第325話 それぞれの進捗Ⅲ

「終わったか?」

「えぇ、今終わったけど……待っててくれたの?」



 私は珍しく遠慮がちに部屋に入ってきたウィルに視線を向けると、後ろに小奇麗なレオがついてきていた。



「あら、レオ!久しぶりね!」

「アンナ様、お久しぶりです!あの、お加減が良くないって聞いたんですけど……

 大丈夫でしょうか?」

「病気ではないから、大丈夫よ!気にかけてくれてありがとう!

 それにしたって……レオは、ウィルに似なくて、とっても礼儀正しいよね!」

「あの屋敷で生き残るためのレオなりの処世術だよ。俺には、普通に話すように

 なったし、なっ!?」

「うん、父様!」



 その様子を見ると、私がトワイス国へ行っている短期間で、すでにウィルとレオの信頼関係が出来上がったようだ。

 元々ウィルの人懐っこい人柄に警戒する人ってそれほど多くはないだろう。

 どんなにしっかりした子だと言っても、まだ、子どもであるレオもウィルが一緒にいることで頼れる大人が側にいて安心できるようである。

 何よりウィルは強いから……守ってもらえる安心感は、半端ないだろう。


 親子になったウィルとレオを微笑ましく見ていた。

 そのとき目についたのが、レオの着ている服で、ちょっと古い気がする。

 古着にしては、かなりいいものであるように見えた。

 もしかして、ウィルの着ていたお古なのだろうか?気になったら聞いてみることにした。



「ウィル、レオが着ている服って、ウィルの服だったりする?」

「俺の服じゃないけど、俺の兄貴の服だったりする。実家から送ってもらったんだ。

 ミアの分も頼んだら大量に来て、ちょっと困ってる。

 姫さんなら想像つくだろうけど、俺の服なんて、あちこち破れてつぎはぎだらけ

 だったぜ!

 最初の頃こそ、服は買ってくれてたけど、すぐ破るし、泥だらけにするし、その

 うち兄貴たちのお古を着せられて、貴族らしい服なんて子供の頃に着た記憶

 なんてほとんどない」

「身に覚えがありすぎて、何も言えないわ……」

「だろ?姫さんは、俺とそんなに変わらない幼少期をおくっていただろうって

 思ったぜ!」



 ニヤッと笑うウィルに反論せず、ニコリと笑い返すと、理解できないレオは私とウィルの顔を何度も見ている。



「父様、アンナリーゼ様、どういうことですか?」



 とうとう、わからなかったので、レオは聞いてくる。



「あぁ、姫さんはな、じゃじゃ馬なんだ。近衛隊員をぶちのめして嬉々としている

 ような。小さいときも、きっと、ぼうっきれを持って、ドレスを泥だらけに

 したり破いたりしていたんじゃないかって話したら、まさにそうだったみたい

 だな!レオの憧れを崩して悪いが、姫さんは強い前に令嬢としてはちょーっと

 ばかし、暴れ馬なわけだ!」

「そうなんですか……?父様は、そんなアンナ様が好きなんですね!」



 子どもって……すごいな。なんでも見ている。

 ウィルの顔が、赤くなっているのを見てみないふりをして、私は何も言わなかった。

 予想だにしていなかったレオの不意打ちにきっと恥ずかしくなったのだろう。



「あぁ……その、なんだ。

 アンバー領地をローズディア1番の領地にしたいって張り切っている姫さんは、

 好きだぜ!

 その……人として、あぁ!こう……公爵として頑張っているからな!」

「ウィル……そんなに動揺しなくても……

 レオ、私もウィルのことが好きよ!

 友人としても、領地改革を助けてくれる仲間としてもとても頼りにしているの!

 レオも、そうでしょ?」

「はい、頼りにしています!」

「でしょ?だから、レオもウィルのこと大好きになってくれると嬉しいな!」

「僕は、父様のこと好きですよ!

 アンナ様みたいにとっても強いですし、イロイロなことを教えてくれますから!

