第368話 え……?ちょっと、待って!

 ナタリーと二人、久しぶりにお茶会を開くことになった。

 と言っても、暇を持て余す私の相手をナタリーにしてもらっているが正しい。



「この前作ってくれた赤薔薇のドレス、とても気に入ってたのだけど……」

「デリアの判断はいい判断だったと思います。

 いつまでも取っておくようなものではございません。

 また、新しいドレスを作りましょう!」



 私が言おうとしたこと、デリアがしてくれたことに気づき、先に言葉をかけてくれるナタリーに感服させられる。



「どうして、そう思ったの?」

「アンナリーゼ様、ダドリー男爵のことを忘れろとは言いません。ですが、もう

 終わったことで関わり合わなくてもいいことだと私もデリアも判断しました。

 あのドレスは、あの日のためだけのものです。

 それ以上でもそれ以下でもダメなものなのすよ!」

「でも……」

「もったいないは、言わないこと!あのドレスは、赤薔薇でしたね。

 歓喜の赤を表すためでありましたが、血を連想させることにもなるでしょう。

 アンナリーゼ様が、これからも健やかに過ごすためには、デリアがしたことは、

 必要な処置なのです。

 そんな風に主人を思える侍女がいることを褒めるべきですわ!」



 ニッコリ笑いかけられ、デリアを褒めることを推奨された。

 それも、そうかと思う。私を想っていつも気の進まないことまでしているのだ。

 デリアへの感謝や褒めることは必要以上にもっとするべきだろう。



「それより、青紫薔薇のドレスの話をしましょうか?」



 私が夏に着ることになっているドレスの話にうつっていく。

 昨晩のうちに描き上げたデザインを見せてもらうが、やはり、ナタリーは私の見せ方を心得ているようで、見事に私に似合うドレスの提案をされた。

 それに伴って申し訳なさ程度に、ジョージアの方も仕上げてある。

 それでも、私やジョージアの好みを押さえてあるあたりはさすがである。



「すごいわね、私の好みも取り入れつつ、ジョージア様の好みまで……

 それに新しい染めの技術も組み込んであるのね?」

「そうです。アンナリーゼ様は、夏になればもう少しお腹も出てくるでしょうから、

 見た目はスッキリしていますが、着心地はゆったりめのものにしました。

 普段なら腰のあたりで切り返しをするところですが、胸の……」



 そう説明をしていたかと思うと、私の胸にナタリーの視線がくる。

 じっと見られると恥ずかしいので、ナタリーを呼ぶ。



「は……はい!」

「大丈夫?」

「えぇ、えぇ、大丈夫ですとも。あの、アンナリーゼ様?」

「何かしら?」

「胸、苦しくないですか?それか、服が窮屈に感じませんか?」



 今着ているのは、アンバー領にいたときにナタリーが作ってくれたワンピースである。

 なるべく緩いものを着るようにしているので、ナタリーから提供される服は実に着心地がいい。

 ただ、数週間前から少しだけ胸のあたりが窮屈に感じていた。

 ナタリーは、それを見ただけで感じ取ってしまったようだ。



「わかるの?」

「もちろん、わかりますよ!」

「服が崩れているからとか、そういうの?」

「違います。服が張っているからです。アンナリーゼ様専用の服ですからね!

