第370話 秘めた想いと叶わぬ恋、そして……

 私は、デリアの帰りをただひたすら待つ。

 その間、全く仕事……読書が手につかず、ずっと上の空であった。

 1日が過ぎ、2日が過ぎ……3日目の夕方、やっとコーコナの屋敷に帰ってきた。



「おかえり!」



 帰ってきたデリアの後ろを探すけど、待ち人はやはり私の元には帰ってこなかった。



「シャキッとなさいませ!」



 デリアに喝を入れられ、私の丸まった背中に力を入れる。

 そんな私を不憫に思ったのか、デリアが微笑む。



「ただいま戻りました、アンナ様。ご依頼された件は、滞りなく……

 公都のナタリー様のお屋敷へと送り届けてきました。

 ナタリー様は、一度アンバー領へ向かわれてようで、こちらに帰ってくる途中で

 出くわしました。アンナ様に負けじと劣らず、あの方もおてんばですね!」



 少し怒ったように報告をしてくれるデリアにありがとうと伝えると、大したことしてませんよと返ってきた。

 探しながら街道を馬で行くのだ。

 どこにいるのかわからない上に、ナタリーは馬で駆け巡っていただろう。

 そんな相手を探すことは、デリアにも苦労かけたに違いない。



「アンナ様、私、ナタリー様に言いたいことは、全てお伝えしてきましたわ!

