い思いをしているようだ。



「お願いしますと言われて、そうですかとすぐに受入れることは難しいです」

「ディルが好きなようにしてくれて構わない!元々裏の人間だから、武器については教えることもないかなと。見事なナイフ投げをするし……短剣での戦いも見事なものよ?」

「……そう言うことではないのですけどね。そちらのお嬢さんもわかっていると思いますが、主に対して、忠義を尽くせるかどうかによって、迎え入れられるか決まります。反抗的とは言いませんが、どう見ても、アンナリーゼ様以外に主があるように思います」

「ディルなら、調べはついていると思うけど……」

「はい。わかってはいます。それでも、本当に当家で受入れるのですか?」

「言いたいことは、わかるわ。いつ裏切るかわからないものを手元に置く不安もあるのでしょ?だからこそ、ディルという鈴をつけて置きたいのだけど?」



 ハッとした後に、盛大にため息をついた。



「アンナリーゼ様、煽ててもダメですからね?」

「お願い!このとおり!ディルにヒーナの生死含め判断を任せる。ディルがアンバー公爵家にとってヒーナの存在が危険であると判断した場合、責任は全て私が取る。手を下すのは私。地の果てでも追って、最後は面倒を見るから!」



 口を開きかけたヒーナを黙らせるために睨むと、怯んだのか少し後ずさる。

 それをみたディルは、もう1度大きくため息をついた。



「わかりました。そこまでおっしゃるなら、面倒をみましょう。まずは、表に立っていても完璧に仕事ができるように仕込みます。そのうえで、裏の仕事もしてもらいます。当家の裏の仕事と言っても、殺人を生業にしておりません。基本的にアンバー公爵家を守ることが、私たちの役目。その中で、多岐に仕事に関わっていただきます。今は、アンナリーゼ様が領主、筆頭公爵となっておりますが、当家の当主はジョージア様です。私は少々イロイロとありましたので、当主のジョージア様ではなく、アンナリーゼ様に忠誠を誓っておりますゆえに、少しでもアンナリーゼ様に不利益があるようなことになれば、即刻、そのクビが途切れると思ってください!」



 胡乱な目でヒーナは見てくる。筆頭執事に何をしたの?というふうであり、ニコッと笑っておく。



「返事は?」

「……はい」

「あと、情報収集をする上で私どもの子猫たちより、アンナリーゼ様が飼われている小鳥のほうが優秀です」

「……小鳥ですか?」

「えぇ、お父様にいただいたのよ」

「その小鳥に負けては、なりません。情報収集の上で、正確な情報を新鮮なうちに、欲しがっているもの全てを網羅できるよう、あなたも励んでください。アンバー公爵家へ歓迎いたします。子猫」

「……子猫」

「容姿も幼いから、子猫と言われても不思議じゃないわね!ヒーナは、どちらかというと表の情報収集になりそうね?」

「そうですね。ただ、裏を持つ、もしくは、裏と繋がっている貴族は、ヒーナの存在を知るものも多いはずですから……表で活動はなかなか難しいかもしれませんね。今後、護衛も兼ねてアンナリーゼ様の側にいてもらうことになります。その手を血に染めたぶん以上に、アンナリーゼ様に尽くしてください」



 渋々とヒーナを受入れてくれたディルに感謝をし、明日からの訓練に備え、ヒーナを侍従たちの部屋へと案内してくれる。ヒーナの部屋は3階に用意されたのである。

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