第348話 最後の対峙

「ジョージアを連れてきなさい!私にこんなことして済むと思っているの!」


 バリンと部屋の中から大きな音がした。

 どうやら、中で揉めているのか陶器の入れ物を叩き割ったようだ。



 地下2階にある独房まで歩いて行くと、廊下にソフィアの声が響き渡っていた。

 仄暗い廊下をそぞろ歩き、目的の独房の前にたどり着く。

 すでに、扉の前には警備の近衛はおらず、中で揉めているのか騒ぎ立てるソフィアの声が聞こえてくる。



 ぎぃーっと、扉を開けて入っていくと取り乱したソフィアが近衛とやっぱり揉めていた。

 艶やかだった黒髪は、殆どが真っ白となっており、捕縛以降で、一気に老け込んだのがわかる。



「ジョージア様は、来ませんよ!」



 私の声にソフィアはハッとしたのだろう。

 ソフィアは、声の主である私を睨んでくる。



「ご機嫌よう、ソフィア」



 真っ赤な薔薇のドレスを見た、ソフィアの怒りの沸点は振り切れた。

 奥歯を噛み締め何か言おうとするが、怒りが先行して言葉にならなかったようだ。



 時間ですから、そろそろ飲んでください!そう言ってソフィアに毒の入った器を渡す近衛。

 さっきまで跳ね除けていたのだろう、足元に何個も転がる割れた器を私は見やる。


 今度はソフィアは素直に受け取って近衛がホッとしたと思ったら、私に毒の入った器を投げつけてくる。

 ソフィアは勢いよく私の顔に向け投げたつもりが、ここ数日で衰えたのかうまく力が伝わらなかったのかドレスの裾から転がって器は足元へと落ち割れた。

 赤薔薇のドレスにまともにかかり、その部分だけさらに濃い赤へと変色する。

 ソフィアの性格上こうなることだろうとわかっていたことなので、私は何も言わなかったが、その暴挙に近衛が大慌てで私に駆け寄る。

 それも気にせず、近衛を制して、私はさらにソフィアへと近づいて行く。

 惨めに地べたに座るソフィアと視線を同じくするために屈んだ。



 ここでも近衛に静止されたが、どこふく風でソフィアの前でこれ見よがしにニッコリ笑ってやる。

 そうすると、ソフィアは苦い顔をしどちらが悪いのかわからなくなる。

 別に私自身、正義を掲げているつもりはないので、見方を変えれば、私は悪なのだろう。



「……ジョージアを連れてきなさいよ!」

「それはできないわ!公爵権限で、ジョージア様は領地でお留守番してるのです

 もの!」

「公爵権限ですって?あなた、頭おかしくなったの?

 あぁ、そうね、おかしくなって、ジョージアに領地へ追いやられたのです

 ものね!」



 私を蔑むように笑うソフィアに振り下ろされた近衛の拳を私は払いのける。

 今は、ゆっくりソフィアとの最後の対峙を楽しみたいところなのだ。

 全く、外野が水を差さないでもらいたい。



「罪人だからと無闇やたらと殴ったりするのは、関心しないしよろしくないわよ?

 それとも、近衛ではそんなふうに教育されているのかしら?」



 ひと睨みすると、近衛は恥ずかしそうにしながら部屋の隅の方へ行ってくれたので、ソフィアの話に再度付き合うことにした。



「おかしくなったのは、私じゃなくてあなたよね?

 ジョージア様を脅してまで欲しかったものは、一体何で、今何を手に入れ

 られた?」

「脅しただなんて、人聞きの悪い!私は、事実だけを……」



 続きを言おうとしたソフィアの顎を掴むとそれ以上は言えなくなった。



「事実と違うと思うけど……?ソフィア、嘘なら上手につくことね!

 まず、初めて寝たのがジョージア様だっていうのは真っ赤なウソね!

 私のジョージア様にあまり変な脅しをしないでくださるかしら?

 ソフィアの冗談でも嘘でもジョージア様は本気にしてしまうから!」



 まくしたてると、ソフィアが何か言いたそうに睨みつけてくる。

 言いたいことは……『私のおもちゃ』を勝手に奪ったのは私だと言いたいのだろう。

 確かにそうなんだが……私はおもちゃが欲しかったわけではないので無視をする。



「調べるのにとっても苦労したわ!ジョージア様が気にしてたから調べたのよ!」

「な……にょお……」

「学園を3ヶ月くらい休んでる時期があったわよね?なんでかな?って、気になった

 から調べたの。これがとても大変だったわ!

