第371話 領地へ飛び出そう!

「あとは、部屋に戻ってから話し合ってくれる?」

「はい、そうします」

「ディル、デリアの髪が濡れたままだから、拭いてあげて。

 風邪をひいてしまうわ」

「かしこまりました、それでは……」



 執務室を出て行こうとするる二人を呼び止める。



「悪いんだけど、ノクトに声をかけておいてくれる?」



 次こそは、二人を解放する。

 ディルとデリアなら、自分たちなりの幸せの形を見つけられるであろう。

 デリアにとっても急な話ではあったし、私にとってもビックリするぐらい早い展開で驚きはしたけど、私は残りの人生で、デリアの幸せを見守るだけだ。



 扉がノックされ、入出を許可するとノクトが入ってきた。



「よぉ!さっきのはなんだっただ?」



 ここしばらく、デリアが不在にしていたと思ったら、濡れ髪のまま私の前でディルに支えられながらいた姿を指しているのだろう。



「んーディルとデリアが結婚することになったの。それでね、報告を聞いていた

 ところ!」

「へぇーあのデリアがよく結婚するなんて言ったな?」



 デリアのことをずいぶんとわかったような口調で話すノクトに私は少しむっとする。



「……まぁね?そこは……少し驚いたわ」

「断ると踏んでた?」

「そうは思ってなかったけど……少し時間をくれって言うかと思ってた。

 まぁ、憎からずディルには好意を持っていたということね。

 信頼関係はしっかりできているみたいだから、私が言うことは何もないわ!

 いつだって、どんなときも私はデリアの味方をするだけよ!」



 ノクトに話すと筆頭執事の信頼は……と言い始めたので、手で制しておく。



「デリアが私を見限らない限り、ディルの信用は私のものよ!

 それで、何かしら?」



 私は、ノクトが何かを伝えに来てくれたことを促す。



「あぁ、言っていた領地の視察のことだ。どこに行きたい?」

「そうね、主要産業として今後を考えると綿花農家に養蚕は見て回りたいわ。

 あと、布工場ね。どの程度の品質のものなのか……私自身が見たいわ!

 ナタリーが私のドレスを作ってくれることになっているのだけど……

 楽しみでしかたないわ!」



 苦笑いのノクト。

 ただ、部屋に閉じこもっていると、どうしても気持ちが落ち込んでしまう。

 ナタリーは……と、ずっとだ。

 私は、立ち止まっている時間はないのに、このまま止まってしまいそうになる。

 叱咤激励をしてくれていた人がいないとなると、こんなに寂しいものなのだと言いようもないほどであった。



「急だが、明日からしばらく領地を回る。

 男爵領だからそれほど大きくはないが、馬車でのゆっくりした移動になるから、

 デリアを共に連れていけ。1泊するからその用意も」

「わかったわ!お願いしておく。そういえば、ヨハンとタンザは何をしているの

 かしら?ここ数日見かけないけど……」

「あぁ、タンザは、養蚕場から帰ってないぞ?ヨハンなら、昨日、泥だらけに

 なって帰ってきて、また、どこかへフラフラと出かけて行った」

「研究者って……みんな、そんな感じなのかしらね?」

「ヨハンのところに集まっているのが、たぶんそういう連中ばかりって話だな。

 まぁ、何かしらヨハンも領地のための貢献に関して考えているようだから、

 そっとしておいてやってくれ!」

「わかった、ヨハンに関してはあんまり気にしてないのよ。あんな変な人、襲い

 たいなんて奇特な人もいないでしょうし!」



 苦笑いをされ、私は準備のためにデリアを呼ぼうとして……取り込み中かと思い、ココナを呼ぶ。



「お呼びでしょうか?奥様」

「呼んだけど、ココナ、奥様はやめてちょうだい」

「では、なんと……」

「アンナリーゼでいいわ!屋敷の者達にはそう呼ばせているから。

 外では、アンナと呼んでちょうだい」

「かしこまりました。して、ご用向きはなんでございましょう?」

「領地視察に行くから、準備をしてほしいの。1泊の予定よ!

