第355話 火葬
火葬をしてくれるしてくれるところをニコライから今朝聞き、早速、向かうことにした。
荷台にカルアを横たわらせ、私とノクトが御者台に座り、デリアも荷台でちょこんと座っている。
「公世子様のせいで遅くなってごめんね……」
返事のない荷台へと声をかける。
カルアには白いシーツをかけられているので、誰かの目に触れることはないが、カルアを誰かに晒すつもりはないのでデリアがシーツが捲れないようご細心の注意を払ってくれていた。
ニコライに教えてもらったのは、公都の外れにある古ぼけた教会であった。
公世子からの手紙を握りしめ、私は教会の正面扉を開く。
「ごめんください!誰かいらっしゃいますか?」
「はいはい、少々お待ちください!」
教会の奥から、くたびれたおじいさんがゆっくり出てきた。
人が来ることも珍しいというふうなところだろう。
服装を見る限り、聖職者であることがわかる。
「こんにちは、今日はどうされましたか?」
私を見るなり、にっこり笑いかけてくる。
気の優しそうなおじいさんに私も笑いかけ、公世子からの手紙を渡した。
「公世子様からですか?」
「はい、家族の火葬をお願いしたくて……」
「ここいらの人々はみな土葬されますけど、本当に火葬でよろしいのですか?」
「えぇ、あの子が本当の家族の元に帰るまで、相当数の日にちが必要なのです。
それならと思い……」
「かしこまりました。準備をいたしますので、お待ちください!」
私はしばらく待っていると、準備が整ったとおじいさんが私を呼びに来れた。
外で待機していたノクトとデリアに私は声を掛けに行く。
「ノクト、カルアを連れてきてくれる?」
私の指示に従い、ノクトは荷台からシーツに包まれたカルアを抱きかかえて連れてきてくれた。
大きな石窯のようなものの前に私たち三人はおじいさんに案内され、鉄板の上に遺体を置くように指示を出された。
ノクトがそっとその上にカルアを横たわらせる。
「最後にお嬢さんへ声をかけて差し上げてください」
おじいさんに声をかけられ、私とデリアはカルアの側に近寄る。
当たり前だが、カルアには血の気がなく真っ白な肌をしていた。
冷たいその頬をそっと撫でる。
「カルア、ごめんね……」
デリアの頬を静かに涙が流れる。
私より長くカルアと一緒にいたのだ。
その涙の意味は聞かないけど、心の中で、デリアにも謝る。
「デリア、こっちにいらっしゃい」
素直にこちらに来て隣に並びたったデリアの頭を引き寄せ抱きしめる。
すると先程まで、静かに泣いていたデリアが嗚咽と変わる。
よしよしとデリアの頭を撫でてあげ、落ち着くまでそのままずっと撫で続けた。
カルアとデリアは、仲が良かったとディルに聞いていた。
同じ時期に公爵家のメイドとして入って、二人で切磋琢磨していたのだそうだ。
先に、侍女に昇格したのはカルアらしいのだが、それもデリアは自分のことのように喜んだと聞き及んでいる。
こんなことなるとは……というのが、デリアの本心ではあろう。
私やジョーへの暗殺未遂を止めたのもデリアである。
私にもカルアにもどちらへも心を寄せていたのだ、無念でならないに違いない。
「デリア……」
呼びかけると、グズグズと泣いていたデリアは目元を拭い笑いかけてきた。
痛々しい程の笑顔に私はかける言葉が見つからず、曖昧に笑うしかなかった。
私がおろした裁可の結果が、目の前に横たわるカルアなのだから。
「その大丈夫……?」
「はい、大丈夫です。
わかっていたことですから……取り乱してしまって申し訳ありません」
「いいのよ、カルアを守ってあげられなくてごめんなさい」
「アンナ様が謝ることではありません。バカなカルアがいけないのです。
最初にアンナ様の配下にならないかと誘ったのに……
断ったのはカルアですからね!仕方ないです」
「でも……」
「大丈夫です。泣かせていただいてスッキリしました。
カルアの分も私は生きますし、アンナ様を守ってみせます!
私、アンナ様に拾われたからこそ今の自分がありますから友達として涙は
流しても、同じくアンバーに仕えるものとしては、カルアのこと、許している
わけではありません」
「そう……」
今度こそ、スッキリしたという顔で笑いかけてくるデリア。
私もそれに応えて、ぎこちなく笑う。
「アンナ様に見送られるのです。カルアは幸せですよ!」
そう言ってデリアは持ってきた花を私に渡す。
あの世というところには、川があって、そこまでは真っ暗らしい。
川まで歩くための灯りとなるよう百合の花を死者には持たせるのだそうだ。
ほら、ランプみたいでしょ?とデリアに言われ頷いた。
あと、その後、渡瀬船に乗るそうで、銅貨1枚を持たせる慣わしになっているとのことで、私はカルアの手に銅貨を握らせる。
「お別れは済みましたか?」
おじいさんに話しかけられ、済んだと伝えると、石窯へとカルアを運んでいく。
今度は正しい主人の元へ……自由な人生を……カルアへの手向けの言葉を心の中で呟いた。
カルアが収まった石窯の扉が閉じられる。
「火葬が終わるのには、2時間から3時間ほどかかります。
その間は、どうされますか?」
問いかけられ、私はデリアとノクトを見比べ、城へ行くことに決めた。
「すみません、一旦戻ります。
また、3時間後にこちらを訪ねますので、どうかカルアをよろしくお願いします」
「とても大切にされていらっしゃったんですね」
おじいさんにそう笑いかけられると、私は辛い。
カルアに毒を渡した張本人なのだから……大切にしていたとは違うのだ。
私たちは戻る約束を言って、頼んでその場を後にした。
城へ三人で行き、公世子にカルアを火葬しているという報告をし、今日の分の裁可へサインをしていく。
爵位の低いものや高官、近衛に関しては、申し開きをしても覆すつもりはなかった。
命を取るものではなかったため、どんどん裁可のサインを書き入れていけばいいだけなので、作業としてデリアに手伝ってもらいながら書き入れていく。
ちょうど裁可のサインが終わった頃に教会へ向かう時間となり、公世子の執務室を後にしようとした。
「アンナリーゼ」
「何ですか?」
「昨日の答えを昼から伝えたい。また、寄ってくれるか?」
「いいですよ!一旦屋敷戻ってから、また、伺います。
少し遅くなるかもしれませんが、お待ちください」
構わないと公世子が言うのを聞いて、私たちは執務室を退出して、あの古ぼけた教会へとカルアを迎えにいくのであった。
◆◇◆◇◆
「こちらになります」
おじいさんから渡されたツボに収まったカルアを私は大事そうに抱える。
1つのツボには入りきらず、2つに分かれていた。
デリアと1つずつ持ち屋敷まで向かう。
私の執務室に真新しい骨壷が2つ並ぶ。
「もう少し待っていて……家族の元へ連れて行ってあげるから……」
今回の件を全て終わらせて領地に戻るその日まで、カルアには私の側で待っていてもらうしかない。
ディルに言って、開かないよう箱を用意してもらった方がいいだろうか。
まだまだ裁可が終わらず帰れない領地。
遅くなるけど、必ず連れて帰るからねとそっとツボを撫でるのであった。
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