第345話 申し開きの機会

 翌日は、ダドリー男爵家からの反論が許される時間となった。

 今日も大き城の広場で行われ、傍聴席は、どんな申し開きをダドリー男爵はするのかと、傍聴人で溢れかえった。


 ダドリー男爵は、一切を語らず、ただただ隣で喚き立てる夫人を冷たく見ているだけであった。



「なんだ?」



 私は、昨日から思っていたことを口に出す。



「いえ、私の普段着より、夫人たちはいいもの着てるなって思って。

 うち、公爵家ですけど、とっても貧乏で、ソフィアとソフィアの侍従以外、

 普段着はかなり質素なんです。

 なんなら、私なんて、ボロ着て歩いていて、デリアに叱られるくらいなん

 ですよ?」

「そなたの侍女の苦労が垣間見えるな」



 私と公世子は、二人して時間を持て余しているので、ただひたすら男爵家のそれぞれを見ながら雑談している。

 しかし、デリアの苦労が垣間見えるとはどういうことだ……?

 公爵がボロを着て領地を歩くなってことだろうか?

 公世子をチラッとみると、苦笑いされた。



「しかし、よく喋るな……聞いていて、疲れる」

「夫人ですか?」

「あぁ、そうだ」

「公世子様も一度死刑宣告受けたらわかりますよ!

 普段、喋らなくても、ここぞとばかり、めちゃくちゃおしゃべりになります

 から」



 前を向いたまま、会話を続けていると、後ろからため息が聞こえてくる。

 まぁ、公世子が死刑判決を受けるとなると、内乱がおこったときなのでもっと大変なのだが、しばらくは起こらないだろう。

 2日目ともなると会話を続けるにしても話題がなくなってきた。

 私は、ぽやーっと眼下の一人一人眺めていく。

 ほとんどが子どもで、その子どもたちも黒目黒髪のため、男爵の血縁であることがわかる。

 その中で、端から5番目の子に目がとまった。



「公世子様」

「なんだ?」

「端から5番目の子、見てください」

「端から?それが、どうした?」

「ソフィアにとても似てませんか?」

「二人ともダドリー男爵の娘なんだから、似ていても不思議はないだろ?」

「確かに……でも、あの子が……」



 言いかけて辞めると、興味がわいたのだろう、公世子は少し乗り出して聞いてくる。

 核心はないので、これ以上話さないようにしようと口を噤むことにした。



「アンナリーゼは、何か掴んでいるのか?」

「いえ、何にも」

「そなたの何にもは信用ならん!

 そういえば、あの娘は、探し出すのに苦労した子どもであったな。

 隠された上で、さらに隠されていた子であったと思うぞ?

 連れてきた近衛が言っていたから確かだ」



 そうですかと、興味無さそうに言えば、斜め後ろから、また、ため息が聞こえてくる。

 私から聞いたくせにという意味がこもっているのだろう。



「何を隠しているのか知らないが、話したほうがいいと思うぞ?」

「んーまだ、わからないので、静かにしておきます。

 さて、そろそろ、私に話が向かってきたので……夫人を撃退してきます!」



 そう言って、私はすっくと立つ。

 ツカツカと踵を鳴らし、ため息交じりながらもうきうきと広場まで歩いていく。



「私をお呼びかしら?」



 妖艶に笑って、ダドリー男爵の夫人の前に出てやる。



「アンナリーゼ様……」

「私のこと、呼んだでしょ?

 本来なら、あなたが来るべきだけど、無理だから今回は特別に来てあげたわ!

 ご用は何かしら?」

「アンナリーゼ様、どうか……私どもの冤罪を主張してください。

 あなた様とうちのソフィアは、同じジョージア様の妻ではないですか?

 今回の件はどう考えても私たちは冤罪です!公世子様へ解放してくださるように

 言ってください!」



 私は男爵をチラッと見る。

 ダドリー男爵は、全てを受け入れたかのような穏やかな顔をしていた。



「男爵は、やっと夫人の元へ行けるからご満悦なのかしら?」



 目の前でわめいている夫人を無視し、ふいに男爵へ話しかける。

 いきなり話しかけられたことに、少し驚いたのか、男爵はのっそりとこっちを見上げてきた。



「アンナリーゼ様、妻なら隣にいますが?」

「いいえ、男爵の夫人は……男爵が愛し夫人と認めた者は、もうこの世にはいない

 のでしょ?」



 こちらを見上げ何かを言いかけていた男爵は口を噤み、夫人は押し黙る。

 挑戦的に男爵を見つめていたので、仕方なさげに私の相手をしてくれるようだ。



「アンナリーゼ様は、変なことを申される」

「そうかしら?ソフィアの本当の母親が、男爵の本当の意味で夫人よね?

 目の前の夫人は、あなたにとって『男爵夫人』という飾りでしょ?

