第346話 赤い薔薇のドレスを纏えば

 処刑当日、私は公世子からこなくてもいいと言い渡されていた。

 私に配慮してくれての言葉だとわかっている。

 でも、私は公世子からの気遣いを反故にして、処刑に立ち会うことにした。



「アンナリーゼ?」

「はい、公世子様」

「何故、ここにいる?」

「何故と言われても……悪趣味なので、ソフィアの最後を見にきました。

 もちろん、ジョージア様は、領地でお留守番させてますよ!」



 夜会でも映えるであろう真っ赤な薔薇のドレスに身を包んだ私が、登城すると疲れきった公世子と出くわした。

 処罰を受ける貴族への対応もしていたため、私以上に大変でなのである。



 今日は、実行犯であるカルアと依頼元であるダドリー男爵、そして、ソフィアの処刑の日であった。


 今回の騒動は、一族郎党までの処刑であり、今日それも行われる。

 いたずらに子どもの多いダドリー男爵の系図を辿るだけで、公世子は2ヶ月もの時間がかかったが、今眼下にいる者たちは、全て男爵との繋がりがあるものばかりである。

 私は、今回の件を調べる中で、一人気になる子がいた。

 その子も、今、処刑場で座っている。

 ただ、その子を見つめていたが、助けるつもりは、私にはなかった。



「ハニーローズ殺害未遂の罪により、ダドリー男爵家を取り潰しとし、男爵と血縁

 関係にあるものを死刑に処す。

 今回の死刑に関する裁可については、ローズディア公国公世子およびアンバー

 公爵アンナリーゼによるものとし、連名により処断するものとする」



 宰相によって、最後の裁可を読み上げられる。

 私はおもむろに立ち上がって、一歩前に出る。

 傍らには、ノクトが立っていた。



「アンナリーゼ?」



 公世子に呼びかけられたが、振り返らずただ眼下を見下すようにダドリー男爵を見据える。

 今日もソフィアは別室にて、騒いでいると聞き及んでいる。

 77名の処刑を待つものを見れば、恐怖に怯えているもの、私を公世子を恨めしそうにしているもの、この会場全体を憎んでいるもの。

 人数がいる分、この処刑場となっている広場では感情が渦巻いている。



「ご紹介にあずかりました、アンナリーゼ・トロン・アンバーです」



 真っ赤な薔薇のドレスを揺らし誇らしげに会場にいるすべての者に向かって、最上級の淑女の礼をする。

 もちろん、眼下にいるダドリー男爵からも見えるだろう。



「先日、公よりアンバー公爵の爵位を拝命したばかりですが、我が領地・領民を

 苦しめたあなたたちダドリー男爵家を許すわけにはいきません。

 そして、ハニーローズ殺害未遂については、最古の法律により今もロサ

 オリエンティスより受け継がれているものであります。

 この国に生きる男爵が、知らぬ法律ではありません。

 アンバー領を食いものにし、どれだけの人間が富を権力を甘い汁を啜って

 きましたか?ダドリー男爵だけの責任ではありません。

 この国全体の問題として、今回、公爵として、公へ提言させていただきました」

「公爵だなんて、嘘よ!あなたは、ただのジョージアのお飾りだわ!」



 先日に懲りず、ダドリー男爵の夫人は、私に対して叫ぶ。

 ただ、目の前の私が着ているドレスを改めて見た他の者達は、息を飲んでいるだろう。

 ローズディア公国には、薔薇を纏うことが許されている者が限られる。

 こと、赤薔薇となると、公爵位以上でなければドレスのデザイナーが、嫌うのである。

 国花である赤薔薇、それも大輪となるとよっぽどの爵位がないと暗黙のルールにのっとり着ることが許されないだろう。

 公爵夫人でもあった私なら、なんの咎もなく着られるのだが、それでもデザイナーに頼めば、控えめに作られることが多い。

 夫人であるからこそ、公の場では公爵より前に出てはならないのだ。


 では、公爵自身であれば、何の問題もない。

 ましてや、筆頭公爵となっている今、この場で2番目の権力者である私を止められるものは公世子だけである。

 公世子は立場上止められるが、それはしないだろう。

 後の仕返しも考えれば、好き勝手にさせてくれるはずだ。



「うるさいわね!公爵なのだから、別にいいでしょ?他に私を止められる人が

 ここにいるかしら?」

「精神を病んで狂っていて、ジョージアに領地へ追いやられたと聞いているわ!