 あとはナタリー様が、自分の気持ちをどう整理するのかは、ナタリー様次第

 なので、私にもアンナ様にもこれ以上、何かできることはありません。

 立ち上がるのも、ナタリー様ご自身で心の整理をしてもらうしかありません

 から」



 そういって、肩を落とす私を慰めてくれた。

 近くに来てくれたデリアを私はそっと抱きしめる。



「アンナ様、私ずっと外を飛び回っていましたから汚いですので、離れて

 ください」

「うん、そうかもね。でも、私のためにありがとう。

 私、あれからナタリーのこともデリアのことも考えていたの。

 ずっと、私を想ってくれていたのだろうかって……でもね……」

「わかっていますよ。

 アンナ様の心の中には、どんなときでもジョージア様とアンジェラ様がいる

 こと。ナタリー様もわかっていたのです。ただ、溢れてしまった想いが出て

 しまっただけです。

 秘めた想いは日々募り、溢れてしまえば、言葉になって零れてしまった。

 たまたま、アンナ様への恋心を私たち二人が持っていたにすぎないのですから、

 アンナ様が気に病むことは、これっぽちもありません!」



 ニッコリ笑うデリアの手を私は取る。

 私は、ずるい人間だ。デリアを今までもこれからも私という鎖で繋いでしまおうとしている。



「デリア……」

「なんでしょうか?」

「私は、ずるい人間だから、先に謝っておくわ!」

「えぇ、何なりと……」



 デリアが私の手を握り返してくれる。あの日、私は何があっても手放さいと誓った手だ。



「この手を離すことはないけど……覚悟はできているかしら?」

「とうの昔にです。アンナ様から命を救っていただいたあの日から、私はアンナ様

 の……アンナ様だけのものです。だから、離さないでください。

 もし、万が一、アンナ様が手放したとしても、私が握り返しますから、どんな

 ことがあっても、私は、アンナ様の傍らに……」



 その言葉を胸に刻む。

 あの日、忠誠は誓ってくれたけど、丸ごと受け入れることにした。

 望む形でないにしろ、私は、デリアが側にいてくれることが何よりなのだ。

 そして、ナタリーも同じくだ。


 驚きはした。

 でも、受け入れる準備は整った。なんだかんだと、シルキーからも好かれているので、それが一人増えても二人増えても、私が返せるものはそれぞれが望む形のものではない。

 シルキーは政略結婚で殿下と結婚しているし、仲良し夫婦になっている。

 私が好きだと言ってくれても、今は殿下とジルアートへの愛情の方がきっと多いだろう。



 そんな風に人は変わる。

 デリアも側にいてくれるとは言っていたが、受け入れてくれる人がいるならとも言っていた。

 その相手は、すでに近くにいるから……心配はいらないだろう。

 ディルは、私を好きだというデリアをきちんと尊重してくれるはずだ。


 ナタリーはどうなのだろうか?子爵令嬢として、1度政略結婚をした。

 父に駒として結婚を余儀なくされて結婚したが、早々に離婚してきた。

 それ以降は、その結婚時にかどわかされてきた女性を一人前に生活できるように手習いや仕事、ナタリーが持っている技術や知識を教えていたことが印象に残っている。

 女性たちが生きやすくするために教育やら事業やらをアンバー領でしながら私の側でいてくれた。

 私の目指すものを、いち早くくみ取ってくれて始めた事業は、今は軌道に乗ってきたところである。

 さらに、今回、コーコナ領を取得したことにより、これからナタリーの始めた服飾の事業は大きな利益も見込まれているうえに、女性の社会進出も可能になると期待している。

 そんなナタリーを私はずっと認めていたのだ。



「アンナ様、着替えてまいりますので、少し側を離れます」

「それなら、お風呂も入ってきなさい」

「臭いますか……?」



 くんかくんかとデリアは自身を嗅いでいる。

 そんな姿が普段のしっかりしたデリアと結びつかなくって、笑ってしまう。



「違うわよ!ずっと、動き詰めだったのでしょ?お風呂で体を温めて疲れを取って

 きなさい。私は、ここにいるから……」



 労いの言葉が嬉しかったのかニッコリ笑ってデリアは部屋を出ていく。

 とにもかくにも無事にデリアが帰ってきてくれたことに安堵する。

 そして、ナタリーも自宅へ戻ったことを聞いてホッとした。



 ナタリーはもう戻ってこないことも覚悟しなければならないなと小さく息を吐く。


 安心したことで、執務椅子に体を沈める。


 ずっと心配していたものだから、眠りも浅かった。

 少し休もうと目を瞑ったのである。




 ◆◇◆◇◆




 ドタドタドタ……と廊下に足音が響いたと思ったら、執務室の扉が勢いよく開いた。



「アンナ様!」



 言いつけ通りお風呂に入ったのだろう、濡れ髪のデリアが息を切らして部屋に入ってきた。

 私は少し眠っていたので、ピントの合わない目でデリアの方を見る。



「どうしたの?髪、まだ濡れているわよ?風邪ひくから……」



 顔を真っ赤にして、目が潤んでいるデリアは可愛らしい。



「でぃ……ディルが変なことを!!」



 私はそれで、あぁと思った。

 なんて、仕事の早いこと……まだ、3日前にデリアと結婚したいと言ってきたばかりだったのに、もう話を進めたのかと微笑んでしまう。



「結婚したいって言われたの?」

「なっ!アンナ様!」



 今度は、少し怒ったような拗ねたような顔でデリアは私を見てくる。

 私より年上のデリアもこんな年相応の顔をするのかと思うと嬉しい。



「知っていらしたのですか!私をからかって……ひどいです!」



 まず、私はからかってもいないし、ひどくもない。

 デリアがいなくなってからディルに聞いた話で、実はこんなに早く行動に移すとも思っていなかったのだ。



「ひどくはないわよ!私もデリアがナタリーを追いかけて行ってくれた後に聞いた

 のだもの。

 驚いたけど、私はディルなら任せてもいいと思ったから許可は出した。

 ただし、デリアがいいと言ったらときちんと言ってあるし、嫌なら断って

 いいわ!

