第187話 第1回アンナリーゼ杯Ⅶ

「では、俺の姫君、踊っていただけますか?」




 私の名前を冠にした模擬戦の大会は、いよいよ決勝戦が残るだけとなった。

 決勝の相手は、ウィルである。

 私に手を差し出し、さもダンスでも踊るかのような誘い文句で私を試合会場へエスコートしてくれる。




「ドレスコードが、男装じゃなんだか締まらないな……」

「そうかしら?

 最高のダンスを踊ってあげてよ?」




 ニカッとウィルは笑って、私を挑発する。




「じゃあ、最初からハリー君と踊れるかなぁ?」

「ハリーか……

 ウィルが、ハリーを連れてきてくれたら、いくらでも踊り続けてあげるよ!」




 たわいもない話をしながら、それぞれの開始線につく。




 午後から行われた決勝戦は、近衛だけでなく王宮で働く人もちらほら見に来ている。

 その中にセバスの姿も見つけていた。



 私は勝って、ウィルとセバスがどうしても欲しいと公世子にお願いするつもりだ。

 だから、全力でウィルを叩きのめしにいく!

 覚悟なさい!



 久しぶりにウィルと対峙できることに高揚しているのがわかる。

 心臓は高鳴り、なんだかふわふわと夢見心地だ。


 模擬剣を一振りすれば、ふわふわした気持ちが、スッと私の中に溶け込んでいく。

 さいっこうの蕩ける笑顔を見せたとき、審判の声が響き渡る。




「始めっ!」




 審判の声と同時に動き始める私と、それをわかっていて待ち構えるウィル。

 静と動と相反する二人であるが、一気に会場の熱はあがった。




 1年前と全く違う空気を纏うウィル。

 先ほども感じていたが、対峙するとそれが如実にわかる。

 いつもの飄々としたなりは潜め、隊員の命を預かる中隊長の顔になっている。

 ただ、ウィルも口角が上がっているのを見ると、私との対戦を楽しみにしていてくれたのもわかった。



 手加減は、一切しない。

 まだまだ、出産前には程遠い私だけど、今の精一杯で戦うのだ。

 私も自然と口角が上がる。




「いっくよぉ!」




 その一言から始まるダンス。

 言葉はなくても模擬剣から伝わる言葉もある。



 打ち合えば、重い衝撃が体に響き、力ではもう勝てないなぁーっと実感する。

 体術も剣術ももうウィルには勝てないような気さえしてくる。



 あぁ、そうそう、ウィルとはこんなダンスをしていたわ!と思うが、今のウィルではこれは似つかわしくない。

 次にお兄様のダンスに移行すると波長が合っていない。

 でも、決定打にかけ、打ち込まれる剣戟でこちらが摩耗してきた。

 もともと殿下のリズムは、ウィルの大好物なので入れない。




 あぁ、やっぱりあなたなのね……ハリー!




