第375話 養蚕

 次の日は、朝早くから出かけることになった。

 この旅の最後の目的地である養蚕を見に行くのだ。



「そんなに虫を見に行くのが楽しみなのか?」



 レナンテの首筋を掻きながら、ノクトは馬車の中の私に話しかけてくる。

 気持ちよさそうにパカパカと歩くレナンテを横目に私はニコリとノクトに笑顔を振りまいた。

 私は、別に虫が見たいわけではない。

 なんでも大体のものが大丈夫なナタリーが、拒絶するくらいであるので興味はあるのだが、今日、行くところは幼虫から育て、繭を作って、糸にするところまでをしているようで、一連の流れが見れることが何より楽しみであった。



「虫がって言われると……それほど得意な方ではないのよね。

 ウニョウニョいても気にしないけど……大量にいるとなると、話は別かな?

 それより、虫から始まって糸になるまでを一連で見れるのが楽しみ!

 蚕の繭から、糸になるところまで見れるのでしょ?」

「あぁ、今日行くところは、手広くしているところだからな。

 そこは、少しではあるが、領地外にも取引先があるらしい」

「へぇーそれは、頼もしいね!見せてもらった限りでは、白以外にも綺麗な色を

 している糸を見せてもらったわよね?」

「色といえば、染色する職人が、今はいないと言っていたな」

「糸も染めるのね……」

「そうだ。布を作ってから染める方法と糸を先に染めておく方法があるらしい。

 ここは、先に糸を染めておくらしいんだけど、その作業をしている人が段々高齢化

 しているらしくって、興味のあるものはいないだろうか?ってこの間、聞かれた

 ぞ?」



 私は考えたけど、そんな人には思い至らなかった。

 でも、次代がいないのは、これから、産業として盛り立てる上で必要なわけだから、考えないといけない問題である。



「どこかで、宣伝してみようかしらね?やってみたいっていう人もいるかもしれ

 ないし」

「そうだな、その方向で。アンナに引き寄せられる奴はいくらでもいるから、

 そのうちあらわれるだろう!」

「私は、花の蜜か何かかしら……」

「女王蜂に献上するために働きバチは動き回るんだ。

 その働きバチも日に日に女王様に気に入られるため、齷齪働いているんだぜ?

 知っているか?なぁ、デリア!」

「私に言わないでください!アンナ様はアンナ様だからお仕えするんですから!」



 ノクトに言われたデリアは、ツーンとしている。

 ニコライは、その例えを気に入ったらしく、メモなんかを取っている。

 三者三様でおもしろい反応である。

 そうこうしたところで、養蚕をしているところに着いたのだろう。

 馬車が止まる。



 馬車から降りると、2階建ての家がたくさんあった。

 アンバー領では1階建ての家が多いので、とても背の高い建物が並ぶのは、少しだけおもしろい。


 キョロキョロとあたりを見回していると、ノクトがこっちだと呼ぶ。

 呼ばれた方へ歩いて行くと、一際大きな家に案内される。



「さぁ、虫の時間ですよ!」



 明らかにからかわれているのがわかるが、こんなところでむっとはしない。

 扉を開けてもらい中に入ると、確かに……虫、虫、虫!

 蚕があちらこちらにいるのだ。ナタリーじゃなくても……気持ち悪い気がする。

 その中でただ一人うっとりとしている女性が部屋の真ん中にいた。

 ヨハン教授の助手であったタンザだ。

 彼女の研究の一環として、蚕からとれる繭の改良についてお願いしていたが……見てはいけないものを見たような気持ちになる。



「師匠と弟子は似るものなのね……あの光景、見覚えあるわ……」



 恍惚としながら、蚕を撫でているタンザは、毒を前にしたヨハンである。

 イチアから渡したインゼロ帝国の新しい毒で同じような光景を目にした。



「あぁ、ヨハンもあんな感じだったな」

「そうなのですか?」

「えぇ、そうなの……あんな感じで、恍惚として、不気味だった」



 不気味だったの言葉に反応したのか、タンザが視線の定まらない目でこちらを捉えた。

 うん、それが、もう怖い。



「タンザ、久しぶりね!ここはどうかしら?」

「アンナリーゼ様!ここは、もう、幸せの源泉です!

