第693話 試作品Ⅲ
「この話は、香水が軌道に乗ってから話しましょうか。とりあえず、今、するべきは香水のほうね!ラズ、持っている香水をその長方形の飾り箱に入れてくれる?」
「はい、これですね!」
そういって、ラズベリーは長方形の飾り箱の中に咲きかけの薔薇の瓶を入れた。うっすらとピンク色をしている香水入りの瓶を詰めて見ると、さっきまでと印象が変わり、とても素敵になった。
「なるほど……この飾り箱は、香水を入れて、初めて完成する……そういう代物ですね!」
黙っていたイチアが、余程気に入ったのか、口を開いた。
たしかに、1つ小瓶が入っただけだが、先程とは全く違うものだ。
「いいわね!香水にガラス瓶、飾り箱の3つが揃って、初めて1つの商品として扱えるのね。どれがかけていても、この美しさは出来ないわね!」
「本当ですね!」
「今日、初めて合せましたが、想像以上にいい仕上がりになっています!」
「飾り箱の落ち着いた色に、優しい香水の色。ガラスのキラキラとしたのもいいわね!」
みなが見惚れる中、ナタリーだけが顔を曇らせている。
「ナタリーどうかして?」
「いえ、とても素敵なのですが……」
握りしめた中綿を見ていた。
そうか、ナタリーは……中綿を?
「あの、僭越ながら、もうひとつだけ、手を加えてもいいでしょうか?」
「何をなさるのですか?ナタリー様」
ビルが聞き返すと、これよと握りしめていた中綿を机に置く。コルクが試しに置いたという白い光沢のある布で作られた中綿ではあったが、何か思いついたのだろうか?
「アンナリーゼ様、中綿に使うこの光沢のある布地については、私の方で手配させていただくことは、可能ですか?」
「えぇ、いいけど……どうするの?」
「考えがあります。やらせてください!」
「任せたわ!」
「姫さんも、そんなあっさり頼んでいいのかよ?」
「布に関して、ナタリー以上に知っているものが、ここにいて?」
「確かに……しかしながら、ナタリー様には、たくさんお仕事がありますし」
「そのための、ベリルですわ!」
「えっ?私ですか?」
「そう、ベリル、あなたに仕事を任せるわ!あなたが作ってもいいし、指示を出して作ってもらってもいい。布地だけは、私が選ぶから、やってみなさい!」
「そんな、私には無理です!」
「無理かどうかは、やってみてからにしなさい。ダメだったら、私が責任を取るから、自分が思う通りにしてみて!なんなら、ライズも貸すから!」
「……ライズさんは、どう見ても使い物には……」
「荷物持ちや、連絡係くらいならできるわよ?」
私は、ぐっと堪えた。いい年して、元皇太子が荷物持ちや連絡係しか出来ないって……と。小言を言いたいが、ナタリーが辛抱強く育てた結果、少しだけでも使えるようになったのだから、恩の字だ。
「……わかりました。やってみます」
「デザインは私がおこすから、コーコナから、この前、試しに作ってもらった布を取り寄せて!」
「わかりました!あの布を使うんですか?」
「そう、手触りもいいし、綿に関しては、コットンに連絡すればいいし!」
二人のやり取り聞き、何も出来なかった温室育ちのベリルの成長を垣間見た。
ライズも少しくらい成長はしているようだ。ナタリー様様の成長に私は少しだけホッとした。
「中綿は、ナタリーに任せていいかしら?」
「はい。動くのはベリルですが、私が責任持って作らせます」
私は頷き、ベルを鳴らす。
「アンナリーゼ様、お呼びでしょうか?」
「えぇ、リアン。ここの三人を客間に案内してくれる?あと……」
「心得ております。では、ラズベリーさん、コルクさん、グランさん。こちらへついてきてください!」
「えっ?でも……」
「私たちは、これからどれを作るのかの話し合い……」
驚きと戸惑いでおどおどする三人に、有無を言わせないデリア直伝の微笑みをリアンも覚えたようだ。
ビクッとする三人には悪いが、少しだけ寝てもらう。試作品を作るのに殆ど寝ずにいたのだろうことは、わかる。
「アンナリーゼ様……」
私に泣きつこうとするラズベリーにニコニコっと笑うと、諦めたようだった。
「三人とも別室で待機してちょうだい。ここからは、私たちハニーアンバー店で売るものに対しての意見交換をするから、職人はいない方がいいの。悪いわね!少しだけ、待っていて!」
そういうことならと、席を立つ三人を見送り、ため息をついた。
「職人ってみんなあんななのかしら?目の下にクマを作って……体調管理も考えて欲しいわね!」
「あんなものだと思いますよ?経験上、1つのものを作るのに夢中になりますから!」
「ナタリーもよく徹夜してるもんな!」
「ウィル、それは、アンナリーゼ様には言わない約束でしてよ?」
ウィルをキッと睨むナタリーにため息をついた。
「ナタリーもほどほどにね……あなたがいないと、服飾の方は回って行かないわ!」
「後進は育てていますから、大丈夫ですよ!私がアンナリーゼ様だけのドレスを作るのに時間を費やしたいですから!」
「うわっ、本音が出た!」
「本当のことを言って、何が悪いのかしら?私の愛はアンナリーゼ様を輝かせるためだけにあるのですから!」
胸を張るナタリーに何か声をかけようかと思ったが、ナタリーにそれを許可しているのだから、何も言わずにいよう。胸の奥で、静かにするのであった。
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