第327話 楽園に降り立った招かざるもの

 トワイス国から帰ってきてから、わりと穏やかな……日々は、過ごしていない。

 あれから、悪阻がひどくなり……食べられなくなってしまったのだ。

 それ以外は、全く何事も起こっていないけど、私にとって辛い毎日であることには変わりない。

 私は、机の上に突っ伏したいのも我慢して、椅子の背もたれに体を預けた。


 見かねた従者たちが執務椅子をふかふかと気持ちのいいものに変えてくれたおかげで、よっかかる場所ができ、日長1日、みんなが持ってくる決議にハンコを押しているのが仕事であった。

 ただし、侍女がリアンから元のデリアに戻ったことにより、働く時間とプライベートな時間はきっちり管理してされるようになった。

 おかげで、夜遅くまで執務をしていて不規則だったのが規則正しい生活に戻ったのだ。

 管理されている!って感じがして窮屈に思うこともあったが、デリアのおかげで、私はきちんとジョーとの時間もとることができる。


 問題視してた、ジョージアをパパと呼ぶ訓練は、いまだ続いているが、本人がいないのでなかなか進まないのである。

 もう、『ウィル』の方がちゃんと喋れるようになってしまったので……隠すことができないなとため息ものである。


 レオやミアが、毎日昼間に時間を見つけて来てくれていて、ジョーにかなり話しかけてくれているようで、だいぶおしゃべりも上手になってきたようだ。

 子どもの成長って思っているよりずっと早い。

 私の方が取り残されそうなくらいの早さで成長していくので、デリアにジョー様の側でいる時間も作れと叱られたことも、とても納得である。



 そして、先日、両親からもらった贈り物は、どれもこれも1歳児には早いものばかりであった。

 ただ、あっという間に使うようになるということで、くれたものばかりなのだが、ぬいぐるみとか好きそうなものだけ先に出してある。

 今は何でも触って握って投げてと侍女のエマは回収に大変だそうだ。


 絵本はものすごく好んでいたので、出来た時間によく読んであげていた。

 どうも、お姫様が王子様と出会う恋物語より、ドラゴンとか勇者とか出てくる本が好みのようである。

 何かものすごく他人ごとに思えない。

 もちろん、私が生んだ子どもではあるのだけど、昔、父に言われた言葉が確か……似たような話だった気がするだけど……兄に買ったはずの絵本が……とかね。

 今、ジョーに読んであげている話は、私が大好きな話で本がボロボロになるまで父に読んでもらった記憶がある。

 さすが、母娘ってことなのかと思うと、両親の苦労を今更ながら感じた。

 22年しか生きていなくても、振り返る想い出はたくさんある。



「ジョー、お転婆でもじゃじゃ馬でもいいけど……上手に生きなさいね!

 デリアみたいなとっても頼りになる従者やウィルたちみたいな素敵な友人たちを

 たくさん集めて、心ゆくまで自由に生きてね?」



 私の前に座って絵本を見ているジョーの頭を撫でると、ニコッと笑ってこっちを見上げてくる。

 ジョージアそっくりのトロっとした蜂蜜のような瞳にツヤツヤの銀髪。

 私くらいに育ったこの子を知っていると言えど、美人に育ってね!と撫でると嬉しそうに笑っているのだ。



 この先、この子にどれだけの災いが降り注ぐのだろうか?

 災いや不幸が降りかからないものは、誰一人いないだろうが、我が子にだけはそういったものが降り注がないでくれと祈らずにはいられない。

 祈ったとしても、降りかかることがわかっている私やこの子は、まだいいのかもしれない。

 未来に向かって、対策を練る時間が与えられているのだから。



「ママ!」



 私に指をさしていきなり話始めた。



「なぁにぃ?」



 エイッと私に抱きついてきたので、とても驚いた。

 咄嗟のことでもちゃんと受け止められたのでよかったが……ちょっとヒヤヒヤする。



「わいしゅき!」

「わいしゅき?」

「ママ!わいしゅき!」

「大好き?」

「フォキュ、ママ、わいしゅき!」

「ありがとう!私も大好きよ!」



 ぎゅーッと抱きしめると喜んでくれているのか、きゃっきゃっと嬉しそうに声を出している。

 少しづつだけど、言葉を覚えてきているのか、単語ではあるが、話す言葉が本当に増えてきて、微笑ましい。

 こんな穏やかな日々がしばらく続くいいなぁーなんて漠然と考えていた。



 悪阻はあれど、何とも微笑ましい日々を過ごしていたところだった。

 それが、どういうわけか……領地に、私の楽園に、招かざる人がやってきた!

 呼んでもないのに!!来るって連絡もなかったのに……!!




 ◆◇◆◇◆




 早起きなのは、自覚がある。

 最近、よく眠れていないこともあるので、若干起きてからも夢うつつではあるのだが、今朝は、いつもと違う朝を迎えた。


 侍女が変わったからとかそんな小さなことではない。

 いつも冷静沈着なデリアが大慌てで私室の扉を大きな音を立てて開く。

 バーンと開かれた扉に起きていたとは言え、何事かとものすごく驚いた。



「デリア、どうしたの?朝っぱらから……取り乱して、大丈夫?」

「アンナ様、あの、早急に着替えて……整えて応接室へお越しください!

 公世子様が、屋敷にお見えです!」

「屋敷って……ここぉ?」



 半分寝ぼけてデリアに聞き返すとデリアは頷いている。



「そうです!お早く支度を!」



 まだ、朝も5時……6時前だ。

 何事か知らないが、屋敷を訪れる時間にしては、早すぎるし、何の前触れもなく来るのは、規則違反である。

 暗黙のではあるのだが……いくら何でも、常識がないように思って、私は顔を顰める。



「いったい何の用なのよ!こんな朝っぱらから!」



 私が愚痴を言いたいのだ。侍従達は、もっと言いたいだろう。

 デリアに寝起きの私をきちんと整えてもらい、屋敷の応接室へ急ぐ。



 慌てて支度をしたせいなのか、ネイトも機嫌が悪いのか、あぁ、ダメ……気持ち悪い。

 私は、急いでいるのに、くらくら貧血のような症状をおこして廊下でしゃがみ込んでしまう。



「アンナ様!大丈夫ですか!」



 口元に手をあて話すこともかなわず、私は、うんうんと頷きデリアに答える。

 そんな状態でもデリアに抱えて支えてもらい、応接室のいつもの倍以上の時間をかけ、ゆっくりゆっくりと前まできた。

 これで、くだらない話なら……どうしてくれようか!と私の内の中で感情が荒ぶる。

 できることなら、このまま寝そべるか、執務室のふかふかの椅子に体を埋めたい。



 気持ち悪さも貧血のような症状も少し落ち着いてきたので、息を整え、応接室をノックし部屋の中に入るのであった。

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