 今度、アンナ様の弱点考察?を父様と一緒にするのです!」

「そう……弱点考察ね……もう、二度とウィルとは、踊ってあげないわ!」

「い……いや、待って!俺の目標なんだから、弱点考察は必要だろ?」



 ウィルは慌て始めるが、私はもうウィルに勝てる気が全くしない。

 この前のアンナリーゼ杯で勝てたのは、実力ではないだろう。たまたま勝てたのだ。

 毎日鍛えているウィルに勝てることなんて……もう、ひとつもないような気がして、私は自分の掌を見る。

 剣を握り続けてきた手は、豆やらたこやら……まったくもって令嬢らしからぬ手である。

 でも、これが私が選んできた道なのだと開いていた掌をぐっと閉じる。

 この手でつかめるものなら、死ぬ瞬間までできる限り掴み続けていくつもりだ。

 ほんの一握りしかつかめなかったとしても、私が掴んだ者が、また、何かを掴んでと未来に向かっていい連鎖を期待して。



「この前のが、最後よ!もう、ウィルにもエリックにも勝てないから……勝ち逃げ

 するわ!だから、ウィル、一生、私を目標にして研鑽に励んでね!!」



 笑いかけるとガクッと肩を落としたウィルと僕とは手合わせしてくれるかと問うてくるレオにニッコリ笑いかけるのである。



 わざわざ、レオを連れて雑談をしに来たわけではないだろう。

 報告があったはずなので、私はその話を促すことにした。



「預かっている警備隊なんだけどさ、今、訓練用のメニューを変えて鍛え直して

 いるところなんだけどね……なんとも言えない感じなんだわ。

 ちょっと練習メニューがきついのかな?近衛ではこれが普通だったから、見て

 くれねえか?

 このままじゃ、辞めちまうヤツまで出てきそうでなんか悪い気がして」

「辞めるなら、それもそれでいいのだけどね……見せて!」



 私はウィルから訓練内容を見せてもらったのだが、確かに近衛でよくされる訓練である。

 ただ、新人訓練から始めたとしても、今の警備隊にはついて行くことすら無理だと私は思っているだが……ウィルが用意したのは、かなりハードな訓練メニューである。



「ウィル、これ、たぶん領地の警備隊では、耐えられないと思うわよ!

 近衛の新人訓練よりもっと緩く始めないとダメね。

 持久走も10キロから5キロにまず減らしましょう。素振りも少し減らして……

 後は、この中で、みんなが楽しそうにしている訓練って、やっぱり模擬戦

 かしら?」

「あぁ、その間は、応援だけでよくて、休めるからな!」

「じゃあ、1ヶ月の勝ち星戦をしたらどうかしら?同じ人とは1戦までできないよう

 にして、模擬戦をするの。

 それを見えるように張り出す。もちろん、相手はウィルでもいいし、ウィルを

 賞品としてもいいけど……強すぎるから誰もウィルと戦いたがらないでしょ?

 賞品がいいな……葡萄酒1本とかどうかしら?

 なんなら、可愛いあの子とデート券とかね?私、張り切って声かけるわよ!

 可愛いあの子!」

「賞品で釣るか……あんまりな気がするけど、それで気合入れてくれるなら安い

 ものか。可愛いあの子って誰だよ!」

「ん?優勝した人の想い人を紹介してあげる!あくまで、紹介だけね!

 振られることもあることも……そこは、折り込んでもらった上でだけどね?」

「あぁ、そういうことね……それは、俺としては、賞品じゃなくて普段から

 頑張って欲しいところではあるけどなぁ?

 姫さんに世話になるって……じゃじゃ馬しか回ってこないじゃん!」

「どういうことよ!じゃじゃ馬って……!」

「ナタリーにデリアにシルキー様にエリザベス様、イリア様……あぁー最近だった

 ら、カレン様もか?

 どこ見ても、強そうな女の人ばっか……イリア様なんて、紅茶事件もあったし、

 気性は荒そうだよね!」

「みんないい人ばかりよ!」

「姫さんにしたら、付き合いやすいだろうね!なんたって、馬が合いそうな女性

 ばかりだから!まぁ、一回やってみるわ!おもしろそうだし」



 アンナリーゼ杯は、とっても安上がりだった。

 賞品が私と1日デート券だったわけだから……でも、何か、賞品はあった方がいいだろう。

 少しでも、訓練に身が入ってくれるなら、少々の賞品で領地の警備が底上げされるなら、安いものだ。

 それも、ウィルが出してくれるとありがたいが、そういうわけにもいかないかなと思っていた。

 覗き込むと、私の提案を真剣に考えているらしいウィルは、ポケットマネーでしてくれるようである。

 何を賞品にするのか、とても楽しみである。

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