第349話 最後の対峙Ⅱ

「私だって、誰かに愛されたかった……」



 ソフィアは死の直前で、自分の中に燻っていた感情を誰でもいいから聞いて欲しかったのだろう。

 例えそれが大嫌いな私だったとしても。

 他に手を伸ばせば、きっと……ジョージア以外にソフィアを愛してくれる人がいただろう。

 それに……『予知夢』では、私の望むジョージアとの未来はなく、ソフィアがジョージアに愛されていたのだ。



 でも、それはもう遅い。いいや、遅すぎた。

 ソフィアの生は、もうすぐ終わるのだ。

 違うな、私がソフィアの生を終わらせるのだから。



「ソフィア、あなたは生き方を大きく間違えたのよ。

 その原因は、生まれた環境や成長過程でいろいろあるのだろうけど……

 もっと人を見る目と自分の心を育てなければいけなったのよ」

「あんたは、侯爵家令嬢でご立派ですものね!誰からも愛され、求められ……」



 力なく笑うソフィアに私も自分のことを話す。

 この独房には、たった四人しかいないのだ。

 目の前のソフィアはこれから刑が執行されるし、近衛は少々脅しておけばいいだろう。

 ディルに至っては、私に忠誠を誓ってくれたのだから他に漏れることもないはずだ。

 ただ、漏れたとしても、私は、今を手放すつもりはない。

 懸命に生きてきた結果、手に入れたものばかりだからだ。

 死にゆくソフィアに、死に土産として渡すものは、私の話しかなかった。



「そうでもないわ。私だって、手放したものはある。未来のために。

 言い訳だけど……ソフィア、あなたよりジョージア様を傷つけるのは、私なのよ!

 私は、私が望む未来のためにジョージア様からいろんな未来を幸せになる権利を

 奪っているのだから。

 あなたとの幸せな未来もその1つでしょう。

 公爵位もアンバー領地も……ジョージア様から私は全て奪ってしまったわ!

 ジョージア様の手にあるのは、私とジョーとジョージだになってしまったのよ」



 私が選択した未来のため、犠牲になった人は、他にもたくさんいるだろう。

 ハリーやジョージアはもちろんのこと、目の前のソフィアもその一人ではないだろうか。



「私には、ジョージア様に愛される未来なんて本来なかったのよ。

 ソフィア、あなたの側にジョージア様は常にいて愛されていた。それが本来の

 未来だったのよ。

 だから、今、こうしているのは、あなたの努力が足りなかったのじゃない

 かしら?」



 私は、ソフィアの瞳を見ながら本来あるべき未来を語ると、信じられないという。

 それもそうだろう、私だって今が信じられないのだから……

 私は未来を変えるために、小さい頃から努力もしてきた。

 その副産物として、ソフィアの側にいるはずだったジョージアが私の隣にいてくれるなら……悪くない。

 私の人生を全うできるよう、妥協せずに前だけを見て生きてきた。

 その姿に惹かれてくれた人は、ウィルを始め、友人たちや領民たちなどたくさんいた。

 ただ、それだけで私の小さな世界は回っている。



 私は死ぬことがわかっていたから、悔いが残らないように必死に足掻いて、みなに助けられながら生きているだけなのだ。



「聞いていいかしら?」

「何?」

「男爵は、よくあなたのことを手放したわね?」



 ソフィアの瞳が一瞬澱んだが、次には輝きを取り戻した。



「公爵家の財産と引き換えにしたのよ。父は、公世子との縁が欲しかったから、

 それにはお金がいる。

 従順そうなジョージアに目をつけたのは、それで。

 でも、とても優しいジョージアの隣は居心地が良かったわ!

 他の令嬢たちが騒いでいるのを黙らせるために、男爵の娘であるにも関わらず

 噛みついていたから、危ない橋も渡ってったこともあるのよ」



 昔を懐かしむような声音で、遠くを見ているソフィア。

 それは、なんとなくわかる。社交会でのソフィアの話は、常に聞き及んでいた。



「まさか、私が学園を卒業した後に、目の届かない学園であんたとジョージアが

 出会うなんて思ってもみなかったし、ジョージアにそこまで行動させるような

 女が現れるとは思ってもみなかったわ!

