第606話 がっついて
部屋に戻るとノクトの前に三人が座っていた。夕食については、ニコライが用意してくれているようで、席を外していた。
「ノクト、そういえば、話を聞かせてくれるかしら?」
「こいつらの前ででもいいのか?」
「別に構わないわよ!それで、どうだった?」
「あぁ、夜盗とか結構いたけど、わりとすぐに片付けられた。まぁ、なんて言うか、
指揮系統が弱いな。うちも、アンナがいてウィルが指揮系統をまとめて、
リリーのようなものがさらに指示を出せるようになっているから、形になって
いるが、クロックんとこは、てんでその辺がダメだな」
「そっかぁ……どうするのがいいと思う?」
「そりゃ、近衛からそういうのが得意なものを借りたりするのがいいと思うが……
誰か、そういう人物を雇うことを推奨はしてきた」
「わかった!そういう話になったのね。で、ルイジはこっちに戻ってきたの?」
「あぁ、戻ってきたぞ?今、エレーナのところに帰っている」
そんな話をしていると、お嬢と護衛がポカンとした顔でこちらを見ていた。
お腹もすいているというのもあるのだが、私たちの話が理解出来ないでいるようだ。
「そんなに見ても何もないわよ?」
「あの……夜盗とかなんですか?」
「クロック侯爵領に夜盗や盗賊が出て、被害が出てたから退治しに行ってたのよ!
このおじさんが」
三人が同じ顔をしながら、驚いていた。
そこに、コンコンと扉がノックし、ニコライがカートをひいてきた。その上にはホクホクとおいしそうな湯気を出しながらメインのお皿が見えた。
「……おいしそう」
「お腹が、限界……」
「……」
三者三様、食べ物を待っていた。よっぽどお腹がすいているのだろう。ニコライが私の前に置こうとしたので、先に三人へ出すよう指示をすると目を輝かせながら、私を見てくるので微笑んでおいた。
スープを先に飲んでいたおかげで少しだけ顔が緩んでいる。
それでも、お腹がすいているのか、ナイフとフォークをカチャカチャとしていた。
「よほど、お腹を空かせていたのね?」
「……ありがとうございます」
「どれくらい食べてないの?」
「食べてはいましたが、貴族だったというプライドもあって、その……」
「お金の稼ぎ方もわからなかったということか?」
「面目もない」
「領民たちの苦労もわかったってことかしら?」
「……はい。こんな御馳走、久しぶりすぎて」
「胃がビックリしてしまうから、ゆっくり食べなさい。スープだけを先に出した
のは、なるべく胃に負担をかけないようにっていうことだったけど、そんなに
がっつくと、吐いてしまうわよ?」
三人は、目の前の肉との距離を少しだけ開けた。ゆっくりだと言ったので、それに従うのだろう。じっくり咀嚼を始めた。
私やノクトの前にも置かれたので食べると、すごく見られる。
「そんなに見られると食べにくいんだけど?」
「あっ、いえ……とても、綺麗に食べられるなと思いまして……」
「侯爵令嬢ですからね、これくらいは普通の礼儀作法よ!ねぇ?ノクト」
「あぁ、そうだな」
「あの、伺ってもいいですか?」
「なんでもどうぞ」
「アンバー公爵は……」
「そう、そのアンバー公爵なんだけど、ジョージア様もアンバー公爵だから、私の
ことはアンナリーゼと呼んでちょうだい!それで?」
「あっ、はい。アンナリーゼ様は、どのような教育を?」
「普通の侯爵家の令嬢教育を受けただけよ?」
「普通とはちょっと違うと思うぞ?令嬢は、剣を振り回す練習をしない。うちの
息子の嫁はそんなことできない」
「えっと……ノクトさん?は、どちらの方なのですか?息子の嫁って……貴族?」
「俺か?元公爵だけど?」
「はっ?元公爵?えっ?公爵って公爵ですよね?」
「あぁ、インゼロ帝国の前皇帝の弟で現皇帝の叔父だ」
開いた口が閉じなくなっているようだったので、コホンと咳をひとつで話を進める。
目をぱちくりさせながら、私の方を見た。
すっかり野党の話は忘れてしまったみたいなので、そのままにする。
「それで、今後の話なんだけど。あなたたち三人については、うちで預かるわ!それ
でいいかしら?」
「それは、あの、衣食住……」
「保障しない。働かざる者食うべからず!働いてもらうわよ!」
「……働く。その、私でも……」
「うん、嫌でも働けるようになるわよ!私には強い味方がいるから大丈夫。
ただね、貴族として矜持みたいなものは、捨てなさい。再興を考えているのなら、
まずは、何もないところからのし上がってやるくらいの気概をみせてみなさい」
「……矜持、気概。私には、どちらもありませんでした。ぬくぬくと暮らしていて、
いつか、誰かと政略結婚するのだと」
「そういう未来もあっただろうけど、きっと、これからは苦労すると思うわよ?それ
でも、私と来る?」
「はい、行きます!父といても、苦しいだけなら……自分の足で歩いてみます」
私は頷くとベリルの目は私を捕らえた。やってやろうという目をしているので、ベリルはこの先も頑張れるだろう。
「ベリルには、子爵令嬢のナタリーの仕事を手伝ってもらうつもり。裁縫はできる
かしら?」
「はい、それなりには……」
「そう、ならよかったわ!私のドレスとかを作るの。頑張ってね!あと、二人!
あなたたちももちろん、うちで働いてくれるのよね?」
「……はい」
「ベリルとは、一緒に働けないけどいいかしら?」
「それは……」
「土木工事の方に配属しようとしているの。あなたたち、護衛として使えないし……
なんなら、領地の警備隊に入ったばっかの子の方が強いし……」
「なっ!」
「本当のことだから、仕方ないよね!ノクトや近衛たちに鍛えられてるもの。
環境が違う。だから、まずは、体作りから始めましょうってことで、土木工事!
人足りないし、いいかしら?」
いいもなにも……と呟くが、納得したように二人とも私を見て、お願いしますと頭を下げた。
さっきよりはいい目になった三人をみて微笑み、温かいうちに食べてしまいましょうと促すと、ゆっくり味わいながら食べていた。
ノクトの方をみると、また誑し込んだなと囁かれたのである。
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