 あっ!ノクト様、可愛い蚕を踏まないでくださいね!」



 お……おうと慌てて下を見ながら避ける。

 それで、この不気味なタンザを見に来たわけではないのだ。

 そろそろ本題へと近づきたいところである。



「爺さんはいるか?」

「えぇ、いますよ!親戚の方を連れて、2階にいます」



 ツカツカと歩こうとした瞬間、目をぐわっと見開きこちらを見てくるタンザ。

 ひぃっと後ろに仰け反ってしまう。



「アンナリーゼ様、踏まないでくださいね!」

「あ……はい……気を付けます」



 蚕がウニョウニョとのたまわる部屋の中、私たちは蚕を避けながら二階へと向かう。



「よぉ!爺さん、うちの店主連れてきたぞ!」

「これはこれは……初めまして、養蚕業を営んでおりますマイルと申します。

 この度は、タンザちゃんをお貸しいただきありがとうございます」



 好々爺としたマイルが歓迎してくれる。

 ここも……もちろん蚕がウニョウニョとのたうち回っているところだ。



「初めまして……」

「女性には、嫌がられますな。外に出ましょう!」



 私たちは、せっかく2階まで歩いてきたのに引き返して外へと歩き出す。

 もちろん、ここでも蚕には気を付けて歩くしかないので、ゆっくりゆっくり歩くしかない。

 しかし、マイルとノクトの周りだけ、道ができるように蚕がサッと道を空けるのには羨ましい。

 私の周りは、むしろ寄ってくるのだ……虫に……蚕にまで好かれているってこと?

 眉間に皺を寄せむぅっとする。

 あっ!そうだ……!といいことを思いつく私。

 私って賢いなって、浮かれてノクトを呼び止める。



「ノクト!」

「なんだ?」

「抱っこして!」



 さすがに、気力を使うこの蚕道に私は根を上げた。

 すると、ノクトは戻ってきてくれてひょいっと私をお姫様抱っこしてくれ、そそくさと建物からでることができた。

 ふぅっと息を吐くと、後ろから恐々と歩いていたデリアが建物から出てきた。

 タンザも一緒に出てきたのだが、デリアが後ろから小言を言われているようでなんだか、可哀想である。

 もしかして……蚕潰しちゃった?


 チラッとノクトの方を見るとやれやれというように私を下ろし、デリアの救出へ向かってくれた。



「アンナリーゼ様、こちらに」

「マイルさん、そっちに……」

「蚕はいませんから、大丈夫ですよ!今日は、養蚕の話をしに来てくれたと聞いて

 います。ここいらの話をさせていただきますので……」



 蚕が床にいないなら……マイルの後ろをついて歩く。

 未だに後ろでは何か言い合いをしていたが、隣にニコライが来てくれ軽くここら一体の話をしてくれる。

 ちなみに、ニコライは蚕のいる家には一歩も入っていなかった。

 苦手なのかしら?と横目でサラっと見ておくと、視線を逸らされる。



「ここら一体の2階建ての建物はたいてい蚕が2階にいます。

 本来屋根裏とかで飼ったりするんですけどね……あまりにも多いのと、この辺は

 家の数程、住んでいる人がいないのでほとんどが蚕の住む家ですね!」

「このほとんどが蚕の家?」

「えぇ、そうなります。ここは、人間より蚕の多い村ですからね。

 そこかしこで蚕がいますよ!

 この前タンザちゃんにご協力いただいた大きな蚕!あれは、素晴らしいですね!

 もうすぐ、繭を作る段階に入っていきますが……あの品種改良されたものであれ

 ば、養蚕業も潤いますな」

「そう……それなら、よかった!次年からはあちらの蚕に変えていくの?」

「えぇ、その予定です。ちょうど、成虫もこちらに持参いただいたようなので……

 今後は、そのようにと考えておるしだいですよ」



 微笑みながら、ニコライの説明の補足をしてくれる。



「では、こちらに……」



 マイルにより、先ほどより大きな家に案内される。

 お客を迎えるための部屋が用意されており、私たちはそこで話を聞くことになったのである。


 どんな話が聞けるのか、楽しみであった。

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