第691話 試作品

 約束の1週間後、朝早くから、ラズベリー、コルクとグランが訪ねてきた。

 特に時間の指定はしていなかったのだが、同じくらいに来たということは……コルクがラズベリーのところへ行ったときに合わせてきたのだろう。



「おはよう、試作品できたようね!」



 それぞれが箱を持って満足そうな顔をしている。そして、目の下のクマがうっすらあるのが、やはり気にはなったが、執務室へ入った瞬間、目つきも表情も職人の顔になったので、私も引き締める。



「お招きいただきまして……」

「招いたというよりは……挑戦状を叩きつけて帰ってきた……が、正解な気がするわ!楽しみにしている。こちらが集まるまで、少しだけ待ってくれる?」

「はい……それは」

「それはそうと、三人とも無理はしていないのよね?」



 領主として問いかけると、三人がお互いの顔を見比べる。



「酷い顔をしているのだけど……そうね。作ってきてくれたものの説明だけ終わったら、今日中に審議をすることにするわ!早く取り掛かってほしいし、イロイロと根回ししないといけないことの相談もあるでしょ?」

「それでは、その間、少し外でぶらついて……」

「ん?」



 小首を傾げ、それ以上何も言わせないようにと微笑むと、コルクが少し怯え、ラズベリーが椅子を少しひき、グランがゴクリと鍔を飲み込んだ。

 机の上に置いてあるベルを鳴らす。普段なら、廊下に出て呼ぶのだが、さすがにこういう体裁が必要なときは、有無を言わさず、きちんと順序をふむようにしていた。



「お呼びですか?アンナリーゼ様」

「リアン、悪いのだけど、客間を2つ用意して」

「かしこまりました」



 ちらりと三人を見て、小さくため息をついて出ていく。代わりにメイドが入ってきてお茶を置いて行った。

 そこにいつものとおり、ウィル、セバス、イチア、ロイドがぞろぞろと入ってきた。



「おはよう、姫さん」

「おはよう。ずいぶん眠そうね?」

「ん……昨日、アデルたちが帰ってきたから報告書を書いてて……これ、渡しておく。それと、ジョージア様が、そろそろ公都を発つかなって」

「ジョージア様が?」

「そう。コーコナも落ち着いてきたし、近隣の領地の様子を確認が出来たから、公都に帰ってきているんだ。謁見だけ済ませたら来るって話だったって。アデルから。

 あと、伝染病の件は、ヨハンが様子見でしばらく残るという話。薬草畑のこともあるから、春まで帰ってこないかもしれないってってさ」

「そっか……ヨハンにも迷惑かけているのよね」

「助手だっけ?」

「そう、何人かを送り込んでもらったから……」

「そこは、援助があるから、文句なんてでないだろ?」

「そう……」

「遅くなり、申し訳ありません!」



 執務室の扉を慌てて開けたのは、見覚えのある子爵令嬢と元伯爵令嬢。完璧な淑女となっている子爵令嬢に比べ、髪の毛があちこちに跳ねている元伯爵令嬢を見て、ため息が出た。



「おかえりなさい、ナタリー!」

「ただいま戻りました!アンナリーゼ様」



 慌ただしい集合にコルクとグランは目を白黒させていたが、まだ、静かな朝のほうだ。



「おや、ナタリー様もお帰りでしたか?」

「ビル!久しぶりね!ニコライももう少ししたら、来るわよ!」

「それはそれは……領地や公都に居る機会が少ないので、息子であってもなかなか会えなくなっていましたから、嬉しいですね!」

「貴重な戦力ですからね!アンバー領とコーコナ領の営業は、ニコライあってですもの!」



 私が言いたいことを先に言われてしまったので、席にかけるよう指示を出す。椅子が足りないため、近場にある椅子をみなが好きなように集めて座る。



「ごめんなさいね?朝から、慌ただしくて……」

「いえ、とてもアンナリーゼ様の周りは賑やかなのですね。驚きました」

「よく言われるわ……そんな仲間入りしたと思って気軽にしていて。さっそく、見せていただきましょうか。あなたたちの作品が、とても楽しみだわ!」



 そういうと、ラズベリーが、机の下に潜り込む。そして、次々と机の上に作った小瓶を置いて行く。



「今回、香水を入れるようの小瓶だってことで、薔薇、リンゴ、オレンジ、最後は私の想像で作りました」

「薔薇は2種類あるのね。咲いた薔薇と咲きかけの薔薇……」

「薔薇の香水だけは、何種類かあったので、匂いの印象をそのままに……いうなれば、アンナリーゼ様のように咲き誇った薔薇と、これから大輪の花を咲かせますよ!という準備中の令嬢みたいな感じです。ロイドさんのイメージと違うようでしたら……また、考えますけど、薔薇の香水を映像変換すると、こんな形に」

「なるほど。あとは、リンゴとオレンジ。それと、これは?」



 私が最後のひとつを手に取った。なんというか、とても可愛らしい見覚えのある形をしているのだが、ピンとこない。

 でも、とても綺麗で、ガラスの表面がキラキラしていた。



「ダイヤモンドの形です。女性って、宝石をもらうと嬉しいと思うんですけど……1番私の好きな形が、この形なのです。ただ、他のものと比べて先をとんがらせているので、不安定ですから、どうかなって思っています」



 手に取ってから、あちこちを触ってみる。机に置くと、ゴロンと先を中心に少しだけ転がる。



「ねぇ、ロイド。ここにピンク色の香水を入れてみてくれる?」

「ピンクですか?」

「えぇ、可愛い気がするの!」



 わかりましたと、席を立とうとしたとき、何か思いついたと言わんばかりに口を開く。



「どうしたの?」

「この瓶、全部に香水を入れてみてもいいでしょうか?」

「いいかしら?ラズ」

「かまいません。その方が、私も改善点が見えていいかもしれませんから!」



 手伝いますとラズベリーはロイドに自分の作った小瓶を持って出て行く。持って返ってくるまでに、コルクとグランが作った飾り箱を見せてもらうことになった。

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