第356話 夫婦喧嘩は犬も食わぬ

 公世子から話があると言われたので、再び城へとノクトを連れ戻る。

 カルアの火葬を終えた今日は、どう考えても執務をする気分にはなれなかったが、溜まっている裁可があるのでそれも仕方がない。



「入ります……よ?」



 無遠慮に公世子の執務室の扉を開ければ、そこでは公世子妃が公世子に詰め寄っていた。

 見た感じだと関わっちゃいけないやつだと咄嗟に判断して回れ右をしたら、後ろからついてきていたノクトにぶつかりそれ以上進めない。

 そして、執務室の中で口論の熱はさらに熱くなっていったようで、廊下にいても聞こえるようになってきた。

 そうなれば、野次馬根性を発揮するノクトを始め、城で働く者たちが、公世子たちの口論に耳を傾けている。



「こんな人が多い時間によせばいいのに……」



 呼ばれた手前帰るわけにもいかず、ノクトのお陰で前にも後ろにも移動が許されず、執務室の扉の取っ手を持ったまま私は動かずに呟く。

 私のおかげでさらに廊下にも話が漏れ出ていくのだが……どうすることもできない私も夫婦喧嘩に耳を傾けることにした。



「なぜ、毎日毎日、アンナリーゼを側に侍らせているのですか!」



 ……私?

 公世子妃から私の名前が出てきて驚いた。



「だから、アンナリーゼと連名で、裁可をしていると言っているだろう!」

「それなら、アンナリーゼでなく、アンバー公爵であるジョージアとすれば良いでは

 ないですか!」

「アンナリーゼも公爵だと知らぬわけではあろう?何故、そなたはアンナリーゼに拘る!

 この裁可は、国を左右するほどの裁可であることは公から言われたはずだ!

 アンバー公爵として領地、引いては国を守ろうとしているものへ謂れのないことを

 未来の公妃となろうものが言うことか!

 俺は、そなたのことを今ほど恥ずかしいと思ったことはない!」

「恥ずかしいですって!私だってこんなこと言いたくて言っているわけではないのです!

 では、アンナリーゼともう執務をしないと誓ってください!」



 迫る公世子妃に大きくため息をついた公世子。

 子どもが駄々をこねるかのような公世子妃にうんざりした顔を向けている。

 私も聞いているだけで、どっと疲れた。



「そなたがアンナリーゼの半分、いや、3分の1でもこの国を思い行動できる妃であれば、

 よかったよ。

 だいたい、アンナリーゼがいなければ、俺もそなたも殺されてたわけだ。

 さぞ、呆気なく殺されていただろうな!」

「なっ!何を言ってらっしゃいますか!」

「何を言ってるのかは、俺が聞きたい。そなたは、何を思って、今、ここにいる?

 何をしようとしている?

 今回のハニーローズ暗殺未遂で、そなたが調べたものはどこにある?

 俺の暗殺未遂に関して、調べたものが1つでもあるのか?

 これらの背景、横の繋がり、誰が黒幕で、誰が関わっているのか、調べたか?」



 公世子は、厳しい目を公世子妃に向け、静かに淡々と言い募る。

 先ほどまで大きな声で言い合いしていた公世子だったが、逆に静か話すことで怒っているのだとわかる。

 私が今まで公世子へ提供してきたものを思い浮かべているのか、ギュっと拳が握られている。

 公世子妃の顔はこちらからは見えないが、口惜しそうにしているのだろうか?

 先ほどより、ずっときつく握られる拳を私は見つめる。



「それら全て、アンナリーゼが調べてきた。

 裏付けする証拠という証拠を目の前に突きつけられる程の度量をそなたは持ち合わせて

 いるのか?本来なら、次期公妃の位には、そなたでなくアンナリーゼが相応しい。

 それは、公族としての総意。トワイス国でも、同じだろうさ」

「そんなことございませんわ!たかだか侯爵家の娘に……」

「侯爵家の娘ができて、公爵家の娘ができないわけないよな?

 俺は、何一つ、今回の件で、そなたから預かったものはないぞ?」

「…………」



 公世子妃に向かって嘲るように笑う。

 そんな冷たい表情をする公世子を私は初めて見た。

 ノクトも何か感じたのだろう、私に話しかけてくる。



「アンナは、それほど求められていて、なおも両国の王子様を拒んできたのか?」

「ノクト……それ、答えないとダメ?」

「まぁ、できれば答えてほしいが、今の状態が答えだろ?

