第350話 終わったか?

 ソフィアの独房から出ると、公世子が扉の前で待っていてくれた。

 今、事後処理で忙しいはずなのにだ。



「終わったか?」

「はい、終わりました。お世話をおかけしました……」

「全くだ……」



 私の顔を見て、少しホッとしたのか公世子が先行して執務室へとりあえず帰ることにした。

 もやもやとしていたものが、なくなったかと言えばそうではない。

 まだ、すくぶっているものは確かに合って、気持ち悪い。

 人の生き死にに関わることがこんなに重いものなのだと身をもって知る。


 光溢れる地上へ上がって、私は一瞬クラっと立ち眩みした。



「大丈夫ですか?」



 ディルに支えられ、頷く。

 それを見た公世子は、ため息をついた。

 私から見ても、公世子の方が断然疲れているだろう……力の入らなかった足を叩き、私はしゃんと立ち直す。



「大丈夫か?そなた。妊婦であろう?」

「えぇ、大丈夫です」



 前を歩いていた公世子が私の横に来て、私をエスコートしてくれる。



「大丈夫ですよ?」

「それでも、こういうときは、男に寄っかかっておけばいいんだ。

 ジョージアがいないことを幸いとして、エスコートしてやろう!」



 見上げるとニヤッと笑っている公世子。

 自分も疲れているのに、私を気遣ってくれたのだと感じ言われるがままにエスコートされることにした。

 正直、公世子のエスコートは、ジョージアの私に合わせてくれるものではなく、私が合わせないといけないので苦手だったのだが、今日はそうでなく、チラチラとこちらを伺いながら私を執務室まで連れて行ってくれた。