 公に出るとき以外、指一本、触れない方を妻とは呼ばないでしょ?」

「夫婦の形は、夫婦の数だけあると思いますが?」

「でも、あなたの妻を殺した愛していない夫人なんて、側に置くだけで忍耐

 よね?」



 私の話に、一瞬、男爵の目が細められた。

 でも、すぐに元の無表情に戻る。隣に座る夫人は、怒りからなのかフルフルと震えはじめる。



「アンナリーゼ様、一体何を申しているのかご存知ないのですが、私たちが情を

 交わしていないと申されますか?」

「えぇ、そうね。あなたはただの飾りなのでしょ?」



 男爵はうまくかわしていくのでおもしろくなく、男爵夫人へと話を振ってやる。



「そんなことありませんわ!私たちは愛し合っているのです!」



 安い挑発に夫人は乗ってくれ、男爵は隣で、呆れたと呟いている。

 お芝居でももう少し情緒というものがあってもいいのだが……取り繕っている二人には、その雰囲気のかけらすらない。

 興味が失せたので、夫人の言い分通りに男爵へ質問を投げかけてみる。



「それで?男爵も今回のことは、冤罪だと思っているのかしら?」



 男爵は、私の問いに何も答えなかった。

 寧ろ、余裕すら感じるので不気味である。

 私は、体をかがめ、男爵本人に聞こえるくらいの声で話しかけた。



「ねぇ、ソフィアって夫人に似ているの?」



 今度は睨みつけるように私を見てきた男爵。

 夫人が先ほどの会話から、隣で座っている『男爵夫人』ではなく、思い当たる方の夫人だと気づいただろう。

 今回、男爵には誰が捕縛されて、誰が断罪となるのかは知らされていない。

 ただ、横一列に並ばされた両側に並んだ男爵の興味の失せた血の繋がりだけで連なっている。



「私から見て、端から5番目の子ども。年のころは10歳くらいかしら?

 大事な大事な宝物のように隠されていたらしいわ!ねぇ?誰との子どもなの

 かしらね?」



 意地悪く笑うと、ダドリー男爵は唇の端を噛む。

 核心は得たり……というところだろう。

 その姿を見て、私は、元居た場所まで戻ろうとした。



 夫人はよろよろと立ち上がって、私めがけて、駆けてくる。

 両手を後ろで縛ってあるのだ。

 うまく走れない上に私に体当たりをしようとしたのであろう。


 後ろから迫ってくる空気を読み取り、私はクリっと正面で夫人と相対した。

 近くまで迫っていたが対処できない距離ではない。



 近衛や傍聴席から怒号や悲鳴が上がったが、私は、どこ吹く風である。

 勢いそのまま、夫人のドレスの胸倉と飾りベルトを掴むと、足をかけて倒してやる。



「私に勝とうと思ったら、野生のクマでも連れてくることね。あなた程度では、

 何ともないわ!」

「ふふ!どうかしら?助けてくれないなら、あなたなんて用なしよ!」



 不敵に笑う夫人と、私の手についた傷を見る。

 夫人がつけていた指輪が血で濡れている。

 指輪に隠せるのだから、毒だろう……か?蟲毒でなければ、万能解毒剤ですぐ直る。



 私は、動き回る夫人を足蹴にして踏みつけ横目で見ながら、ドレスの裾を少し持ち上げ、持参している解毒剤を煽る。

 これだけで、万事何事もなく終わる。



「な……」

「私、これでも、毒で命を何度も狙われてきているのよ。

 馬鹿ではないわ!解毒剤の1本や2本、持ち合わせているわよ!」



 それだけ言うと、暴れられてもめんどうなので、意識をかっておいた。

 近衛に頼んで列まで運び直してもらい、私は、そそくさと公世子のところまで戻るのである。




 ◆◇◆◇◆




「アンナリーゼ、そなた……」

「水で一応、洗ってくれるかしら?」



 畏まりましたとディルが早速応急手当をするために動いてくれる。

 後ろに立っているノクトは、大丈夫なのか?と聞いてきた。

 妊婦なのだ、みなが心配してくれ、無茶をした私をノクトが叱る。



「ごめんなさい……」

「子どもが腹の中にいることを、ちゃんと考えているのか?

 アンナを見ていると、こっちがハラハラさせられるわ!

 気を付けてくれと言っても……こちらがもっと気を付けないといけないという

 ことか……

 今回のことは、デリアに言いつけておく。仕方がなかったとはいえ、少し危機

 感が薄いようだ」



 ノクトが静かに怒っているのを感じ、私の反省も深くなる。

 私の傷ついた手は、ディルが綺麗に応急処置をしてくれた。



「では、アンバー公爵暗殺未遂で、もう一つ罪を加える。

 宰相!罪の追加だ!公爵アンナリーゼ殺害未遂だ」



 畏まりましたと、宰相は応え、追加された罪を読み上げていく。



 これだけの傍聴人の前で、起こしたことは、もう、避けようのない事実となった。

 これによって、もう、ダドリー男爵家の肩を持つ貴族も国民もいなくなったのだ。


 煽りに行ったわけではないのだけど……結果、そういうことを引き起こしてしまったのである。


 これにより、男爵のために反論する貴族は誰一人とおらず、刑執行は決まった。



 あとは、執行日を待つだけとなったのである。

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