 そんな人の話なんて、誰がきくものですか!」

「そう、別に構わなくてよ?服毒による処罰になってたけど、狂っていると

 いうなら、そのようにしましょう!ノクト、剣を……」

「アンナリーゼ!」



 公世子が止めに入ったが、聞く耳持たず、広場まで歩いて行く。

 今日は、ノクトに持たせていた私の剣を返してもらい、それを持って男爵夫人の前まで来た。

 剣を鞘から抜く。

 私にそんなことができるはずがないと、たかを括っているようだが……残念だ。

 別にクビをきり落とす必要はないのだ。

 心臓を一突きすれば、事足りる。



「じゃあ、刑執行しましょうか?公世子様、いいですかぁ?」



 お茶でも飲みましょう!とでもいうかのように刑執行を促す私にさすがに周りが焦りだす。



「ま……待て、アンナリーゼ!公爵自ら、手を汚す必要はないのだぞ?」

「でも、私が命令できるのは、ここではノクトしかいませんし……

 ノクトにそんなことさせるつもりはないので、自分でするしかありません

 よね?」



 呼び合いをするつもりがなかったのか、公世子も広場に降りてきて話し合うことにした。



「じゃあ、こうしましょう!毒を飲むか、私に殺されるか、特別に選ばせてあげ

 ますよ!」



 とんでもないことをニッコリ笑って、夫人に言い放った。

 さすがに男爵も思うことがあったのだろうか……?



「アンバー公爵、この度は妻が無礼なことを言ってしまい申し訳ございません。

 どうか、自らの手を汚さず、私どもには服毒の許可をお与えください。

 貴族としての最後の矜持でございます。

 あなた様も、貴族であらせるなら、戦いに負けた末路をご存じでしょう?」

「えぇ、知っているわ!今まさにあなたがそうね。私を敵に回したことが、最大の

敗因かしらね?」

「そうですね……娘を御しきれなかったのもありますね」

「そう……あなたは、全てを知っているのね?みなに聞こえるよう、私にも教えて

 くださるかしら?」



 それから、ダドリー男爵の半生を語る。

 涙無くしては……聞けないものではなかった。聞けば聞くほど、私に怒りは膨れ上がる。

 でも、こっちに引っ越してから数年しかたっていないのだ。

 それまでに苦汁を舐めさせられた領民への代わりに私は今、ここで戦ったわけだ。


 大勝利という言葉とは、程遠いのかもしれないが、ひとつの幕を閉じるときが近づいた。



「毒を!」



 公世子の呼びかけに近衛が用意してくれる。

 私は、その一つを手に取り、ダドリー男爵の前へと向かう。



「私は、あなたとは違う出会い方をしたかったわ!

 そしたら、とっても面白い友人になったと思うもの!」

「そうですか……惜しいことをしてしまいました。

 あなたのような人が、この世にいたのなら……私は、こんなことをせずに待って

 いればよかったのかもしれません。

 ジョージア様のこと、支えて差し上げてください。

 それと、リアンとレオ、ミアのことをどうぞよろしくお願いします」

「知っていたのね?」

「もちろんです。リアンは……妻を亡くして以降、虚しい人生の中で特別でした。

 妻のこともあるので、手を差し伸べることはできなかった、それだけが心残りと

 なっていましたが、アンナリーゼ様に拾われたことを知り、ホッと胸を撫で

 おろしているところです。

 離婚の話を聞いたときは、驚きましたけど……親子三人が生きてくれるので

 あれば、これ以上は望みません」

「そう、あなたにも安らげる場所があったのね。でも、それは、あの親子には

 伝えないわ!

 もう、新しい父親ができて、毎日を一生懸命生きているのだもの」

「構いません……そうですか……新しい父ができましたか。

 レオやミアが幸せになれるよう、どうかよろしくお願いします」



 男爵は、私に頭を下げる。

 よっぽど、あの親子へ情を傾けていたのだろうか。

 近衛から受け取った毒を私から男爵へと渡す。



 公世子が止めようとしたが、これは、私と男爵とのけじめでもあった。

 勝者が敗者へのせめてもの手向けである。



 隣で相変わらず夫人はわめき散らしていたが気にせず、私に笑いかけ、受け取った毒を男爵は一気に煽った。



 一瞬の苦痛のうち、男爵は地獄へと送り出された。

 それを見た他の処罰される男爵家一同は震え、毒を見つめるだけで飲もうとしなかったが、公世子の号令により、自ら煽ったり、近衛に飲まされたりして次から次へと倒れていく。


 その異様な光景を私は見つめる。


 気になったあの子も、とうとう毒を煽って死んでしまった。


 私は瞼を閉じる。

 そこに焼き付いたのは、毒を煽る直前のダドリー男爵の笑顔。

 苦痛ではなく、やっとたどり着いた死だというかのように全てを受け入れたかのようだった。



「ノクト……」

「あぁ、なんだ?」

「私、ダドリー男爵の死に際は、一生忘れないわ!私もたぶん同じように死んで

 いくはずだから……」



 それだけノクトに言うと、ダドリー男爵をチラと見、抜いていた剣を鞘に戻した。

 ノクトに剣を預け、私は、次なる処刑場へと重い足取りで歩いて行く。


 今度は、城の地下にある独房へと向かうのであった。

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