第402話 ハニーアンバー店開店準備Ⅲ

 アンバー領へと行ってくれたセバスを見送った後は、私も今出来ているところの確認作業をしていく。


 ノクトが作業してくれているんだけど……これはいったん商品の撤収を進めるべきなんじゃないかと思い始める。

 ニコライを呼び、今の配置を覚えてもらい、2階へと商品の撤収を始めた。

 玄関横に置いてあったベンチだけは、私の座るようにそのまま置いてくれてある。



「アンナ、せっかく撤収してくれたんだ。塗ってもいいか?」

「塗るって……その壁にする木材を?」

「あぁ、その方が長持ちするし、白の布をかけたときもいい具合になる」

「わかったわ!外でしてくれる?裏庭があるはずだから!」

「おし、一旦外に持ってくぞ!パルマ、ペンキ買ってこい!」



 ノクトは日曜大工大好きなおじさんって感じである。着ていた服の腕まくりをし、頭に鉢巻なんんてしながら鉛筆を耳に欠ける。

 太く逞しい腕は、毎日大きめの剣を振っていたからなのだが、畑仕事やらなんやらとアンバー領で楽しく農業をしていたおかげか日に焼けている。

 なので、ノクトの見た目は、将軍っていうよりは大工の棟梁だった。



「任せて置いて大丈夫そうね!」



 私は、ノクトのすることには何も言わないでおく。

 何やら、おもしろそうな形をしていた壁にするための木材。

 出来上がるのが楽しみであった。



 ナタリーの後ろをついて回るライズを見かけた。

 ノクトを手伝うように言おうとしていなかったが、ナタリーと一緒にいるならいいだろう。

 ついて回るだけでなく、ちゃんと重いタペストリーを持って補佐をしている。

 その姿を見れば……お嬢様とお付。


 今思ったんだけど……ライズって……ナタリーに散々な目にあわされた筈だよね?

 両頬を平手打ちされ、腹に1発膝蹴り……

 思い出すだけで、ナタリーの両頬平手打ちからの膝蹴りが鮮やかだったなぁ……と感心する。

 そして、帝国に送り返してあげると言ったときのナタリーは、めちゃくちゃかっこよかった。

 姐さん一生ついていきます!って気持ちになったんだけど……まさかね?されたライズ本人がそうなったかどうかっていえば、違う気はする。

 ただ、見る限りではかなり慕っている……そんなふうに見えてしまう。

 今度、ライズと話す機会があれば、聞いてみることにしようと私は二人を目で追った。



「ライズ!そこは違う色の方が映えますから、その赤のを出してちょうだい!

 そっちには青で、あぁー違う!そうじゃない!」



 ナタリーの言葉に右往左往しながらも楽しそうにしているライズで何よりだ。

 私は、こっそりライズをナタリーに任せようと心に決めた。

 じゃないと、いつまでたっても何もできないライズのままだ。

 礼儀作法もきちんとできるナタリーに付いていれば、必然と身につくものも多いだろう。


 ナタリーにお願いしたところはなんとかなりそうなので、私は何も言わないでおく。

 玄関の近くにベンチから座って、周りをぐるぐると見渡した。



「まだまだ、足りないものはあるけど、1番目立つところに何か足りないかな?」



 私は店の1番奥まで見る。奥行きも相当ある大きな店だ。

 商品を並び替えたおかげか、多少見栄えがいいようになるだろう。

 ただし、やはり1番奥にこの店を象徴するものが必要である。

 私はそこに戴冠式で着たドレスを飾るつもりだった。



「それより後ろの空間よね……店に入って1番目のつくところにアンバー公爵の

 直営を表せるものと言ったら……紋章ね!」



 ジーっと眺めると、それらしいものが1つもないことに気付く。

 アンバー領のお店なのにだ。



「ナタリー、ちょっとこっちに来て!」

「はーい!ちょっとだけ、お待ちいただいても……?」

「あっ!作業中ね!いいわ、待ってる!」



 私はあの奥に掛ける紋章のタペストリーか何かないかと聞くだけなのでそんなに急がない。

 もし、無ければ作らないといけないのだけど……



「どうされましたか?」



 ナタリーの作業が終わり、思案中の私に声をかけてくれる。



「あのね、あの1番奥にアンバー領の紋章をと考えているのだけど……」

「タペストリーですよね!ありますわ!あと、コーコナのも!」

「えっ?」

「大きなお店を手に入れたと聞いていたので、何枚か先に作らせていますわ!

