第372話 領地から外へ
この工場は、布だけでなく、綿花から糸を作る工程やその糸に色を付ける染色の工程や先日見せてもらった特殊な染物をしているところがあるらしい。
蚕から、作る糸の染めもここでしていると聞いていたので、私は楽しみで仕方がない。
その中でも、今日のところは、布を作っているところの見学をさせてもらうことになった。
見たこともない機械でパッタンパッタンと音をさせている。
ここでも女性が活躍しているようで、20人くらいの女性がおしゃべりしながら、機械を操っていた。
「器用なものね……」
「あぁ、機織りは黙々とすると、滅入ってくるからな。
ただでさえ、下を向いてする仕事だから、ああやってお互いに気にかけあうん
だそうだ。広い場所で、話でもしながらするほうが、効率もいいし噂話の好きな
者通し話も弾む。まぁ細かい柄を編むようなところは、静かなもんだぞ?」
「ノクトは、こういうところを見たことあるの?」
「うちの領地に機織りをしているところがある。細々としていたからな……
たまに顔をだしたもんだ!」
ノクトにも工場で当たらく女性たちにも感心しながら、近くの人に近づく。
黙々と仕事をしている人だったので、邪魔をしちゃうかなと思ったが、ただひたすらパッタンパッタンとしている。
近づいたことは気が付いているようだが、私なんて無視なんだろう。
「年間でどれくらい作れるのかしら?」
「と、言いますと?」
「もし、ここの布を買い上げるとしたら、どれくらいの品質のものがどれくらいで
きるか気になって」
「そうですね……今、アンナ様が着ていらっしゃる服で換算させていいただくと、
おおよそですが、最上級のもので1万枚、普通でれば7万枚、粗悪品でも10万枚
程度は作ることが可能です。
ただ、今まで布が売れませんでしたので……倉庫に在庫がたくさんあるのです……」
そういって、工場長は肩を落とす。
ニコライに目くばせして、そちらも見せてもらうことにした。
大きな倉庫に所狭しとたくさんの布があった。
ほどんどが売れ残りであり、工場長は売り場もなく、行先がない布ばかりでどうしようもないと嘆いている。
「ニコライ、ここにある布を買うとしたらいくらになるかしら?」
「すべてだと……これくらいには」
手で、大体の値段を表示してくれる。
デリアに手持ちを確認するしたら、金貨10枚までなら……と返事が返ってきた。
「私が持ってるお金を回すには少なすぎるわね……全部買えないわね。
じゃあ、今、手持ちの金貨10枚分だけ先に仕入れることにするわ。
アンバー領地へ送っておいてくれるかしら?
あと、そうね……これも私好きだわ!
ナタリーへ送る中に入れておいてくれるかしら?」
「かしこまりました。では、まず、金貨10枚分の仕入れを今からします。
お好みの柄があれば優先しますけど……」
「じゃあ、あれと、それは絶対欲しい。向こうのあぁ、それじゃないもっと奥、
そうそれ!あとはね、今持ったそれ!」
私が好みの布を言っていくとニコライは次々と注文書を書いて買っていく。
金貨10枚もの布となると、この部屋の7分の1程であった。結構な買い物をしてホクホク顔の私についてきたノクトやデリアは呆れかえっている。
でも、私一人のドレスを作るものではない。
これで、領地の人が買いやすい服を作ってもらうのだから、そこは勘違いしないでほしい。
「販路は、貴族や豪商、そこそこお金の持っている人かしらね?
ハニーアンバー店で取り扱う服飾の中に、これらの布を使った商品も入れて
ほしいわ!粗悪品と呼んだ布も買っておいて!手触りは多少落ちるけど、
領民たちが着ている服に比べれば、断然質のいい服だから、領地内でまず販売
してみることにするわ!」
「あの……売れるでしょうか?」
「売れると思うけど……お金を稼がないと、この在庫の処分は難しいわね……
とりあえず、夏に向かって、涼やかで気安そうな布地の服がいいと思うの。
サイズはイロイロと展開すれば、売れると思うのだけど、どうかしら?」
「まずは、女性物のワンピースあたりから始めてみましょう!僕、ナタリー様に
連絡を取っていい案がないか聞いてみます!」
商売に関しては、ニコライとノクトに任せてある。
ただ、ノクトも、服に関しては貴族なので少々鈍い。ここは、ニコライの頑張りどころだと、応援だけしておくことにした。
「聞いてもよろしいですか?」
「何かしら?」
「あの、領地だけでは、こんな数の布はどうやっても売れないと思うのですけど……」
「もちろん、領地外へ出すわよ!
私は、公国にお店が何店舗かあるし、トワイスにもお店を開く予定だから
大丈夫よ?」
「公国内にもお店があるのですか?」
「普通は、領地内と公都にお店を構えて、領地の特産品を売ったりするわよね?」
「そんなことできるのですか……私どもは、領地内だけで売り買いをしていました
ので……夢にも思いませんでした」
「そうなの?私と関わった限りは、大きく宣伝もするし、私のお店で販売するわ!
服を作れるようなデザイナーさんなら、布だけあればいい場合もあるから、布も
買うし、私用の服や売るための服を作るために大量の布が必要なのよね」
「服って、オートクチュールではないのですか?貴族様たちなら……」
「貴族ならそうかもしれないけど、みんながみんなオートクチュールを着ているわけ
ではないのよね。貴族も公爵もいれば準男爵みたいな爵位もあるでしょ?
爵位によって着る服も変わるから一概にすべてがオートクチュールとは限ら
ない。既製品ってこともあるのよ!」
貴族の話は疎かったのか、工場長は知らなかったと呟いている。
「私が宣伝するのよ!
きっと、売ってみせるから……資金が必要だから少しづつにはなるけど、当面は
それだけあれば大丈夫でしょ?」
握った金貨10枚を工場長はさらにきつく握りしめる。
「あの、この工場の後ろ盾になっていただけないでしょうか?」
「いいけど、そうしたら、好きなもの作れなくなるわよ?
いちいち、私の裁可がいるようになるし……資金提供くらいの方がいいんじゃなくて?」
「いえ、あなた様に、全権を委ねます」
「だそうだけど、どう思うかしら?」
「いい話ではあるがな……とりあえず、保留だな」
私たちは、工場長からの話は保留とすることにした。
まだ、それは、私がアンバー公爵であることを話せない状況であるということが大きな要因である。
戴冠式が終われば、私のことも大々的に公表されることになるので、嫌でも後ろ盾になれと言うならなることはできる。
今、なった場合、事情を知らなくてと言われるのは辛いので、あえて後ろ盾の件は保留とした。
「では、色よいお返事をお待ちしております」
ニコリと笑い、工場長は私たちを見送ってくれる。
私たちの次の目的地は、綿花農家である。
この領地で1番大きな綿花農家へと私たちは向かうため、布工場を後にしたのであった。
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