第357話 公世子の答え

 さて、夫婦喧嘩の一部をこっそり聞いていたわけだが、公世子妃が出て行ったことで静かになった執務室。

 いつものように公世子を前にして私は定位置になりつつあるソフィアにかける。

 机の上に積まれた裁可待ちの書類を横目に先程の話へと振ることにした。



「それで、何があったんですか?」



 野次馬根性丸出しで、公世子に尋ねてみた。

 だって、私の名前出てたけど……おもしろそうなことになっているのだ。

 公世子妃が私に嫉妬ですか?何それ、おもしろい。

 あと、ちょっと面倒なことに巻き込まれないためにも情報収集も兼ねる。

 後ろに控えるノクトも同じような気持ちであろう。


 大きくため息をつき、頭を抱えて小さくなっていく公世子を見て、大丈夫なの?と公世子の後ろに控えていたエリックに目配せした。

 エリックは首を横に振り、どうでしょう?と無音の返事をくれる。



「はぁ……

 あぁ、その……なんだ。アンナリーゼがここに通い詰めなのが気に入らない

 と……」

「何となく、廊下に響いて聞こえてきたやつですか?」

「な……廊下に?」

「私、入るに入れなくて扉開けてましたからね!

 その場にいた文官たちは、みんな聞いてますよ!ねっ!ノクト!」



 あぁと返事をして、ニヤッと公世子に笑いかけている。

 公世子は、恥ずかしいやらウンザリしたやらで疲れた顔になっていく。



「俺は、城中の笑い者か?」

「そんなことないですよ!城どころか、国中でしょ?そんなこと、今更気にしても

 無駄です。

 ジョージア様も似たようなものなので、気にしないでいいですよ!ふふふ……」



 はぁ……と、また、公世子はため息をついて頭を抱える。



「なんでもいい……ジョージアも仲間なら……

 そなたと噂になってるのは知っていたが、そんなもの気にもとめていなかった

 んだが、今回の妃がこんなところまでのこのこと来たのはそれが起因らしいな。

 何がそんなに気に入らなかったのか。アンナリーゼ以外にもそんな噂ならいくら

 でもあるのに……面倒だ」

「昨日、城で公世子妃主催のお茶会があったらしいですから、そこで何か言われた

 んじゃないですか?

 公世子様に言うことではないですけど、公世子妃様って、とってもプライド高い

 ですからね……」

「なっ!こんなときに、何やってくれてるんだ!そのお茶会には、アンナリーゼは

 参加したのか?」

「私、公世子妃様には嫌われてますしね!

 それに、昨日はずっとここにいましたよ?」

「何故だ?そなたら、会ったことすらないだろ?」

「えぇ、ないですけど……不幸のお手紙は、たくさんいただきましたよ!

 公世子様からの再三の婚姻打診をずっとお断りしたので」

「妃としての役割を果たさねばとは、そのことだったのか?

 全くだよ……次なる公妃は、考え直す余地ありそうだな……」



 朝見かけたときよりずっと疲れた顔になっている公世子を見て、あれ?老けた?と思ってしまう。

 元々持っていた執務に加え、今回の裁可。

 さらに公世子妃の嫉妬だなんて……思わず、憐れむように見てしまった。



「そ……そんな目で見るな!」

「どんな目で見てました?」

「憐れんでる」

「すみません、つい、可哀想で……」



 再度、大きくため息ををつき座り直した公世子に追い討ちをかねてしまったようだ。



「嫉妬って怖いですね……」



 ブルブルっと、私は体をふるわせる。



「アンナリーゼが言うな!そなたは、常に誰かに嫉妬される側であろう?」



 公世子の言った意味が分からず、首を傾げると、背後からもため息が聞こえてくる。

 後ろを振り向くと、呆れ顔のノクト。

 私は、いよいよわけもわからず、考え込んでしまった。



「無自覚で人をたらし込んでくるから、始末が悪い!」

「それって私のこと?」

「他に誰がいるんだぁー!

 アンナリーゼは、自動嫉妬生成機であることを自覚しておいた方がいい」

「なんですか……?

 自動嫉妬生成機って……私、そんな機械になった記憶なんてありませんけど?

 公世子様の言いがかりですよ!」



 そう言った瞬間、公世子が真顔になった。

 いつもの人を小馬鹿にしたような態度はなりを潜める。



「俺は、いつも、アンナリーゼに嫉妬している。

 自由に飛び回り、好きなことのために全力を尽くし、その上で、最大限の成果を

 持ってくる。

 アンナリーゼに惹かれ、側にいるものたちの成長も著しく目を見張る。

 エリックも庶民の出であったはずなのに、そなたが引き上げているわけだ。

 嫉妬しないわけがないさ。

 天賦の才はそなたに備わり、俺には何もない……」



 肩を落とす公世子を見て、私はさらに何を言っているのかわからずにいた。



「公世子様、それは違いますよ!才能なんて、後からでもつけられます。

 持って生まれたものも確かにあるとは思いますけど、私には、そんな才能は有り

 ません。勉強がからっきしダメだと言ったじゃないですか?

 でも、領地の勉強なら、無理してでも頑張ったんです。

 コツコツ積み上げていくことも、また一つの才能なんですし、公世子様なんて、

 生まれたときから権力という才能を持ってるんですよ?