「公世子様?」

「なんだ?」

「いつも、こんなふうにエスコートしてくれれば、考えないこともなかったかも

 しれませんよ?」

「あぁ、自分本位にエスコートするなってことか?」



 よくわかっているじゃないと答える代わりに、ふふっと笑っておくと苦笑いされてしまった。

 これは、わざとやっていたなと思うと、少し怒ってやる。



「公世子様は、意地悪なんですね!」

「だから、今、優しくしているではないか?誘ってもついてこない者に優しく……

 いた……」

「どうしました?」



 わざとらしく聞くと、恨めしそうにこっちを見てきた。

 公世子の足をわざと踏んだ。

 それ以上は、公世子も何も言わず、執務室まで無言で歩いた。




 ◇◆◇◆◇




「それで、あの侍女の遺体はどうするのだ?」

「火葬にします。罪には問われましたが、まだ、誰も殺していないのです。

 なので、次の世に真っ当な人間に生まれられるようちゃんと見送るつもり

 ですよ!」

「そうか……ならいいんだ」

「あと、領地に彼女の家族が住んでいます。

 恨まれるかもしれませんが……彼女を家族の元に返してあげたいと」

「なるほどな。通常罪人には、適用されないが……トワイスではどうなのだ?」

「トワイスでは、罪人でも引き取り手がいる場合は、遺体を返していますよ。

 謀反とかよっぽどでなければってつきますけど……」



 なるほどなと公世子は考えている。

 ローズディアでは、罪人は基本的に引き取りをしたい人がいても、遺体は返さない。

 公が監視下に置いているのだ。

 今回は、特別に許可をもらい、カルアの遺体を返してもらうことになっただけである。



「今回のような一族となると、引き取り手がいないから仕方がないが、今後は罪人であったとしても、

 引き取りたい身内がいれば返してやってもいいかもしれんな」

「そうですね……私は、家族の元に返すまでに時間がかかるので、こちらで火葬

 し、渡すつもりです。預かっているものもありますからね……それを考えると、

 少し気持ちが重たいです」

「そなたが行く必要はなかろう?」

「いいえ、公世子様。私が行くべきだと思っていますよ。

 カルアは、我が家の侍女であったと同時に守れなかった領民の一人です

 から……」



 そうかと公世子は呟く。

 それぞれ、今回の断罪で死んだものを思い浮かべていた。



 しばしの沈黙のあと、次に口を開いたのは、公世子であった。



「それで、次は貴族なのだが……」

「えぇ、苦労されているみたいですね?」

「あぁ、なかなかな……思うようにいかぬ。どうしたものかと悩んでいるの

 だが……」

「私がでましょうか?まだ、こちらにいますし、今日のやり取りも見ている貴族も

 多いでしょう。

 今後のアンバーへの対応も含め、釘をさすにはちょうどいい機会かなと思います

 から」



 待っていたと言わんばかりの公世子の顔を見て、期待しすぎだと笑ってしまう。

 公世子から嘆願書やら騙されただけだから減刑してくれやらいろいろ書かれている書簡をもらう。

 殆どが男爵や子爵という爵位を得ているものなのだが……中には、公からもらった爵位を取り消さないでくれという高官や近衛のものもあった。



「問答無用ですね。

 たかだか爵位が無くなって、最下位の役職になるだけなので、別に気にすること

 ないです。冤罪でもないですし……この嘆願は無視です!」



 一通り高官や近衛の嘆願書は読んだが……黒ばかりの人からの嘆願であったので、すぐに裁可をしてしまう。



「公世子様、例えばですけど……こういう人たちが束になって謀反をおこした場合

 は、どう対処するつもりですか?」

「どうもこうも、謀反になれば命を取ることになるな」



 こともなさげに公世子は言うが……結構な人数になるだろう。

 もしかして、これが原因であのクーデターがおこるんじゃないだろうか?なんとなく不安を感じないでもない。

 私、とんでもないことをしたのかも……?でも、このままでは、アンバーの領地が荒廃していってしまう。

 これでよかったのだと、自分を納得させる。



「公世子様、もし、17年後、謀反が起こったとしたら……協力してくださいね?」

「なんで17年後なんだ?」

「そんな気がするからですよ!そのときは、アンバーのものに力を貸してくだ

 さい!」

「アンナリーゼにでなくか?」

「はい、アンバーの者にです。きっと、いい方向に導いてくれるはずですから!」



 にっこり笑いかけるとわけのわからぬことをと呟いている。

 でも、私が言ったことを少しでも覚えていてくれると……嬉しい。

 未来で起こる謀反には、ジョーが立ち向かうことになるのだ。

 後ろ盾くらいにはなってくれてもいいだろう。




「さて、高官や近衛に関しては、クビにするわけではないので……

 お給金分しっかり働いてもらいましょう!

 働きが悪ければ、もちろん減給です!」

「あぁ、それでよかろう。秘書官にそのように通達するように言っておく」

「あとは、貴族ですね。男爵位・子爵位は……簡単に片付きそうですね。

 1番厄介なのは、やっぱり公爵家ですか?」

「あぁ、そうだな。公家の血筋ではあるからな……」

「そういうの、めんどくさいですね?いっそのこと、取り潰しはできない

 のです?」

「アンナリーゼよ、怖いことをいうでない」

「何故です?」

「公国のバランスというものが……」

「一翼くらいなら、私も公爵なので担って差し上げますよ?

 まぁ、ジョージア様のお飾り夫人とか言われそうですけどね?」

「逆だろ……アンナリーゼのお飾り夫であろう……」

「そんなことないですよ!ジョージア様は、どこに出しても恥ずかしくない

 ですよ!」

「そりゃ、公爵として努力しているんだからな。アンナリーゼにかかれば、

 形無しだが……そうか、アンナリーゼが一代限りとは言え……公爵か」

「そうですね!10年くらいなら、頑張って生きますから、しっかりそれまでに

 公世子様が体制を整えたらいいのです!10年もあれば、できますよね?」

「なんだ?やけに年数に拘るな?」

「まぁ、イロイロあるんですよ、事情がね。それに子どもの成人もありますから、

 それくらいが限度な気がします」



 あぁ、わかったと公世子は答え、公爵の取り潰しを計ることを公に知らせに行ってくると席をたった。

 私は、明日も来ると手紙を残し、いったん屋敷に戻ることにした。


 なんだか、今日はとても疲れた。

 落ち着いた屋敷に戻ってゆっくりしたいのである。

 できるなら、領地の屋敷でジョーや友人たちとのんびりおしゃべりしたい気分であった。

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