第692話 試作品Ⅱ
ラズベリーがロイドと出て行ったあと、急にソワソワとし始めるコルク。次は自分たちの番だとわかっているからなのだろう。
「じゃあ、コルクとグラン、あなたたちのも見せてくれるかしら?」
「はい、わかりました」
椅子の後ろに置いてあった大きな箱から5つの飾り箱を取り出した。そのどれもが形が違い、興味がわく。
ラズベリーと同じく、形からして薔薇、リンゴ、オレンジであるものはわかった。そして、楕円形のものと長方形のものが並ぶ。
まず最初にと、長方形のものがみなに説明される。
「こちらは、至ってわかりやすいものになっています。アンナリーゼ様より、私たち二人以外が作ることも視野にという話をいただきましたので、作りやすい長方形と楕円形のものをご用意しました」
「手にとってもいいかしら?」
「もちろんです!」
私は、近くにあった楕円形のものを手に取る。真ん中が少し大きく彫られ、両方に2つずつ窓がついていた。
その箱を開けると、見本ではあるが、中に光沢のある布地と緩衝材として綿が詰めてあった。
それを触る。隣に来ていたナタリーが中にある布と緩衝材に興味を持ったようだ。
「この小窓、真ん中以外は、少し小さいのね?」
「それには、理由があります。少し、この小瓶をお借りしますね」
ラズベリーはいないが、私は頷き、それをコルクが自身が持っている長方形の箱におさめていく。
「今は、形の違うものをラズさんが持っていっているので、こちらの小瓶を使わせていただきましたが、このような形で外から中が見えるようになっています」
それを見て、驚いた。今まで、見たことがなかったから。中身の見える飾り箱だなんて。全体を見せるのでなく、おそらく香水に色がついていることを知り、一部だけ見えるようになっていた。その窓の周りは、あたかも、その香水を連想させるような彫りになっている。形は珍しくなくとも、その彫りであったり、ガラスで中が見えるというのに驚かされた。
「ラズさんと打ち合わせをしたときに、香水の試作を見せてもらいました。それぞれに、うっすら色がついていたので……こういう演出はどうかとラズさんとも話し合ったのです。ガラス職人である、ラズさんから、中のガラスも綺麗に見えるようにしたいという要望に応えたら、こういうふうになりました。いかがでしょうか?」
「これ、確かに中が見えるな。そんで、飾り彫りが、その香水と連動しているのか……おもしれえな!」
「これは、基本となるものですが、アンナリーゼ様がお持ちの楕円形も同じような作りになります」
見せてという顔をしているので、みなに見せるとひっくり返したりしながら、すごいなと声を漏らしている。
「ねぇ、ここにアンバー領の紋章って入るかしら?」
「紋章ですか?そんな恐れ多くて、入れられません」
「うーん、一応、ハニーアンバー店で売るものだから、紋章を何処かに入れて欲しいの。一目で目につくところがいいから、この大窓の下あたりがいいかしら?」
「あぁ、確かに紋章は欲しいですね!」
「あの、紋章ってそんな簡単に入れてもいいのですか?」
「他領では知りませんが、ここの領地では、普通のことです。アンナリーゼ様が領主になってからは、ハニーアンバー店で売るものには、必ず入れるようにしていますよ!品質保障的な意味も宣伝の意味もありますから」
他領から移住してきた二人は驚いていた。領地の紋章は、基本的に領主の屋敷や警備兵の装備などについていることが多い。アンバー領では昔から、アンバー領で作られたものに限り、紋章をつけてもいいことになっていた。ジョージアの持つ懐中時計もその1つなのだが、領主だからという理由で紋章付の懐中時計を持っていると勘違いしている貴族が多い。
ビルの説明に戸惑う二人に私は頷いた。
「そういうことでしたら……確かにラズさんの小瓶には、どれをとっても紋章が入っていましたね。知らなかったので、とても勉強になりました」
「そう、よかったわ!」
「すまなかったな。俺が伝え忘れていた……」
「いえ、テクトさん。大丈夫です。私たちの勉強不足ですから。では、アンナリーゼ様、全ての飾り箱に紋章を入れさせていただきます!」
「えぇ、お願いね!あと、ひとつ。これは、ずっと考えていたことなのだけど……」
そう切り出したとき、ラズベリーとロイドが香水を入れて戻った。小瓶には色がつき、よりそれらしくなっている。
「香水の色と小瓶が合っていていいわね!」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、ちょっと座ってくれる?」
はいといい、二人が席に戻ったところで、私が考えていたことを話し始める。
「今、1つの案があるのだけど……ラズが作るガラス製品、ナタリーが手がけるドレス、ティアが作る宝飾品、そして、コルクとグランが作る飾り箱には、特別にそれぞれ制作者がわかる紋章をつけてもいいことにしたいと思っているの。特にラズのガラス製品は、収集家が動き出している。値が吊り上がる可能性があるの。本物だと見分けられるよう、しておいたほうがいいと思うの」
「……それは、自身の名を刻む商品ができるということですか?」
代表してナタリーが私に聞いてくるので、頷く。その話を聞いて驚く三人は、寝不足も手伝って頭が回っていないようだった。
「そう言うことね!領地の店として、あなたたちを専属職人にしたいと思うの。他には、商品を出すことは出来なくなるけど……それでもよければってことね!もちろん、きちんとした契約を結びましょう!そのあたりは、セバスとイチア、ニコライを交えて形にするけど……嫌なら、断ってくれてかまわないわ!」
「私は、もちろん契約いたします!」
「……ナタリーは即答だな?いいのか?」
「いいもなにも、私は……」
「はいはい、わかった。それ以上は、聞き飽きたから、いい」
ウィルが茶化したことに、むぅっとするナタリーに私はまぁまぁと背中をさすると、ふくらいでいた頬はすっと赤みを帯びて、少々もじもじとし始めるのであった。
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