 アンバー領主主導のお店だとわからせるためには、アンバーの紋章がいると

 ふんでいましたの。

 デリアが夜な夜な手伝ってくれて……出来ていますわ!」



 いつの間に仲良くなったのだろう?牽制し合っていた……と思っていた二人が、仲良く刺繍だなんて……凄く驚いてしまう。



「デリア、今日は持ってきているでしょ?戴冠式で着ていたドレスと一緒に持って

 きていたと思うんだけど?」

「はい、ナタリー様ありますので、お出ししますね!」



 ドレスは先に2階にあげてあった。

 なので、デリアが2階へとタペストリーを持ちに行く。



「すみません、どなたか二人程、こちらに来ていただけます?」



 ナタリーが呼べば、従業員の内、二人がやってくる。そこにデリアがやってきて丁寧に広げていく。

 すごく大きな紋章に私は驚いた。



「これを5枚と二回り程小さなものを5枚作ってあります。

 間近で見てらっしゃるから大きく感じるかもしれませんが……

 あちらの壁につけるのであれば、これくらいの大きさがあっても大丈夫だと

 思いますよ」

「そうね、確かに大きくないと、目立たないものね……ちょっと、大きくて驚いた

 けど、壁に掛けるとちょうどいいのかもしれないわ!」

「ノクトさんの作業が終わり次第、掛けてみましょうか!

 このタペストリーが、このお店の看板になってくれると……私もデリアも作った

 かいがあるのですけど……」

「ニコライにも見せたいわね!」

「呼んできます!ナタリー様……申し訳ないのですけど……」



 ライズがおずおずとナタリーに変わってくれとお願いしている。

 その言葉づかいも、だいぶ良くなっていて、驚いた。



「わかったわ!呼んできてくれる?」



 はいとナタリーと変わり駆けだしていったライズ。

 あれが……ライズ……ナタリーはライズに一体どんな魔法をかけたのだろうか?



「ナタリー、あの、あのね?」

「何ですか?」

「……ライズってどうやって手懐けたの?」

「どうって……アンナリーゼ様も見てらっしゃったじゃないですか?」

「えっと……平手打ち?」

「からの膝蹴り!」

「まさか!」

「なんでですかね……気に入られちゃったみたいで。

 むしろ、アンナリーゼ様の方が、どちらかと言えば手懐けやすいかと思います

 けどね?」



 私が考えていたことが、本当に起こっていた。

 いやはや……姐さん……私もついて行きます!心の中でナタリーに敬服する。

 言葉に出したら、きっと、滅相もない!と怒られそうなので……


 よそ事を考えていたら、ニコライが来てくれた。

 外でノクトたちと色塗りをしていたらいく、ニコライは見てただけらしいのだけど……こちらに戻ってきてくれた。



「どうかさ……凄いですね!このタペストリー!」

「凄いわよね!ナタリーとデリアのお手製でね……このサイズがあと4枚と小ぶり

 のが5枚もあるらしいわ!」

「ナタリー様、デリアさん、ありがとうございます!」



 ニコライの営業用の笑顔で二人にお礼をいうと、目が笑ってないわ!とナタリーに指摘されていた。



「商売用に作ったものではないから、これ以上はつくりませんから!

 あくまで、アンナリーゼ様が動かれるためだけのものですからね!」

「いえ、それでも、これはすばらしいですね!」



 感心しきりのニコライと褒められて嬉しそうなナタリーとデリアの顔を見て、私も微笑んでしまう。



「これをね、私は通路の1番奥の上のところに掛けたいと思っているの!

 どうかしら?」

「そうですね……もう少し下でもいいのではないですか?」

「戴冠式のときに着ていたドレス、覚えているかしら?」

「あぁ、はい。あのドレスは、本当に素敵でした!」

「あれをね、目玉にタペストリーの前に置こうかと思っているの」

「あれをですか?本当に?見たい人、いると思うんですよね!

 あのドレスは、貴族の夫人や令嬢たちで凄く話題になっていましたからね!」

「そう、それが狙い!」

「と、いいますと?」

「普段、店に足を運ばない貴族夫人や令嬢を1度でもいいから、この店に足を運ば

 せるの。そうすれば、貴族も通う店となるわ!箔づけね!」



 なるほどっと、ほくそ笑むニコライ。

 私の意図することがわかったのだろう。



「では、そのようにいたしましょう!

 何やら、等身大の人形を作ると行ってらっしゃったのもそれでですね!

 出来上がるのが楽しみでなりません!

 僕は、それを開店前に触れ回りましょう!」



 私とニコライは、二人で悪い笑みを浮かべる。

 貴族も通う店と公族御用達看板は、伊達ではない。

 開店までしっかり計画を練らなくてはならないだろう!

 今から、とても楽しみである。

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