第376話 彼女、いただけますか?

 養蚕の話をするには、蚕を語るから始まるらしい。

 タンザとマイルが隣に座り、ニコニコとこちらを見ているが、なんとなくまずいような気がした。



「ここいらをまとめさせていただいてます、マイルと申します。

 見ての通り爺さんでして……毎日蚕の成長を孫のように見守るのが仕事

 ですわ!」



 マイルは、のんびりしたお爺さんである。

 ノクトとそれほど年齢は変わらないということだが、見た目は白髪でよぼっとしているが、目は少年のように輝いていた。

 蚕の成長と孫の成長を合わせたのだが、孫はどんな気分なんだろう?と私は余計なことを考えてしまった。



「ここいらも、養蚕をする人間がめっきり減りましてな。

 高品質な布が綿花からできるようになったので、毎日、綿花を主体にしている

 孫にバカにされてるおりますわ!」

「えっと……それは……?」

「いいんですいいんです!孫は目に入れても痛くないほど、可愛いんで!

 娘が綿花農家に嫁いでしまったんですけどね?

 そこで男の子と女の子に恵まれましてなぁ……」



 マイルの身の上話は続いてく。

 私は、苦笑いしなが、聞いていたところ、コットンの名前がでてきた。



「マイルさんのお孫さんって……コットンさん?」

「そうですが、孫を知っていますか?あやつ、今は、父親から土地を譲り受けた

 らしく、大きなことをして、おりますよ!」

「昨日、会った人かな?」



 ニコライに目配せすると頷いたので間違いないだろう。



「コットンを知っていますよ!昨日、農場にお邪魔したんですよ!」



 私は、昨日行ったコットンの話をすると、マイルが孫のコットンに負けじと蚕の話になる。



「蚕からとれる繭はツヤツヤとして綺麗な糸になるのですよ!

 綿花には、この光沢はでませんからね!どうです?」



 マイルに繭を渡されるが、さんざん見てきたものだから、特に感動は覚えなかった。

 むしろ、領地の名前を決めるために、散々触っていたくらいだ。



「マイルさん、アンナリーゼ様はこっちより、あっちの方が喜ばれます!」

「おぉー、ニコライくん、そうであるか!これはこれは、失念しておった。

 確かに、そうだな!持ってくるから、よいせっと」

「あっ!私持ってきますよ!何種類か持ってきた方がいいですよね!」

「頼むよ!」



 タンザとマイルの様子を見るに、おじいちゃんと孫娘が会話をしているようで、しかもその会話も全く違和感なく、むしろ、本当に血が繋がっているんじゃないかと疑ってしまう程で自然であった。

 その後ろ姿を見ながら、マイルはため息をつく。



「どうしたの?」

「いえ、私の子どもも孫も養蚕には興味を示さなかったので、あんな子が後継ぎで

 いてくれたら……と思ってしまいまして。

 でも、聞いたところ、虫の研究者であると言っていたので、こんな老いぼれの

 趣味みたいな養蚕を継いでくれるわけもないと……」

「それ、本人に言ってみた?なんだか、さっきも見たけどとても楽しそうにして

 いたわよ?

 もしかしたら、喜んで、後継ぎになってくれるかもしれないけど……」

「どうでしょうか?もし、彼女が後継ぎになってもいいと言えば、アンナリーゼ

 様、彼女、いただけますか?」



 私は思案する。

 欲しいと言われてあげると言えるものではない。

 タンザは研究者で、ヨハンの助手である。でも、こちらでのヨハンの拠点も担うことになったので……色々と本人が受け入れるのであれば、それは私は許可をだすだけだ。

 デリアをくれと言われれば、断固拒否だが……タンザ本人がいいと言うならば、止めはしない。



「いただけるも何も、タンザは自由よ?

