第326話 たまにはちゃんと休んでください!

 今日もめいっぱい執務に憑りつかれたかのように執務室に籠っている。

 連日、朝早くから夜遅くまで執務室に籠っていることがリアンから報告が行っていたのだろう……侍女であるデリアがとうとう私にキレた。


 執務室の扉が勢いよくバーンと開いたと思ったら、腰に手を当て、すごい怖い顔をしたデリアが……仁王立ちしていた。

 いや……ズカズカと執務室の中を歩いている……あぁ……目の前まで来た……

 私は、ものすごく……逃げたい!衝動にかられるが、逃がしてもらえるわけもない。

 デリアの顔を見る限り、お説教まっしぐらである。

 後ろを申し訳なさそうにリアンが小さくなってついてきていた。



「アンナ様!」

「ひゃ……ひゃい!!!」

「いつまで執務されているのですか?

 あれっほど、リアンにもお体を大事にしてくれと言われているにも関わらず、

 今、何時だと思っているのですか?」



 私はチラッと置時計を見る。

 今、夜の11時であった。

 チラッと見た視線を正面に持ってくる勇気がなくて、そちらを見たまま黙っていると、執務机がバンッ!と音がしたので身をちぢこめて咄嗟にそちらを見た。


 そのままおそるおそる視線を上げていくとデリアと目が合った。

 ニッコリ笑っている……笑っているのにすごい怖い。



「何時ですか?」

「あの……夜の11時です……」

「もう執務は終わりますよね?たまにはちゃんと休んでください!」

「は……はい……すぐに……すぐに片付けます!」



 私は散らかり放題の執務机の上を一つ一つ片付けていく。

 恐怖で手が震えてうまく片付けられないでいると、そっとリアンが手伝ってくれる。

 私が悪いのだけど……デリア、怖すぎないだろうか?



「終わりましたか?次はお風呂に行きますからね!

 リアン、着替えの準備を持ってあとから追いかけてきてください」



 執務室の前でリアンとは別れ、私はデリアに連れられお風呂に向かっている最中だ。

 リアンが着替えを取りに行ったのには理由がある。

 私が、逃げないように見張るため、デリアがわざわざ一緒にお風呂までついてきてくれているのだ。

 母親に見守られる、小さな子どものようなものである。



「……デリアとリアンはうまくいっているようね?」

「えぇ、最初はどうなることかと思いましたけど……性格も穏やかで子育てしてた

 だけあって、ジョー様のことにもよく気が付きます。

 私では、あそこまで気が付きませんでしたから、とても助かっていますよ!」

「そっか。デリアから見て、リアンはアンバー公爵家の侍女としてどうかしら?」



 私の問いかけがよくわからないというふうであるのだが、答えてくれるようだった。

 何故、そんな質問をしたのか……デリアの答えしだいで私の考えも変わる。



「リアンは、よくやってくれています。慣れない公爵家のしきたりやら決まり事

 なども早々に覚えて、アンナ様によく仕えてくれていると思いますよ。

 アンバー公爵家の侍女としてですよね?」

「そうね、どうかしら?」

「申し分ないです。どこに付き添わせても、誰に仕えさせても、アンバーの名前に

 泥を塗るようなことはないでしょう。

 アンナ様の求める答えはこれでいいでしょうか?」

「えぇ、満足したわ!お風呂からでたら、話があるから後で来てちょうだい。

 まだ、ノクトの方の仕事が残っているのでしょ?」



 お風呂場まで送ってもらい私は脱衣所へ行き、デリアは仕事場であるノクトの元へと帰っていく。



 久しぶりにデリアに叱られたので、ちょっと緊張もしていたのだけど……やっぱり、あれくらいしっかりした者が側にいないと、私はついつい執務に目が行ってしまう。

 特に今は気ままに出かけられないから、余計にだ。

 体をいたわるように執務室へ籠っているのに、今のままでは籠りすぎて本末転倒である。



「アンナリーゼ様、入ります!」

「えぇ、どうぞ」



 脱衣所で着ていた服を脱いでいるときにリアンが入ってくる。

 私は基本的に自分で脱ぎ着するので、特に手をかけてもらうことはないのだが、今は入浴にも気を付けてくれている。

 湯船に浸かってふぅ……と一息入れる。



「先ほどは、デリアに告げ口のようなことをしてしまって申し訳ございません

 でした」

「ふふっ、いいのよ!

 リアンでは、私を止められないのなら、それで間違っていないわ!

 私、一旦始めるとずっとそこに没頭してしまっているみたいで、逆に悪かった

 わ!ねぇ、リアン。アンバー公爵家にはもう慣れたかしら?」



 リアンは私の問いに頷いてくれる。

 私は、ニッコリ笑い返すと、どうかされましたか?と聞き返してくる。



「私、あのときにリアンと会えてよかったわ!

