第369話 秘めた想いと叶わぬ恋

「……デリア」

「アンナ様!」



 日の沈んだ部屋の真ん中で、床にペタンと座る私を見つけ、デリアは駆けつけてくれる。



「どうされたのですか?床に座っていたら、初夏とはいえ、お体が冷えます」



 デリアが立たせようとしてくれたが、私は立つ気力もなくデリアにしがみつく。

 ぎゅっとお仕着せを握ると、子どもにするように頭を優しく撫で抱きしめてくれる。

 耳元でそっと囁かれる大丈夫ですよの声に戸惑っていた感情が流れていく。

 声にならない涙が溢れ、静かに流れていった。

 何も言わず、ただただ落ち着くようにそっとしてくれるデリアに甘えてしまう。



「もう、大丈夫……」



 流れた涙の跡を擦り、私はデリアの手を借りながら立ち上がった。



「デリア、今、何時かしら?」

「今は、18時です」

「そう、あれから、3時間も経つのね……デリアにお願いがあるの。

 ナタリーを探して欲しいの。そして、きちんと家についたか確認して欲しいわ。

 私、ナタリーのこと……傷つけちゃった……の」



 私は震える体を抱きしめ、涙を溢すまいとするが、どうしようもないほど、目元には力が入らなかった。

 そんな様子の私をデリアは最大限に甘やかしてくれる。



「アンナ様。アンナ様は、何も悪くありません。もちろん、ナタリー様も」

「知っていたの……?」

「えぇ、知っていましたよ。ナタリー様のアンナ様への気持ちは。

 私もアンナ様に恋焦がれる一人ですから。

 でも、私は、それ以上に主人として、アンナ様を慕っています。

 いついかなるときも側でアンナ様を支えることこそが、私の最上の喜びである

 のです。多くを望むつもりはありません。

 いつかは、こんな私を認めてくれる方がいると信じているので、そのときが

 くるまで、いつまでも好きでいさせてくださいね!」



 デリアの告白にも驚き、デリアを見つめると、まっすぐ見つめ返してくれる。

 力強いデリアの視線を逸らすことなく微笑むと、デリアも微笑み返してくれる。



「アンナ様は、それでいいのです。それでは、ナタリー様を探しに行って参ります。

 しばらく側を離れますが、ディルにお願いしておきますね!」

「ナタリーには……」

「戻ってくるこないは、ナタリー様の意思ですから、無理強いはしません。

 ただ、アンナ様の側に帰る場所があることは伝えてあげてもいいですか?

 それとも、こんな私たちを受け入れられませんか?」



 私は首を横にブンブンと振り、デリアの言葉を否定する。

 私を想ってくれている二人を私から拒絶するはずもない。

 二人にとっての私への感情と、私が向ける二人への感情は違ったとしても、大好きな二人が側にいてくれないのは、寂しく、辛い。

 それ以上に二人には辛い思いをさせているのかもしれないが、一緒にいてほしい二人である。

 我儘でも、手放したくなんてなかった。



「アンナ様、ナタリー様の望む形でなくていいのです。

 帰ってくるかこないかは、ナタリー様の心に委ねればいいのですから。

 それで寂しい思いをアンナ様がするかもしれませんが、そうなったとしても、

 アンナ様が耐えてくださいね!」



 では……と、私の意思を汲み取ってくれ部屋を出て行くデリアの後ろ姿を見送った。



「私、何ひとつ見えてなかったのね。情け無い……」



 よろよろと歩いて行き、ソファに横になる。

 今までナタリーと過ごした日々を思い出す。

 初めて出会ったのは、学園の入学式。

 少しきつそうな性格をしていそうだけど、背筋が伸びていてどの令嬢より素敵な女の子だった。

 話すきっかけになったのが、あの夏の教室での出来事。

 勝気そうなナタリーが教師の言いなりになっていたところで、間に入った。

 それからは、ウィルを通して友人になり、秘密のお茶会や火傷の治療にエレーナの実家へ行ったことも。

 ローズディアに来てからも、夜会での出来事、離婚までして領地に押しかけて来たこと、女性たちをまとめあげ、ドレスを作り、日銭を稼ぐことを教えたりと数え切れない協力をしてくれている。


 私もずっとナタリーが欲しかった。

 友人として、ウィルやセバスのように、アンジェラへとつながる未来の種として……

 私のところに来てくれたことにずっと感謝していたのだ。

 私は、ナタリーの気持ちを見ないふりしていたのだろうか?

