第347話 赤い口紅

 今日、城へ来た目的は2つ。

 ダドリー男爵の処刑について、私は、見るつもりはなかったのだが、結局割り込んでしまった。

 しかも、若干のさわぎにしてしまったので、現在反省中である。



「公世子様、侍女のカルアと少し話させて欲しいのだけど、まだ、大丈夫でしょう

 か?」

「あぁ、まだ、時間はある。行ってきてもいいぞ!」

「あと、出来れば、カルアの遺体はこちらで引き取りたいと思っています」

「カルアの遺体をか?」

「はい、ダメでしょうか?」



 少し考えてから、公世子は、死者にそれ以上の酷いことをしないと約束するならと条件で渡してくれることになった。


 カルアに対して酷いことは、するつもりはない。

 ただ、家族の元へ返してあげるだけなのだから。


 罪人であるカルアやダドリー男爵家は、身内に遺体を引き取らすことはしない。

 ダドリー男爵は、引き取る身内もみな、刑に処されるので引き取りてはない。

 罪人用の墓場で、雨風に打たれ体が朽ちるまで放置され続けるのである。

 それが、この国で罪を綺麗にしたという証拠になるのだそうだ。


 カルアは、アンバー公爵家の侍女であった。

 私やハニーローズ殺害未遂で、罪人となってしまったのである。

 親兄弟も刑の対象となる今回の刑で、カルアは私により天涯孤独の身だと証明した上での捕縛となった。

 それが、知りうること全てを私に明らかにしたカルアとの約束だったからである。



 本来ならカルアも罪人用の墓場で体が朽ちるまで放置されるはずなのだが、私が遺体を預かり受けたいと公世子に申し出たことで許可がおりた。

 カルアの帰るべき場所に返してあげたかったのだ。




 ◆◇◆◇◆




 元々の目的はといえば、カルアの遺体の引き上げとソフィアの処刑を確認すること。

 二人とも、刑は服毒だと聞いている。

 城の独房に二人とも入っているらしく、私は公世子から許可をもらってそこまでノクトとディルを従え歩を進める。


 地下1階にある独房には、カルアが収容されていた。



 公世子に引取りの確認だけ取れたので、カルアの元へと急ぐ。

 私は、待機している近衛に話しかけ、独房の中に入れてもらう。

 刑を待っていたようで、開いた扉から私が入ってきたことに、カルアはとても驚いていた。



「カルア!」

「アンナリーゼ様?どうしてここに?」



 不思議そうにこちらを見ているカルア。

 覚悟は決めていると言っていたあたり、凛と背筋を伸ばして座っていた。



「あまり時間はないのだけど、最後にあなたと話したくて!」

「アンナリーゼ様が、こちらにくることはないのです。

 私は、あなた様やジョー様を亡き者にしようとしていたのですから……」

「そうね。それがあなたの現実ね。仕える相手を間違えてしまっただけなのよ。

 あなた自身、私たち母娘が憎かったわけではないでしょ?」

「確かに……でも、家族のために……」

「それって言い訳ね。

 都合よく、家族って言葉を使われるのは、正直、これから残されるサラおばさん

 やあなたの家族が可哀想よ!」



 カルアはサラおばさんの名前を聞いて俯いた。

 領地で知り合った豪快に笑うサラおばさんの子どもであることは、すでに調べがついていた。

 なので、私は、遺体の引き取りの手を打ったのだが……サラおばさんに恨まれるだろうか。

 アンバー領の中でも、特に領地改革に対して協力的な農家であり家族であった。

 カルアは、家族の顔を思い出しているのだろう。



「あなたから預かったものは、ちゃんと家族に送り届けるわ!

 あなたは、あなたの生を、顔を上げて全うしなさい」



 自分の気持ちも含めいろいろな葛藤を抱えて、私はツカツカとカルアに寄っていく。



「アンバー公爵夫人!それ以上は、近づかな……」



 警備についていた、近衛を視線ひとつで黙らせる。

 私、これでもものすごく怒ってるのだ。カルアを守れなかった自分自身に……



 カルアをギュっと抱きしめる。



「アンナリーゼ様!ダメです!」



 私は、カルアに何も答えず、カルアの温もりを感じとる。

 しばらく、黙ってカルアに抱きついていた。



 耳元で、誰にも聞こえないようにカルアへ最後に話しかける。

 罪人であるカルアに似つかわしくない言葉だった。

 でも、言わずにはいられなかった。



「カルア、今までありがとう。守ってあげられなくてごめんね……」



 カルアの頬を涙が伝い、違うと首を横に振っている。

 確かにいいようにカルアの心の弱みを握られたのかもしれない。

 でも、それにいち早く気づいてとめることも私にはできたはずなのに……こんな冷たい部屋に押し込め、さらには命まで奪おうとしている。

 私の掌に自分の爪が刺さるほど、きつく結んだ。

 私がもたらした結果のひとつで、今の状況が悔しくてたまらない。



「近衛さん!」

「アンバー公爵夫人、なんでしょうか?」

「少し、カルアの髪の毛が欲しいんだけど、切ってもいいかしら?」

「はぁ……いいですけど、そんなものが欲しいだなんて変わってらっしゃいます

 ね?」



 ニコッと笑うと、カルアの髪を掬い、私はディルからもらったアンバーの紋章が入ったナイフで丁寧に切り落とす。



「……どうなさるのですか?」



 カルア自身も疑問に思ったのだろう。

 切られた髪をじっと見つめ私に問うてくる。



「サラおばさんに、せめてもの形見よ」



 モスグリーンを落として、栗毛色に変わったカルアの髪を揃える。

 涙が伝ったカルアの頬を私は手で拭き取る。

 最後に、自分の唇に指を添え口紅を拭うとカルアの下唇にスッと押し当てるように塗る。



 化粧気のないカルアの顔にキツい赤の口紅が映える。



「そろそろお時間ですので……」



 近衛の一言で、私は一歩下がってただそこに立って見つめていた。

 カルアが見る最後を私は笑顔で送り出す。

 近衛から手渡された器を少し震えた手で受け取り、一気に飲み干したカルア。



 ドサっという音と共にカルアは、カルアとしての生に幕を閉じたのだった。



「お疲れさま、カルア」



 私は側に行き、カルアを頭を撫で口元の血を拭う。



「近衛さん、公世子様から許可は得ています。

 カルアの遺体をアンバー公爵家へ運ぶから、そこのノクトと一緒に馬車へ連れて

 行ってくれるかしら?」



 公世子からの許可証を近衛に渡し、私は次の処刑場へと移動する。

 廊下を歩いているだけで聞こえる声の方へとディルを従え歩いていく。

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