 レオにもミアにも会えたもの!私の元に来てくれてありがとう!」

「とんでもございません!私たち親子を引き取ってくださったこと、感謝しか

 ありません」



 私はうんと頷くと、もう出るわ!と言って、リアンがお風呂から出る準備してくれる。

 慣れた手つきで私の体を拭き夜着を着せていく。

 濡れた髪をタオルで水気をとり、オイルを塗っていく。

 すると艶々の髪になる。元々くせっけである私は、デリアの調達してくれるこのオイルのおかげで綺麗なくせのある髪になっている。

 ジョーは、羨ましいことにジョージアに似てサラサラストレートの綺麗な髪なのだ。

 母娘でも全然質の違うことをリアンに愚痴をこぼすと、どちらも綺麗な髪ですよ!と褒めてくれる。

 お母さんのような温かい感じがする。実際、リアンは2児の母ではあるのだけど……私と大違いねと笑うと、そんなことないと言ってくれた。



「ジョー様は、ちゃんと、アンナリーゼ様を見て成長なさっていますよ!

 ジョー様は、ちょっとお転婆さんみたいですけど、レオノーラもミレディアも

 含めて、子どもたちはアンナリーゼ様を慕ってますから!

 毎日聞く話は、レオノーラもミレディアもアンナリーゼ様の話ばかりです」

「そうなの?そういえば、今日レオにあったわ!

 ウィルにすごく懐いていて、よかったと思っているのだけど……二人とも無理は

 してないかしら?」

「えぇ、大丈夫です。ウィル様はとても二人を大事にしてくださいますから!」

「そう、よかった。出産が終わったら、私、ミアの淑女教育をすることになる

 から、よろしくね!」

「直々にですか?そんな恐れ多い……」

「いいの!させてちょうだい!まぁ、ナタリーの方が適任だと思うけど!」



 私たちは笑いながら、私室へと向かう。

 先にノクトの方で仕事を終えたデリアが中で待っていた。

 部屋中を歩き回り、毒のチェックをしているのだろう。



「デリア、お待たせ!」

「おかえりなさいませ。アンナリーゼ様、一枚何か羽織ってくださいませ。

 春とは言え、お体に障りますよ?」



 そういうと、デリアが薄手のブランケットを持ってきてくれ羽織る。

 やはり1枚羽織るだけで、とてもあたたかい。



「ありがとう、デリア」

「恐れ入ります。それで、アンナ様、お話とはなんでしょうか?」

「あっ!リアンもそこに座ってくれる?」



 畏まりましたとデリアとリアンがソファに腰を掛ける。



「他でもないんだけどね?そろそろ、デリアを私に戻そうかと思っているの。

 リアンがどうとかではなくて、元々リアンの仕事が公爵家の侍女として仕事がこなせるまでって

 ことになっていたと思うから」



 リアンは、一気に青ざめてしまっていた。

 私は、リアンに不満があるわけではないのだ。

 できれば、デリアだけでなく、リアンにも側にいてもらえればどんなに心強いかと思っている。

 でも、デリア以上に私の側に置きたいものはいないのも事実なのだ。

 だから、そろそろ、いいのではないかと思っての提案であった。



「勘違いしないで、リアン。

 私は、この短期間で公爵家侍女としても恥ずかしくない程に、あなたをかって

 いるからなのよ!

 私だけでなく、デリアもそう。

 それに、私の担当が外れたとしても、あなたは公爵家の侍女には変わりないし、

 ここで一緒に暮らすのですもの。

 何も恐れることはないわ!私はあなたも手放すつもりはないから安心して。

 公爵家侍女として、今度は客人を相手に働いてもらうことになるだけよ。

 相手は、ノクト。前も言ったけど、本当に私にしていたような仕事だけをして

 くれたらいいから!

 何かあれば、私かデリアに言ってくれて構わないし、客人として扱っているけど、

 ただのおじさんでなんならデリアやリアンと同じ従者だから」



 ノクトのことを考えているのだろう……まぁ、あのおじさん、私と一緒で出歩く癖があって、こっちにいないこともあるので、本当に私の相手と変わらないはずだ。

 意を決したようで、唇をぎゅっと結んでから、リアンは開いた。



「アンナリーゼ様、至らぬところあるかもしれませんが、よろしくお願いします」

「うん、じゃあ、明日ノクトに紹介してから、デリアから引き継ぎを受けて

 くれる?」

「畏まりました」

「あとね、私の出産……前も後も、手伝ってね?」



 冗談っぽく言っているが、冗談ではなく本気だ。

 伝わったのだろうか、柔らかい微笑みを浮かべはいとリアンは返事をしてくれた。



「デリア、そういうことだから、また、よろしくね!」

「ノクトの方が、楽だったんですけどね……」

「それ、どういうこと?」



 ボソッと軽口を言うデリア。

 あぁ、ノクトに毒されたのだろうか?とデリアを見つめると、見つめ返してため息までつかれた。



「あの、デリアさん?」

「なんですか?アンナ様?」

「私の侍女、嫌かしら……?」

「そんなことは、ございません!帰ってこれて、嬉しいに決まってます!

 アンナ様、しっかり管理しますから、余計なこととか、急にどこかへ出かける

 とか、脱走するとかしないでくださいね?」



 圧力が……すごいが、どれもこれも身に覚えのあることばかりで、私はデリアにはいと返事をするのである。

 返事だけになりそうではあるが、とりあえず、出産前後までは、叱られるのは辛いので、大人しくデリアに従って生活をしようと心に誓った。

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