 こちらの領地で、ヨハン教授の拠点だけは作ってあげて欲しいけど、それ以外は、

 蚕の研究をしてくれれば、私は何も文句はいわないもの!」



 戻りましたとタンザは箱一杯に荷物を抱えて持ってきてくれた。

 机の上に乗せると中身が少しだけ見える。

 手に取ろうと手を伸ばしたところで、マイルがタンザに期待を込め話しかけ始めた。

 おかげで、手を引っ込めざるえなくなり、手が膝の上に戻ってきた。



「タンザや、この養蚕業の跡取りになってはくれないか?」

「えっ?跡取り?でも、娘さんとかもいるし……

 第一、私、研究者だから、経営とか全くできないよ?」



 きょとんとマイルを見てタンザはいうが、それならアンバーからお店を切り盛りするために育てたものを手配すればいい。

 簡単に話はまとまりそうだ。



「タンザ、もし、跡取りとしてこの養蚕をしていってくれるなら、経営はできる人を

 手配するわよ?

 今、アンバー領ではそういうのができる人を育てているし、私、ここも傘下に

 したいと思っているのよ!

 手伝ってくれると助かるし、蚕から量のとれる繭や色艶の綺麗なものを作って

 くれる研究者として、資金提供する約束もしたでしょ?」

「えぇ、でも、それって私にうま味がありすぎませんか?」

「そうでもないわよ!結果が残せなければ、クビにするわ!」



 ひえぇーっと叫びながら、それだけはご勘弁をーっと手を擦って拝み倒してくるタンザ。

 そんなタンザの姿を見て笑ってしまう。



「交渉成立のようね!マイル」

「そのようですね!とても嬉しいです。頼むよ、タンザ!」

「えっ?えっ?えぇー!!!」

「決定事項だから、覆りません。はい、よろしく!

 後、ヨハン教授の面倒もここで見てもらえるかしら?どこ行ったか知らない

 けど……」

「確か、こちらにも拠点が欲しいという話でしたね……マイルさん、うちの教授も

 お世話になってもいいでしょうか?普段はアンバー領にいますので……」

「かまわないよ!家はいくらでもあるから!」



 話はまとまったので、私は再度手を箱に伸ばす。

 出てきたものは、光沢のある糸で、なんだが、透き通っているようにさえ見える。



「綺麗ね!これが、ドレスになるの?」

「えぇ、それを布にして染めたり、染めた糸を布にしてからドレスにしたりする

 んですわ。

 光沢があって綺麗なんですよ。肌触りもいいので、上流階級の女性たちにと

 思っておるところではあるのですけど……なかなか……」

「販路か……こっちも私が広告塔ね!頑張るわ!任せてちょうだい!」

「アンナよ、ドレスは……」

「ナタリーがいない……!」

「ノクト!それ、しばらくしぃーです!ほら、アンナ様、大丈夫ですよ!

 ナタリー様はお仕事としてなら、ニコライ通じてしてくれますから!ねっ?

 ほら……」



 さらに落ち込む私にノクトもデリアもおろおろし始める。

 ニコライがボソッと言う言葉に私は、ハッとさせられる。



「そっか、領地では、ナタリーが育てた子たちがいるのね!

 私、そちらにも声をかけてみるわ!」

「現金なヤツ……」



 ノクトに呆れられたが、これもナタリーの功績である。

 その功績は、活かさないといけない。それも、領主として立派なお役目でなのだ。



「なんとでも言えばいいわ!ナタリーの功績は、しっかり活用させていただき

 ましょう!

 それに、アンバー領をコーコナ領を盛り上げるためには必要なことでしょ?

 マイル、在庫ってあるかしら?」

「ありますけど、布にはなっていませんよ?」

「ニコライ……」

「糸だけもらえば、工場長に頼んで布にしてもらいますから、大丈夫ですよ!」



 さすが、できる商人になってきたニコライ。

 私は、お願いして在庫を大量に買い取ることにした。

 ただ、手持ちがないので、ニコライがまた買いに来るという流れとなり商談となる。



「では、布にするための交渉をしないといけませんね。

 帰りに工場へ私を置いて行ってください!」



 ニコライが工場で話をしてから帰ることになり、私たちは領地の屋敷へと帰ることとした。



「また、よかったら来てくださいね!」

「えぇ、また、寄せてもらうわ!」



 マイルに返事をして馬車に乗り込む。

 今日は、もうニコライを工場で降ろす以外なにもないので、のんびり屋敷へと帰るのであった。

 久しぶりの外の空気は、私にとってとっても気持ちのいいものとなったのである。

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