 そんなつもりはなく、今日、初めて、ナタリーの気持ちを知った。

 ただ、意思表示をしてくれていたとしたら、アメジストの指輪を思い出す。

 左薬指に光る紫色。私の瞳と同じ色で、私の信頼の証でもあった。


 ナタリーに帰ってきて欲しい気持ちもあるが、時間も欲しい気持ちもある。

 いない寂しさとナタリーの辛さを天秤にかけ悩んでいると、ディルが部屋に入ってきた。



「アンナリーゼ様、灯りをつけてもいいでしょうか?」



 入ってきたディルに目を向けるために、ソファに座り直しあかりがつけられていくのを見ている。



「デリアから、ナタリー様に言伝をお願いされたと伺いましたので、私が側で

 仕えさせていただきます」

「ありがとう、ディル」

「いえいえ、それが、私の仕事ですから。

 そういえば、先日、お時間いただいた話をしてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、いいわ」



 明かりを私が座る近くへ持ってきてくれる。



「実は、2つお願いがあります」

「2つも?ディルは、意外と欲張りね?」



 笑いながら、ディルに話を進めるよう促す。



「すみません、存外と欲が深くて……」

「いいのよ。欲のない人間なんて、いないのだから……あまり多くは応えられない

 けど……いいかしら?」

「できる限りは受けていただけると嬉しいですね!」



 珍しいディルの反応に私も少し身構える。



「それほど身構えなくても大丈夫ですよ」



 バレていたのか、ディルに苦笑いされた。



「では、ひとつ目ですが、先日会いに行って来た方を近々紹介させてください。

 執事のイロハを教えてくださった方のご子息がこちらにいまして、パルマ同様、

 私の手で育てられればと考えている次第です。

 ゆくゆくは、こちらでの業務を任せられるよう育てるつもりですが、会っていた

 だけるでしょうか?」

「えぇ、わかったわ!

 パルマにもいい刺激になるでしょうし、こちらにも管理する人は置かないといけ

 ないものね。

 ディルの人選なら、多分、文句なしな気がするけど、私が目を通した方がいい

 かしら?」

「えぇ、お願いします。

 ただ、まだ、田舎者って感じですので、将来性を見て判断していただけると……」



 ディルの歯切れの悪い言い方に思わず笑ってしまう。



「将来性ね!わかったわ!パルマも努力してたもの。きっと切磋琢磨してくれる

 でしょう。あとひとつは、何かしら?」



 さっきまでの世話焼きな感じはなりを潜め、ディルはなんだかちょっと落ち着かない様子である。



「どうしたの?」

「いえ、私事で大変申し上げにくいのですが、結婚をそろそろ考えておりまして……」

「まぁ!結婚?そんな相手がいたのね……ごめんね、全然、配慮出来なくて……」

「いえ、まだ、話の続きが……」



 なかなか進まない話と結婚やら恋のお話で、私は少しソワソワした気持ちになる。

 今は、ナタリーのことを考えると胸が痛むのだけど……結局、他人の恋は心の栄養源で聞きたいものだった。

 続きを促すとまさかの人物の名前で、私は驚いてしまう。



「相手にと考えているのは、その……デリアでして」

「デリア?」

「はい。アンナリーゼ様が出産前で大変なときにどうかと思いましたが、提案させ

 てもらおうかと……」

「デリアも私にずっと仕えてくれて、結婚適齢期は程々に過ぎているものね。

 私は、デリアがいいと言うなら、認めるわ!

 ディルほど頼りになる人もいないでしょう。それに、もし、結婚するとして、

 デリアは仕事を辞めさせないけどいいわよね?」

「もちろんです。アンナリーゼ様の側で働くあの子がいいのです。

 そんなことは思ってもみませんでしたよ」

「ねぇ、ディル?」

「何でしょうか?」

「デリアのその……どこがよかったのかしら?」

「働き者で、周りにもきちんと配慮ができ、頭のキレがいいところですかね!

 アンナリーゼ様に傾倒しすぎている気はしますが、それすら好ましく思って

 います」



 ディルが少し恥ずかしそうに話をしてくれる。

 それは、なんとも言えない気持ちであったが、今日は、三人から秘めた想いを聞くことになった。

 それぞれが、幸せになれるよう私はただただ、祈るだけだ。



 神様、こんなときばかりお願い言ってごめんね!

 私の大切な人たちが、幸せになれるよう、幸せを見つけられるよう……導いてあげてください!



 心中で大声張り上げ、神にお願い事をするのであった。

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