 あと、デリアを連れていくから……夕飯の時間にでも話しておいてくれる?」

「かしこまりました」



 そういって執務室から出ていくココナ。

 まだ、慣れていない感じがして、こちらも少し力が入ってしまうが、優秀なのはわかる。



「アンナのところは、侍従もいいのが揃っているな?」



 ノクトに褒められ喜ぶが、育てたのはディルなのでディルに言ってあげてというとそのままノクトも部屋から出て行った。




 ◇◆◇◆◇




 翌日、動きやすく緩い服に着替えてどこぞのお嬢様にしては、お腹が膨らんでいるので物好きな奥様を想定して領地へと繰り出していく。

 なんといっても、アンバー領とは少し趣が違うことに心躍らされる。

 アンバー領と言えば……麦、山という長閑そのもののである。

 人も空気ものんびりしていて時間もゆっくり流れていくような場所であった。

 コーコナ領は、領地がアンバーの5分の1しかないので、ぎゅっと密集しているような感じがする。

 その中に綿花畑が広がり、ところどころに麦が見え、飛び飛びではあるが家が固まって立っている。



「ノクト、あの大きな建物は何?」



 一際大きな建物を見つけ、ノクトに聞くと、あれが布を作る工場であると教えてくれる。

 今日は、その工場へ行くことにしてあるという。

 そこには、すでにニコライが待っていてくれるそうだ。



「こんにちは!初めまして、アンナと申します!」



 工場へ行き、物々しい感じの私を見て引きつっている工場長に握手を求める。



「アンナ様、押さえて押さえて……」



 小声でデリアに言われ、少し悲し気に工場長から視線を外すと慌てて手を握ってくれる。



「こちらこそ、工場へ来ていただきありがとうございます。

 すみません、ニコライさんから、変わった奥様が来られるとは聞いていたのです

 が、面食らってしまって……どうぞ、こちらに!案内します!」



 私は、工場長に連れられ、執務室へと入っていく。

 そこには、たくさんのサンプルとなる布が置いてあった。



「ニコライ、おはよう!」

「おはようございます、アンナ様!」



 にこやかに迎えてくれたニコライが何種類かの布を持ってこちらにやってきた。

 本来なら工場長の仕事のような気がするが、もう、この工場の売りものを把握しているようで、私に薦め始めた。



「アンナ様が、身に着けるとしたらこのあたりの布で作られた服がよろしいかと。

 肌触りもよくて、しなやかで、洗濯をしてもその質感は失われないそうです。

 ナタリー様に言ってこのあたりで、普段着を作ってもらおうと……って

 どうしました?」



 ナタリーの名前を聞き、急にしゅっとしてしまった私を見てニコライが焦る。

 でも、ニコライが悪いわけではないので、気を取り直して話をすることにした。



「わかったわ!ナタリーの育てた領地の女性へ送っておいてくれるかしら?」

「ナタリー様でなくですか?昨夜、ナタリー様から手紙が着ていたので、アンナ様

 が頼んだのかと思っておりました!」

「えっ?ナタリーから?」

「えぇ、夏の戴冠式で着る用のドレスを作るから、その布の手配と、後は普段着用

 の服を何着か作るから、好きそうなの布を送ってほしいということで……

 そういえば、ナタリー様はどちらに?ご自宅の住所が書かれていたのですけど」

「ニコライ様、ナタリー様は、ご実家に戻られていますよ!

 アンナ様のドレスを作ってくださるのですね!では、最高の一品を作ってくだ

 さるでしょうから、アンナ様に合う、青紫薔薇の柄で戴冠式のドレスは作る予定

 ですのでそちらの手配を。

 普段着は……そうですね、こんな色合いはどうですか?アンナ様もお好きです

 よね?」



 夏に向かって涼し気な水色の水玉模様を見繕ってくれるデリア。

 私は、デリアの気遣いに心で感謝をし、ナタリーが私のために動いてくれていることに

 喜びを感じた。


 二人の想いに恥じないようにしないと……丸まっていた背中をシャンとしてデリアへ微笑みかける。



「えぇ、とても素敵ね!ナタリーならきっと素敵な服を作ってくれると思うわ!」



 私たちは、お薦めの布を見ながら布の説明を聞いていく。

 どれも品質がよく、これが世の中に出ていなかったことが驚いてしまう。

 話を聞けば聞くほど、私は外の世界へと導いてあげたい、そんな出会いであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る