 国の最高位を二人も振るとは、本当に大したもんだな。感心するわ」



 ニヤッと笑うノクトに苦笑いを返しておいた。

 そして、まだ続く公世子の話を聞くことにした。



「最低限、この前のダドリー男爵家処刑は、次期公妃として参加するべきであった」

「公世子様が、どちらでも良いとおっしゃったではないですか!」

「そなたを試した。見事、不合格だったわけだ。身重であるアンナリーゼは、きちんと

 ダドリー男爵の処刑と向き合っていたのに」



 公世子妃は、私がダドリー男爵家の処刑を見に行っていたことも、関わっていたことも知らなかったようで、バカな!と大きな声をあげる。

 公世子は、とうとう我慢の限界だったのだろう。

 握っていた拳を、執務机に向かって叩き、大きな音を立てる。

 廊下で聞き耳を立てていた私たちはとても驚いた。



「公妃になる資格は、そなたにはないと思っておけ!」



 低い声でそれだけ言うと、はっきりした声で公世子妃に出ていくように言い渡した。

 口惜しそうにしている公世子妃の横顔を見ていたが、こちらに振り返ろうとしたので、慌てて私は扉の後ろに隠れた。

 こっそり扉を開けて、ノクトが入ってきた体で扉の前に立たせる。

 公世子妃が執務室から出ていくのをノクトがぼんやり眺めていると、こちらに八つ当たりをしてくる。



「あなた、私が誰だかご存知ないの?頭が高いわ!」

「そりゃどうも。そっちこそ、俺がインゼロ帝国の皇弟だって知らねぇのか?

 無知とバカは国を滅すぜ!」



 ケラケラ笑ったノクトにさらに腹を立てたのか、廊下を怒り肩でズンズンと歩いていく公世子妃の後ろ姿を見送った。



「もう、入ってもいいかしら?」

「いつからいたんだ?」

「ノクト、いつからだったかしら?」

「30分くらい前から……かな?おもしろい話聞かせてもらった。

 夫婦喧嘩は犬も食わないぜ!」



 私とノクトが二人そろってニヤッと笑うと、公世子は引きつった顔をこちらに向けてくる。



「覗きなんて趣味が悪いな!」

「公世子様がこんなところで痴話喧嘩なんかしているのが悪いと思いますよ?

 廊下で聞き耳立てている人いっぱいいましたもの!」



 はぁ……と大きくため息をつき頭を振っている。



「公世子様は、まだ、私のこと公妃にって思っているのですか?」

「そなたは、なりたくないのだろう?

 なら、あやつが自覚を持ってくれるのを待っているのだが……無理そうだ」

「公世子様も大変ですね。第二妃は爵位の低かったのでしたか?」

「アンナリーゼと同じ侯爵家の娘だ。公世子妃が公爵家だから、挿げ替えることは、

 なかなか難しい」

「まとめて二人の後ろ盾をアンバーがしてもダメですか?」

「ダメってことはないけど、心労をかけるだろう?」

「そんなの当たり前でしょう?わかっていて妃になったのだから。

 例え政略結婚だったとしても、きちんと教育は受けているはずですよ!侯爵家の娘なら」

「私も受けてましたからか?」

「私は、受けていません。候補であっただけで、嫁ぐつもりがないのに、教育なんて無駄

 じゃないですか?」



 私は何を今さらと公世子に言ったが、母によって教育済みだと言われた。

 勉強の苦手な私は、それとは気づかずに、教育を受けていたらしい……そうじゃないと、公世子や殿下とのダンス、最上級の礼はできないのだとか。

 でも、母にそんなこと言われたことはなかったし、自分のために役にたつ技術だと教えてもらっただけなので、そうだと公世子に指摘されるまで知らなかった。



「アンナよ……そなた、大丈夫か?」

「アホだって言いたいの?」

「そこまでは……しかし、完ぺきにこなせるそなたは、やはり興味深いな」

「それは、どうも、ありがとうございます!」



 ノクトにお礼を言うと苦笑いされたのである。

 せっかく公世子からの話を聞くつもりで来たのに……公世子たちの夫婦喧嘩に巻きこれてしまうことになった。



「公世子様、それでお話とは?」

「あぁ、すまなかった。昨日の話の結論が出たから、話をしたい。

 アンナリーゼが求める答えになっているのか、答え合わせをしたいと思っている」



 そうですかと私はいい、備え付けのソファに座りに行く。

 妊婦にはもっと優しくしてほしいものだ。

 みんな、私への配慮が足りないよ!と公世子とノクトが顔を見合わせ苦笑いしていた。



 さて、どんな答えを公世子がくれるのか、とても楽しみであった。

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