第607話 将来の約束

「ニコライ、悪いのだけど……」

「食事が済みましたら、エレーナ様たちを呼んできますね!」



 ありがとうとニコライにいうと、ベリルは私が何をするのか興味が湧いたらしい。今まで深窓のご令嬢だったベリルに、これからこの部屋に呼び寄せるエレーナたちの説明をすると、本当に同じ令嬢だったのかと驚かれた。

 まぁ、いうなれば……深窓のご令嬢とは一番遠いところにいた私なのだが、社交界での私しか知らない貴族にとって、私と関われば関わる程、無茶苦茶なんだと驚くことばかりだろう。



「ベリルは、本当に何も知らずに生きてきたのね?」

「そのようです……私、自分が恥ずかしい。今回、父のせいで没落して、生活も

 食うや食わずだったから、アンナリーゼ様を逆恨みして……恥ずかし過ぎて、穴が

 あったら入りたい……」

「お嬢……」

「あなたたちもいけないのよ!私は、もう伯爵令嬢ではないのだから……もっと

 厳しく世間のことを話してくれないと……」

「「そうはいっても……」」

「令嬢だものね、夢見がちな子も多いんじゃなくて?」

「……はい。お嬢は読書、特に恋愛小説が好きでして……夢見がちを絵に描いたよう

 な……いたっ!」

「そんなことないわよ!」

「……本当のことを言われたからって、お嬢、蹴飛ばすことないじゃないですか!」

「し……知りません!」



 プイっと向こうを向いてしまったベリル。そのとき、エレーナとルイジが入ってくる。



「アンナリーゼ様、ご機嫌麗しく」

「ルイジ、クロック領までの往復は、大変だったでしょ?そこにかけてくれる?」

「いえ、大丈夫です。失礼しますね」

「今回の件、旦那様に詳細を伺いました。アンナ様、クロック侯爵領の危機を救って

 いただき、誠にありがとうございました」

「いいのよ、そういう約束ですものね!それより、今後の改善策を話し合いま

 しょ?今のままでは、また、同じようなことになるから……」



 はいと返事をし、エレーナとルイジは空いている席についた。



「アンナ様、ひとつ、伺ってもいいでしょうか?」

「えぇ、いいわよ!」

「この人たちは、一体……?」



 エレーナは、ベリルたち見て訝しんでいる。それもそうだろう。ここ何日も一緒にいたエレーナにとって、急に増えた人物たちなのだ。正直なことを言ってしまえば、反対されることはわかっているので、起こった出来事は伏せることにした。



「伯爵令嬢のベリルとその従者よ。私がこの地を回ると聞いて案内をかってくれたのよ!」

「そうだったのですか?それは、それは……私たちのせいで、アンナ様が身動き

 取れなくなってしまって……、大変申し訳ございませんでした」

「いいのよ!明日、1日この辺を案内してもらって、私たちも公都へ帰るわ!

 エレーナたちもそろそろ帰らないといけないわよね?」

「えぇ、明日には発とう思います。あの、それで……」



 ベリルたちを気にするエレーナだが、ベリルたちから目を離すとそれはそれで面倒なので、他の部屋に移動させることはしないでいい方法を考えた。



「他の部屋にとも思ったんだけど……このベリルは、私の熱烈なファンらし

 くって……かなりの情報通なの。ここにいてもらって、口止めした方がいいと

 思って……」

「そういうことなら……」



 意を決したようにエレーナは、今回の話をし始めた。

 私は、そのことで、ノクトが感じたことを指摘していくと、驚いているようだ。



「それは……うちの警備兵は、その……指揮系統が弱いということですか……」

「そうね。そういった経験が少ないのじゃないかしら?例えば、お城で警備の任に

 ついていた人を雇ってノウハウを学ぶとか、城へ何人か勉強するために送りこん

 だりしてみたらどうかしら?」

「なるほど……アンナ様、提案なのですが……」

「何かしら?」

「昨日、エレーナとも話をしたのですが、アンバー領で育ててもらうことはでき

 ないでしょうか?」

「アンバー領でね……見返りは?」



 私は、ただ、見返りの話をする。人を育てるには、かなりの時間もいるし、手間もかかるのだ。ただというわけにはいかない。それに、今、欲しいのは土木工事が出来る作業員であって、警備ではないのだ。



「見返りは、リアーナで……ネイト様が成人されるまでにこちらで仕込ませていた

 だきます。領主の支えとしてネイト様がいらっしゃるのですよね?」

「そのつもりはないけど……たぶん、ネイトがアンバー領の次期領主になると思う

 わ。そのとき、ネイトを支えられる夫人を私にくださるということでいいの?」

「えぇ、そのつもりです。元より、私もアンナ様に命を救われた身。旦那様と始めた

 運輸業もアンナ様を始め、サシャ様の援助がなければ難しかった。加えて、今回の

 件です。私たちには、今が精一杯ですので、手助けいただければと……」

「そのために、年端も行かない娘の結婚相手を決めていいの?」

「……はい。アンナ様の元にいるのです。リアーナは立派になるかと」



 私は、エレーナとルイジの考えを目を閉じて考えてみた。アンジェラは、次期公爵としてローズディアでは、周知の事実である。ただ、その先にアンジェラはなることが『予知夢』でわかっているのだ。



「わかったわ!それで。ただし、学園を卒業するまでは、あなたたちの元で、

 リアーナを育てなさい。年に数回、ネイトに合わせてあげて。ネイトには、政略

 結婚が決まっていることを伝えるわね」

「はい、よろしくお願いします」

「それで、人数だけど、警備兵五名、文官三名あたりで、どうかしら?出せる?」

「えぇ、それで……」

「うちからも、そちらに送るわ!警備隊の隊長格を送って下準備をさせましょう。

 あと、文官もね」

「ありがとうございます!」

「いいのよ。私たちもエレーナたちの運輸業がうまく行ってくれないと困るのだから」



 私は、微笑んだ。見返りをくれと言ったが、結局アンバー公爵家もクロック侯爵家の事業に依存しているところがあるのだ。それを思うと、リアーナ獲得というのは、少々高い見返りであるのだが……惜しみない支援をこれからもしてほしいということなのだろう。

 私たちの報告会は、無事終わり、どちらにとってもいい話となった。



 ただ一人、納得できないという顔をしているベリルを除いては、終始和やかに話がまとまったのであった。

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