第742話 ナルド子爵

 キースと歩きながら、さっき決まった話をする。情報共有は大切なので、さっきまで話してたことを教えていたのだが、キースが困り顔になった。



「どうしたの?」

「いえ、アンナリーゼ様は、部下とそこまで細やかな情報共有をされるのですか?」

「えっ?普通のことだと思っているけど……違うの?」

「えぇ、なんといいますか、もっとざっくりでいいと思うのですが」

「それで行き違いとかあったら、困るのは私だから、やっぱりきちんとしておく方がいいわ!例えば、ジニーのこととかは特に。容姿について知らなければ、わからないでしょ?」

「そうですけど……情報が多すぎると、困りませんか?」



 上司からそれほど多くの情報を与えられないらしいキースは、どうも私のやり方が不思議だったし、やりづらいようだ。



「そうね……今のキースなら、これくらい情報を渡してもいいと思ったから共有しているのだけど、重荷なら、減らすわ!」

「えっ?」

「私ももちろん、相手によって、情報の共有程度は区分けしているわよ?さすがに機密事項をこんな道の真ん中では言わないし……どこまでの人なら出せる情報か見極めているわ!今回はいないいけど、その情報の中で、さらに下へ……警備隊などへおろす情報の精査については、各自に任せているの」

「……情報にも種類があると?」

「もちろんよ?私がウィルに渡す情報と、キースに渡す情報も同じものはないわ!あくまで、キースは近衛の一人。それも、隊長格ではないわよね?」

「はい」

「大隊長や中隊長、小隊長と順に情報が普通はおりていくのだけど、その内、各隊長格だけが知っていればいいことってあるわよね?一兵卒にまでいわなくてもいいようなこと」

「例えば、何も考えず、突撃!みたいなことですか?」

「そう。でも、今回は違うわ!私とキース、二人しかいないの。情報共有をしっかりしておかないと!認識にずれが生じると、なすこともなせずに終わってしまう。ジニーを見つけ出し、捕らえることが今回の任務なんだから!」

「……それでですか?」

「大味の説明では、私と行動を共にすることは難しいでしょ?」



 笑いかけると、頷くキース。帯剣をしている手前、デート風には見えないので、貴族の護衛をする私兵のような雰囲気で町を歩く。



「次の角を曲がったところが、屋敷ね。どんな子爵が出てくるのかしらね?まずは、門を開けてもらうところから、始めないといけないのだけど……どうしようかしら?」



 キースへの情報共有も済み、いざ角を曲がろうとしたとき、ナルド子爵の屋敷が騒がしい。門番が慌ただしいし、屋敷の中もそんな空気をだしていた。



「何かあったのでしょうか?」



 キースの問いかけに、首を振る。明らかにおかしい雰囲気を出しているのだ。もしかしたら、子爵が罹患したのかもしれない。



「キース、混乱している今なら、潜り込めそうだから、行きましょう!」

「アンナリーゼ様?」



 呼び止めるキースを置いて、屋敷に向かって歩き始めた。気付いたらしい門番が、私の容姿を見て駆け寄ってくる。



「そなた、先日屋敷に来ていたものだな!旦那様の様子がおかしい。今すぐ、一緒に参れ!」



 腕を抱えられ、強制的に屋敷へと連れて行こうする門兵に逆らわず、歩く。キースも慌てて駆け寄ってきた。



「何やつ?」

「従者です。御主人だけ連れていかれると、今晩の寝床に困るので同行をお許しください」



 門番側からうまく剣を隠していたのか、何も言われずついてこいと指示を出す。この辺で、子爵はそれなりの地位があるのだろう。門番もちょっと、横柄だ。

 そこから、屋敷へ入ることは、簡単だった。お迎えつきで、あれよあれよといううちに、子爵の寝室へとついてしまったのだ。

 ちなみに、私の帯剣は気付かれていたのだが、女の身である私が、剣を振るうとは誰も主至らなかったらしい。自衛のための飾りだと認識されていた。逆にキースは、子爵の寝室の中までは、入室の許可が下りなかった。廊下で待っていますと言葉に頷き、一人部屋に入る。


 薄暗い部屋の中、ベッドで唸りながら寝ているのは、子爵だろう。私は、顔も知らないので、本人かどうかはわからないが、ベッドの傍らに夫人らしき人が手を握って祈るようにしていた。


 私は、窓際へ向かい、カーテンを開け窓を開け放つ。新鮮な空気が寝室に舞い込み、病独特の空気を入れ替える。



「何をなさるのです?」



 振り返ると怒った夫人が、私に詰め寄った。



「ここは、子爵の寝室です。許可のない人が……」



 私の瞳を見て、ハッとする夫人。きっと、数日中に私と同じ紫の瞳をしたジニーを見たのだろう。最悪、夫の浮気現場に遭遇した可能性もある。

 キッと私を睨む夫人の目は、憎しみと憎悪、ありとあらゆる負の感情を向けてきた。



「あなたね!夫が、こんなことに、なった原因は!早く戻して!元気なあの人に……!」



 行き場のない感情をぶつけてくる夫人に微笑む。それを見れば、さらに厳しい顔になった。



「……このっ!」

「誰と勘違いしているか知りませんけど……」



 センスをバサッと広げる。今日の私は、女王様だ。誰もが傅かずにはいられないほどの色香を出し、視線で夫人を黙らせた。



「……」

「私、アンバー公爵アンナリーゼですわ!」

「……アンバー公……爵?」



 妖艶に笑いかければ、息の詰まるような子爵の寝室も夜会の華やかさを思わせるほどに立場を使って作り変えた。



「ナルド子爵にお話があって来たのですけど……」



 コツコツとわざと踵を鳴らせ、子爵の眠るベッドへと近づく。



「虫の息ですわね?侍医はいないの?ここにも、薬は大量にあるはずなのだけど?」

「……薬はあります。ただ、夫へ飲ませることができる薬なのか、なんの薬なのかわからず……1粒も使っていません」

「そう、それは懸命ね!1つでも使っていたら……この屋敷を売っても手に入らないほどのお金が必要だったわ!」

「……そんな!」



 ニッコリ笑いかけ、不幸中の幸いでしたね!と声をかけた。



「ご夫人は元気そうですね!さっそく、子爵を助けるために、動いていただきましょうか?」



 何をすれば?と食い気味に聞く夫人は、ナルド子爵を大切に思っているのだろう。そんな弱みに付け込んで、私は夫人に薬を広場へ返してくるよう伝えるのであった。

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