 それを振るえばいいだけの話です。

 強いものには対等に、弱いものには寄り添い、程々に権力を振りかざせば、

 付いてきますよ?私なんかも」



 ニッコリ笑うと、公世子は苦笑いして、だんだん大笑いになった。

 驚いた私は、ノクトと顔を見合わせてしまう。



「何もなしで、人がアンナリーゼの周りに集まるのであれば、天から与えられた

 一つの才能だろう。

 努力していることも認めるが、そなたには、人に愛されるという才能がある

 んだ。人を見る目は特にいいものを持っていると思うぞ?

 それに、私なんかがついてきたら、これ以上ないほど、俺は嬉しいがな。

 隣に立っていてくれれば、なおいいのだが……」

「嫌ですよ!気の多い人なんて……お断りですよ!」

「もし、第二妃以外を……」

「もしは、いりません!私は、ジョージア様だから、いいのです。

 公世子様なんて、お断りって何度も言ってるじゃないですか!」



 私は公世子を睨んで、否定する。

 この話、何度しただろうか?もうそろそろ、仕事仲間であるだけだと気づいてほしいものだ。



「あぁ、はいはい、ジョージア様が大好きね!」



 いつもの小馬鹿にしたような物言いに戻った公世子に私は少し安堵した。

 あのまま話を続けられると、正直返す言葉が見つからなかったからである。



「それで、一晩たちましたけど、答えは出せましたか?」

「あぁ、それは、出せたと思う。

 アンナリーゼが望むものは、今回一緒に裁可をしていく中で分かった気がする」



 優しく笑う公世子。

 初めて会った日のことを思い出す。

 私のことを優しく笑えば靡いてくるとでも思っていたと聞いたときは、大層笑ったものだ。

 でも、今は私というものを公世子なりに理解してくれているのだろう。

 あの頃の優しい笑顔とは、また違う印象を受けた。



「アンナリーゼが欲しい答えは、俺が、公へとなることだろ?

 そして、今回の断罪によって若返った爵位持ちや、順位の変わるであろう爵位

 持ちと一緒に公としても成長を促すためだ。

 他にも考えたんだがな……アンナリーゼという人物を考えたとき、アンバー領の

 運営を考えてみた。店に見立てて、店主をアンナリーゼとし、それぞれに責任者

 をたて、健全に経営ができているのか目を光らせている。

 ローズディアを大きな店に見立てるには、組織が大きすぎるが、後ろに現公が

 いれば、何かあったときの対応もしやすくなる。

 公が、もし万が一亡くなった後、引き継ぐのであれば、今から急成長を遂げよう

 としている貴族たちに置いて行かれてしまうというあたりを考えたんだが、

 合っているか?」



 私は答える代わりに、ニコっと口角を上げる。

 まずまずの及第点だ。



「公世子様、1つ忘れています!」

「なんだ?」

「アンバー公爵家への後ろ盾!」

「はぁ?アンバー公爵家が後ろ盾になってくれるんじゃないのか?」

「相互互助ですよ!」

「アンナリーゼにしては、難しい言葉を使うな?」

「やかましいですね!

 アンバーの後ろ盾にもなってください!そうすれば、私も公世子様の後ろ盾に

 なってさしあげます!」

「どこまでも、上から目線か……」

「そんなことないですよ!爵位だけなら、私の方が下ですからね!

 一貴族って話なら、私の方が先になってますから、先輩です!」



 胸を張って言うと……俺は、生まれたときから公世子だったけどな……とぶつくさ言っている。



「公世子様なんて、いつ、首が挿げ替えられるかなんてわからないじゃない

 ですか!よかったですね!今まで、ちゃんと首がついてて!」

「物騒なこと……」



 ブルブルと震えながらこちらを睨んでくる。



「では、子ども同士の婚約を申しこむ」

「誰と誰のです?うちのジョーは、公世子様の子にはあげませんよ!」

「なっ!先に言うとは……」



 不思議とお腹がほわっとした気がした。

 あなた、この婚約受けてくれるの?

 まだ、生まれもしていない我が子が何かを訴えてくるってことはあり得ないのだが、訴えてきているようだ。



「わかりました。では、公世子様、公世子様のところのお姫様なら、いいですよ!

 降嫁って話になるのですけど……

 うちの息子が、いいって返事してくれてます!」

「あぁ、いいのか……って、息子?その腹の中にいるのは、男なのか?」

「そうですね、その予定です!私に似た男の子です!」

「そりゃまた……ご愁傷様で……」

「どういう意味ですか?」

「そういう意味」



 むっすぅっとすると、やっと場が和やかになる。

 その場にいる三人が声をあげて笑っているのだ。



「わかった、もし、そなたの子に男が生まれたら、アンバーで降嫁することに

 する。年の近いのを……って、俺のところ、男ばかりじゃないか!」

「そこは、頑張ってください!

 じゃあ、サクサク裁可に取り掛かりましょう!私、他にも予定ができたので、

 しっかり働きますよ!」



 そういって、机の上に置かれた裁可待ちの書類に手をかける。



「待て!アンナリーゼ」

「なんですか?」

「その、どんな子が……」

「知りません。自分の相手くらい自分で選んでください!

 あと、親元のめんどくさいのとかは、勘弁してくださいね!それわかった

 時点で、辞退します!」



 ニコニコと笑いながら、書類を広げていく。

 久しぶりに楽しい時間を過ごしたなと、心の中は満たされた。

 人の命に係わることばかりに携わってきていたのだ。心がすり減ってはいた。

 だから、ちょっとした息抜きとしては、最高の時間となったのである。

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