 ちょっとした違いもわかりますよ!私としたことが……見落とすとは……」

「仕方ないじゃない、2ヶ月くらい会っていなかったのだから!」

「そうなのですけど……それじゃあ、窮屈ですわね!」



 そういって執務室の扉へと歩いて行き、鍵をかけた。



「ナタリー?」



 扉に向かって大きく息を吐いている。

 何か、気合十分になったようで、こちらを向きニッコリ笑いかけられる。



「アンナリーゼ様、邪魔は入りません。お召し物を脱いでください。全て!」

「えっ?服を脱ぐの?」

「はい、お手伝いしましょうか?」

「えっと……急に何故?」



 質問には答えず、ツカツカと近寄ってきたと思ったら、私のワンピースへと手をかける。

 胸元のボタンを2つ外して被るタイプのものなのだが、そのボタンにナタリーの手がかかった。

 と、思ったらいつの間にか脱がされる。



「な……ナタリー!」

「はいはい、なんです?アンナリーゼ様。少しお腹が膨らんできましたね。

 夏にはもっと大きくなられますね?」



 私の少しだけ膨らんだお腹を愛おしそうに撫でてくる。

 でも、何故か後ろからがっちり絞められているので、ナタリーから逃れられることも出来ず、あわあわしているところだった。



「え……?ちょっと、待って!わ、わわ!ちょ……ちょっと待って!」

「なんですか?動かないでください!」



 ナタリーは悪びれることなく、後ろから胸を鷲掴みにした。



「はぅ……なんの、お仕置きですか……これは……」



 もぞもぞと逃げようと動く私のあっちこっちを触り始める。



「お仕置きではなくて、採寸です。測るものがないので……ちょっと、大人しくして

 もらえます?」




 逆に仕事しているんだから、大人しくしてろとナタリーに怒られてしまったけど、ちょっと……待って。

 そこらへん……採寸いらないよね?

 えっ?太もも……?ん……



 撫でるように触っていくナタリーの手にゾクゾクしながら、未だに逃げ出す方法を考える。



「アンナリーゼ様、ここに護身用のナイフをいつも持ってらっしゃるんですか?」



 腿の外側に、ディルからもらったアンバー入りのナイフがベルトで止めてあった。

 大きな剣を持ち歩くわけにもいかないけど、これならいつでも持てるし、スカートに隠れるのでちょうどいいのだ。



「そうよ……いつも持っているの」



 ナイフを止めているベルトをパチンと外される。

 痕になっているところをそっと撫でられ、私は身じろぎした。

 そっと、背中に当たるナタリーの温かな体温を感じる。



「ナタリー、もう、いい、かしら……?」

「えぇ、いいですわ!紙とペンを借りますわね!」



 そう言ってナタリーは執務机に近づいていき、書き込んでいく。

 空いている手をにぎにぎとしながら、これくらいね、そう、こんな感じ……もう少し……

 ひとり言をブツブツと言いながら……



 私はワンピースを着直してナタリーが外したナイフのベルトを付け直す。

 カチッとはまった頃、ナタリーがこちらに向き直る。



「残念ですわ……もう少し、アンナリーゼ様の裸を見ていたかったのに……

 もう着替えてしまわれたのですね?」



 とても残念そうに言うナタリーを見て、ジョージアが重なる。


 いつも夜着を着ると残念そうにするのだ。

 まさにナタリーはそんな言いぶりで、驚いた。



「ナタリー?」

「私、謝りませんよ?

 できることなら、もっとアンナリーゼ様に触れていたかったのですから。

 …………こんな私には幻滅なさいますか?」



 悲痛そうな顔になんと応えていいのかわからず、黙り込んでしまった。

 抱きしめるのも違う、ナタリーへの言葉が見つからない……八方ふさがりの状態でただただナタリーを見つめ返す。



「あ……あの……」

「ごめんなさい……ドレスができたら、送ります。

 私なんかが作ったものを着るかどうかは、アンナリーゼ様がご自身で決めて

 ください。

 ……さようなら……」



 先ほど紙に書いたものと、見せてくれていたデザインを持って足早に部屋を出ていくナタリー。

 突然のことに追いかけることすらできず、私はその場にただ立ち尽くしていた。

 出ていくときに見えたナタリーの涙を私は拭うことも出来ず、動くことすらできなかったのだ。

 今まで、ずっと支えてきてくれていたのにも関わらず、自分の理解が及ばない範囲のことが起こっただけで……いや、ナタリーの気持ちを知っていて、見てみないふりをしてきただけなのかもしれないと私はその場に崩れ落ちる。



 耳を澄ますと、玄関の扉が閉まる音がした。



「ナタリー様、どちらに?」



 玄関を出たところで、ニコライとすれ違ったのか呼び止めている声が聞こえたが、また、ニコライがナタリーを呼んでいることを考えれば、振り返らずに出て行ったのだろう。



 私は、床に座ったまま、どうしたらいいのかわからず空を見るだけだった。



 ジョージア様……どうすることが、正解だったのかな?

 ナタリーがいなくなっちゃったら、どうしよう……



 デリアが執務室に入ってくるまで、日が落ちてもなお動くことができずにいたのであった。

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