 生まれた国も違うし、噂話も学園から卒業して時間もずいぶん経過していたし、

 私や兄の学園にいた時期とあなたが学園にいた時期が違ったし、ソフィアの

 友人が少なかったから情報がなかなか集まらなかった。

 でも、たどり着いた。ソフィア、あなた、ジョージ以外にも子供を産んでる

 のね……今日、処刑された子の中に、あなたに似た子どもがいたわ!」



 私の答えにソフィアは目を見開いて驚いている。

 導き出した答えは、正解だったのだろう。



「ダドリー男爵の子どもは、黒髪黒目の子がほとんどだけど……

 その中でも、一際あなたに似た子がいたのよ。年齢的にちょうどその時期と

 重なった。あの子を生んだのはあなたで、父親は……男爵ね?

 公世子様が言ってたけど、捕縛に向かったときの印象は、隠された上で、さらに

 隠されていた子どもらしいわ!

 あなたの差し金かしら?それとも男爵が隠していたのかしら?」



 私を睨むソフィアの目がさらにキツくなった。

 さらに考察していたことが、当たっていたようだ。



「あにゃにゃににゃにぃがふぁきゃりゅの!」



 ソフィアは、叫ぶ。心の底から……私を憎むかのように睨み、ふぅふぅと荒く息をしている。



「わかるわけないじゃない!私は、ソフィアでなく私だもの!」



 ソフィアは、唇をギュッと噛んでいる。

 顎に置いていた手を緩めると、ソフィアは俯き加減になり怒鳴り始めた。

 ただ、その声は、ソフィアの悲痛な叫びでもあった。



「私のこと調べ尽くしたのでしょ!蔑むがいいわ!

 のうのうと生きてきたあんたに、何が……」



 ふっと笑うと、ソフィアは一筋の涙を流す。



「私は、ただ母と似ていただけ……あの子は、関係ない……」



 ソフィアの内に燻っていた感情が垣間見てとれる。



 私が調べたのは、ソフィアがこれまで生きてきた道全てである。

 ダドリー男爵にとても愛された一人の女性がいた。

 ダドリー男爵家の嫡男とソフィアを産んだ女性である。身分は庶民。

 当時、男爵は、同じ男爵家から第一夫人を娶ることになっていたが、婚約破棄をしている。

 ソフィアの母を第一夫人に据えたために。


 身分差を超えて、結婚したのだ。

 よく思わなかったその男爵家の娘が今の夫人で、ソフィアの母を殺したということを調べていく過程で私は知った。

 男爵もそこに気づいたのだろう。

 元々遊び人ではあったらしいが、その夫人が死んだ以降、さらに人が変わったらしい。

 現在第一夫人とおさまった男爵令嬢を手元におきつつも、一切見向きもしなかったと言われている。

 先日、男爵本人との対峙でそれがわかった。

 ついにソフィアの母以上に愛情を注げる人が現れず、途方にくれたときに、そっくりに成長したソフィアが目の前にいたという訳だ。

 そして、あの女の子が生まれた。

 系譜辿れば、両親ともにダドリー男爵家なのだから、処刑は間逃れなかった。



「そう、あの子も死んだのね……ジョージも、私の子どもだから、処刑よね?

 ジョージア様と血も繋がってないものね!」



 憎々しげに私を睨むけど、本当のことだ。

 ジョージは、ソフィアの子どもではあるが、ジョージアの子どもではない。

 エール……黒の貴族と言われる隣国バニッシュ子爵との子どもである。



「エールに全て聞いたわ!そして、あなたの身辺にも間者は常にいたのよ!

 もう少し、周りには気を付けておくべきだったわね!

 今の腹にいる子もジョージア様の子どもじゃないわよね!」



 はは……ははは…………狂ったように笑い出すソフィアを哀れに思う。

 だからと言って手を差し伸べるつもりはない。



「何でも知っているのね?エールだなんて、あなたもあの人と?」

「ソフィアと一緒にしないでくれるかしら。体で繋がる必要なんて私にはないわ!

 私には、それなりにいろいろと手持ちのカードがあるのよ!」

「そうなんだ。

 ……私、あんたのこと大嫌い!」

「奇遇ね!私もよ!」



 ニコっと笑う私を見つめ返すソフィアの黒曜石のような瞳は、とても魅力的で綺麗だった。

 ただ、その瞳は揺れ、迷子の子どものようでもあった。

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