 気まずいっていうなら、先にデリアを領地に帰してリアンを呼びよせるから」



 部屋の真ん中でペタンと座り込んでしまったデリア。

 頬を抑えて嫌々をしている。



「入ってもよろしいですか?」



 そこに何食わぬ顔でディルが入ってきた。



「お早いお仕事で!」

「それがモットーでございますからして……アンナリーゼ様があちこち飛び回って

 いるおかげで、なかなかデリアと顔を合わせる機会がないので、顔を合わせ

 られているうちにと思いまして」



 執務室の入り口で話しかけてくるディル。

 部屋に入ってこないのは、デリアに配慮してなのだろう。



「入ってらっしゃい。この部屋を貸してあげるから、しっかり話し合いなさい。

 私は、いつでもデリアの味方だから、ディル、それだけは忘れないでね!」

「アンナ様もいてください!」



 震えながら立ち上がるデリアを支えるディル。



「わかったわ。しょうのない子」

「アンナ様は、私の気持ちがお邪魔ですか?」

「いいえ、全くよ。むしろ、嬉しすぎるくらいだわ!ナタリーの気持ちもね。

 でも、私に囚われすぎるのも良くないとは思っていたの。

 どんなことになっても、私はデリアを手放すことはない。

 ねぇ、ディル。私は、あなたに、デリアをあげるとは一言も言っていないわ

 よね!」

「えぇ、そうですね。できればいただきたいですけど……私はデリアがアンナ

 リーゼ様を第一にしていることは、ずっと見てきていて知っています。

 デリアは、アンナリーゼ様がアンバーに送ってきた間者だったのでしょ?」



 デリアは、目を大きく見開いた。

 気付かれているとは思っていなかったのだろう。



「そうね、気付いていたのね?」

「一応、これでも諜報にかけては、少しばかり力を入れておりますので……

 アンナリーゼ様程ではございませんから、アンナリーゼ様へご負担をかけて

 しまいましたが……」

「それで、危ないと思ったからデリアを自分の側に置こうと思ったのかしら?」

「最初はそうでした。目をかけていたのは、そういう目的があったからです。

 ただ、いつしか……」

「だそうよ?デリア」



 しばらくの間、沈黙が続くこの執務室に、無遠慮にノクトが入ってきた。



「入っていいのか……?」

「えーっと、急ぎじゃなかったら後でもいいかしら?」

「じゃ、後にするわ!」



 扉が閉まった瞬間、デリアの心は決まったのか、私をじっと見てきた。



「ディルの申出を受けます!」



 支えられ立っていたデリアは、ディルの方へ向き直る。



「あの、色々それには条件があるのですがいいですか?」



 上司にもあたるディルに対して、デリアは条件をあげていく。

 それを私とディルは頷き聞くことにした。



「まず……何を置いても、私はアンナリーゼ様が第一です。

 私の命を救ってくれた方ですから、それを忘れないでください。

 もし、ディルと意見が割れてしまった場合は、アンナリーゼ様を取ります。

 正直な話、私はアンバー公爵なんて、どうでもいいのです。

 旦那様が無能であろうと第二夫人が罪人であろうと、構いません。

 アンナリーゼ様とジョー様が健やかであれば、この世の他はどうでもいいのです。

 なので、それを脅かすようなことになれば……迷わず、ディルとは決別します。

 それでもいいですか?」

「えぇ、いいですよ。私もアンナリーゼ様に忠誠を誓った身ですからね。

 旦那様よりも、あなたの命を助けてくださったアンナリーゼ様を優先いたしま

 しょう。

 実際、公爵家の頂点は、旦那様でもアンナリーゼ様でも爵位を持たれているので

 どちらでもかまいませんから……デリアが望む主人を主人としましょう。

 屋敷も領地もすでにアンナリーゼ様の遊び場のようなものですからね!」



 ん?屋敷も領地も私の遊び場……?ディルの言い分に少し疑問は残ったが、デリアが出した条件など、恋の前では全て肯定となってしまった。

 それでいいのか、アンバー公爵家筆頭執事と思う。



「あの……遊び場って……ねぇ、ディル?」

「間違ったことは言ってませんよ!」



 ニコッと笑顔を向けたかと思うと、デリアの手を取り真顔になる。

 ディルも王宮からの間者ではあるのだが……デリアがこれから手綱を握るのなら、私の陣営なのだろう。



「デリア、私と結婚してくれますか?」

「はい、いいですよ!」



 ここに1組の夫婦が誕生した瞬間であった。



「あぁ、結婚式はしな……」

「結婚式は、公都の屋敷でアンバー公爵である私が承認者となってしますからね!

 ディル。あなた、それまでに左耳にピアスホールを空けてらっしゃい!」



 私の言葉にディルは驚いていたが、満面の笑みをこちらに向け、はいと返事をしてくれた。

 さてさて、ニコライにデリアとお揃いのピアスを注文しないと……と呟くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る