 ハリーとのダンスを彷彿させる剣戟にまだ、ウィルは完全についてこれない。

 ただ、以前に比べれば、格段に防御されていく。




 ふと思った。

 ジョージア様はと……



 ジョージアとのダンスは、心躍るとてもとても楽しいものだ。

 じゃじゃ馬だとみんなが言う私を「女の子」にしてくれ、さらに「女性」として花開かせてくれるような華々しいダンスをしてくれる。


 ジョージアが他の人と踊っていることは、数回見たが、あんなに楽しそうに踊っているのは見たことがなかった。



 私は、ハリーとの思い出を断ち切るように一旦足を止める。



 それに驚いたのは、むしろウィルの方だった。

 でも、ウィルも優勝を目指しているのだから、止まった私に切りかかる。




 その瞬間、私は動いた。

 ジョージアが、青薔薇のドレスを皆に見せるため踊ったように……

 体を大きくのけぞらせ、勢いそのままに、ウィルの脇腹目掛けて模擬剣を叩き込む。

 私の打ち込んだぐらいでは、体幹がしっかりしているウィルにはびくともしない。

 なので、そのまま右脇に向けて脇腹から上に切り上げた。



 幸いなことに利き手側を狙ったおかげで、ウィルがひるむ。



 一歩下がって、間合いをとり、そのまま勢いに乗せて体当たりをする。

 バランスを崩していくウィル。

 もうひといきと、倒れかけるウィルの左脹脛を思いっきり模擬剣で叩く。



 少々荒いことをしても、ウィルなら大丈夫だ。



 そのまま馬乗りの状態になりウィルの首の横に模擬剣を地面に刺す。




「おっと……」




 はぁ……っと、私は大きく息を吐く。




 すると、私の頬をウィルの手が拭っていく。

 ポタポタとウィルの顔に涙が落ちていく。




「勝った人の顔じゃねぇーな……」




 私の顔をみて、苦笑いするウィルに私は、目元をゴシゴシと服の袖で拭って笑う。




「完敗だなぁ……

 初めてだな、これ」

「そう……

 ジョージア様とのダンスだよ!」

「なるほどな、ハリー君よりよっぽど強いはずだ!!」




 ウィルに乗っかったままの私を抱きかかえながら起き上がるウィル。

 はぁ……ジョージ様にも完敗だなと、小さく呟いた声も耳元に聞こえてくる。




「勝者、アンナリーゼ様!」




 審判の勝名乗りをした瞬間に大きな歓声が響く。

 私は驚きウィルの上から飛び上がる。

 下を見下ろすと、起こしてと手を伸ばしてくるウィルに手を差し伸べて立たせる。




 すると、二人にさらに喝采が鳴り響くのであった。






「では、アンナリーゼ杯の優勝者は、アンナリーゼそなただ!」





 公世子に表彰をしてもらったのだが、景品である私が優勝してしまったため何もない。




「公世子様、私が景品だって伺っていますけど!」

「あぁ、そなたが景品だ。

 でも、そなたがそなたとデートはできないから、ご破算だろ?」

「それなら、私欲しいものがあります!」

「なんだ?

 公妃にでもなりたいとかいうのか?

 それなら、いくらでも許可するぞ?」

「そんなものいりませんよ!!

 私がほしいのは、そこにいるウィルです」

「はぁ?男が欲しいと?」

「それじゃあ、誤解が生じますよ!!

 ウィルとあそこにいるセバスが欲しいです!」




 すると、あんぐりしている公世子。




「人数が、増えたのだが……

 それなら、俺でも問題ないんじゃ……?」

「えっ?

 公世子様なんていりませんよ!!!

 私が欲しいのは、友人であるウィルとセバスが爵位そのままに

 アンバー領に貸してほしいのです。

 無期限で!」

「姫さん、さっきからなんか誤解を招くようなことばっか言ってるぞ?」

「ウィル!

 間違ってないわよ!

 あなたとセバスが欲しいのは、もうずっと前からだもの!」

「あぁ、はいはい!

 姫さんは、一旦黙ろうか?」




 ウィルに言われて私は、黙った。




「公世子様、私ウィル・サーラーは、公世子様の近衛の任につくことを

 辞退させていただきます。

 アンバー公爵夫人が申された通り、私は、この方のおかげで今があります。

 この方が私を望んでくださるなら、共にありたいと思っておりました。

 滅多にないこの機会に、どうか、アンナリーゼ様の申出の通り仕えさせて

 いただきたく存じます」




 ウィルの言葉を噛みしめる。




「公世子様!!」




 2階席で見ていたであろうセバスが、息を切らしながら走ってくる。

 はぁはぁと荒い息を整えながら跪いている。



「私もアンナリーゼ様の望みであるならば、このウィル・サーラーと共に

 仕えたく存じます。

 私は、アンナリーゼ様に見出していただいたおかげで、爵位を拝命することが

 できました。

 この方が、私の人生の全てです。

 この方を支えていきたいのです。

 どうか、ご無礼をお許しください!」




 セバスの言葉を胸に刻む。




「公世子様、私、優秀な彼らをローズディアから引き抜くことを

 ずっと考えていました。

 学園での友人であり、私の師であり、私の大切な仲間。

 まだ、他にも引き抜きたい人材はたくさんいるのですけどね!

 ダメですか?

 優勝賞品に、彼ら二人を私にください!」




 はぁ……と、大きくため息をつく公世子様。




「あぁ、わかった。

 そこまで言うなら、好きにして構わない!」

「やった!

 公世子様ありがとう!!」




 喜びのあまり、私は公世子に抱きついてしまった。

 しまったと思ったときには、遅かった。




「ハハ……捕まえた。

 さて、このまま、一緒に……

 いた…………」

「残念です。

 私、不覚にも、公世子様に抱きついてしまいました……」




 引き離してから、頬に手を当てて憂いを帯びた顔をして言うと、苦笑いをされてしまう。




「俺の妃になりたくないというのは、そなたぐらいだぞ……」




 私が踏んだ足をさすりながら、恨めしそうに私にいう。

 私もかがんで公世子に視線を合わせ、ニッコリ笑う。




「公世子様の相手なんて、大変そうで私にはとてもとても……

 心が寛大な方でないと、妃なんてなれませんわ!」

「いいと思うんだけどなぁ……

 見栄えも夜も……」




 その話には、何も答えずニコニコと愛想笑いだけを向けておく。




「それはそうと、俺の近衛って……」

「エリックを推薦します!

 とっても強いですし、ウィルが10年に1度の逸材なら、100年に1度の天才ですよ!」




 そうかとだけ呟いて、近衛団長を呼び寄せる。




 これにて「第1回アンナリーゼ杯」は終了となった。



 この大会、名前を変え、毎年行われることとなる。

 いつまでも残るこの大会名は「ATA杯」として、若手の研鑽と優秀な人材を見極めるための大会となった。

 初代女王としていつまでも、アンナリーゼの名前だけは、消えることはなかった

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