 世間知らずの侯爵令嬢なんて、私にかかれば、しっぽ巻いて逃げていくって

 たかをくくっていたのよ!

 あんた、本当に侯爵令嬢だったの?どこからどう見ても、ただのじゃじゃ馬

 じゃない!

 全く……ジョージアの趣味を疑ったわよ……こんなじゃじゃ馬のどこがって!」



 ん?待って、なんか、酷い言われよう……っていうか、よく聞くやつだ。

 さらに私を睨むように、ソフィアの瞳に力が籠る。



「ただ、初めてあんたをジョージアの卒業式で見たとき、私は初めて負けたと

 思ったの。

 あんたに手を差し伸べるジョージアは、他を目に映さなかった。

 ずっと私はジョージアだけを見てきたのだもの、あんたを本気で愛情を注ぎたい

 と思っていることくらいわかっていたわ!

 もう2度と会うことないだろうと思っていたし、ジョージアが渋々でも私との

 結婚を進めてくれていたから、満足だったのよ!

 まさか、政略結婚をあんた自ら仕掛けてきて捻じ込んでくるだなんて、世界

 広しといえど、どこの誰も思いもしないじゃない!

 それでも、父の手前、今更後には引けないからあの手この手であんたを殺すこと

 ばかり考えてたのに。

 あぁーなんだ……ジョージアにもっと素直に甘えていればよかったのね!

 そうすれば、私は、ジョージアに愛された……かもしれない。

 あんたなんかに目を向けたばかりに……私、今日、死ぬのね……」



 ソフィアは、口惜しそうである。

 自分が死ぬ以上に、残しているものがあるからだろうか?



「最後に、ジョージアに会いたかったわ!」

「それは、私がさせない!あなたの業は、私が背負うのだもの!」

「あんたなんかに背負われたくないかしら?」

「残念なお話ね!」



 私は、自然と笑みがこぼれた。

 ソフィアも憑き物が落ちたかのような顔になり、笑いあう。



「近衛さん、毒を!」

「は……はい、ただいま……」



 近衛は、部屋の隅で私たちのやり取りを息を潜めて聞いていたらしい。

 若干、気を抜いていた近衛が慌てて毒の用意をしている。



「呪ってやる!」

「呪わなくても、近いうちにそっちにいくわよ!」

「近いうちに来ないでくれる!一人残されたジョージアが可哀想じゃない!」



 なんだかんだと、ジョージアを気遣うソフィアに少し驚く。



「可哀想って言われても、もう、そっちにいくことは決まっているのだから仕方

 ないじゃない!」

「だから、来るなって!ジョージアが死ぬまで……側にいてあげなさいよ!」

「地獄の底でも、私に会いたくないの?」

「当たり前でしょ!でも、次、生まれ変わったら、あんたと友達になりたいわ!」

「地獄に落ちる私たちが、生まれ変われるわけがないでしょ?一緒に地獄の底で

 楽しみましょ!待っていて!」



 私が友人に……親友に笑いかけるように微笑む。



「アンナリーゼ様、準備が整いました」



 私は、近衛からディルに渡されたお椀に入った毒を受け取る。



「ソフィア、飲みなさい!」



 そのお椀を差し出すと、ソフィアは震えながら手をおずおずと出してくる。



「ジョージを頼むわね!」



 ニコっと笑うとソフィアはお椀の毒を一気に煽った。

 カラン……と転げ落ちるお椀と私に抱きつくような形で事切れるソフィア。



「おやすみ、ソフィア……必ずそっちにいくから、待っていてね……」



 ソフィアをその場に寝かし、開いた目を閉じさせる。

 その様子は、ただ眠っているだけのようであった。

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