第142話 不機嫌と指南役

「ウィールー!あーそーぼー!!」

「姫さん……俺、仕事中。

 忙しいんだけど……」



 しごくまっとうなことをウィルに言われる。



「遊んでくれないの?」

「いや、だから、仕事中だって……」



 それでも、とぼけて私は質問をする。

 ウィルは、現在、近衛の訓練中で、仕事中なのだ。

 そして、邪魔をしに来ている私という構図であった。





「姫さんさ、機嫌悪いだろ?

 ジョージア様が朝帰りか、帰ってきていないかってとこ?」





 そう、そうなのだ!





 ウィルが言ったことは、本当だった。

 いや、別に、ジョージアには、ジョージアのお付き合いもあれば、第二夫人たるソフィアもいるので、別に一晩くらいいなくてもいいのだ。



 でも、ソフィアのところにいるにしろ、他の女性のところにいるにしろ、他の男性のところにいたとしても!




 夜、帰らないくらい、私に連絡くらいするべきだ!!






「もしかして、図星……?」





 剣を振りながら、私の相手をしてくれていたウィルだが、さすがに可哀そうだと思ったのかこちらを見る。




「なんで、ウィルはわかったの?」

「なんでって……姫さん、朝、鏡みたか?

 眉間にふっかぁーいしわが寄ってる!」




 そういって、ウィルは、自分の眉間を人差し指でもんでいる。




 ベンチに座って見ていた私に、手袋を脱いで近づいてきた。




「しかも、目の下、隠せてないぜ……」




 そういって、私の両目の下をなでる。




「姫さん、かなり、機嫌悪いだろ?」





 ドカッと私の座るベンチの横にウィルも一緒に座る。

 今さっき忙しいと言っていたはずなのにだ……


 二人でしばらく、無言で他の隊員の練習風景を見ていた。

 なかなか、いい素振りをしている隊員もいるようだ。





「ウィル様!

 こんなところでサボっていられたら困ります!」





 決裁箱いっぱいに、書類をもってやってきた男の子が、かなり怒っている。

 この男の子は、確か私がウィルに推薦した子であった。




「姫さんのお悩み相談が終わったらな!」




 ウィルがそういったためか、私はその男の子にキッと睨まれてしまう。

 なんだか、怖いのだけど……睨まれたので、とにかくにこやかに笑っておく。





 ウィルが、そうだ!と呟いてポンっと手を打ち鳴らす。

 何事かと私もその男の子もウィルをみる。




「エリック!

 その決裁箱、くれ!

 今すぐ、取り掛かる。


 んで、姫さん、エリックの相手してくれ!

 仕事も捗って、俺も相手しなくてよくて、エリックが強くなって、

 1度に3度おいしい感じ!」



 自分だけ納得したというようなウィル。

 ちなみに、ウィルは、1年で副隊長に昇進したのだ!

 だから、本当に忙しいのに、私の相手をしてくれている。




「ウィル……

 相手しなくていいってどういうこと……?」



 下から睨むようにウィルをみると、降参ポーズだ。




「機嫌の悪い姫さん相手にしたら、俺、今晩から病院送りじゃん!」




 じぃーっと見つめる。

 反対側からも、ウィルを見つめるエリックの姿がある。




「いくらなんでも、ご婦人と剣の稽古なんてできません!

 こんなヒラヒラしたものをきて、剣?

 おかしいじゃないですか!?」

「エリック……

 それ以上言わない方が、お前のためだ!

 俺の姫さんは、言っておくが、近衛よりかなりかなりかんなーり強いぞ?

 あと、機嫌が麗しくないから、相当、ぼっこぼこにやられるはずだ!

 じゃ!いってこい!」

「ウィル様!!」





「姫さぁーん!手加減忘れずにな!」





 ウィルは、決裁箱を持って、さっさとこの場を離れていく。

 取り残されたエリックという男の子は、ため息まじりで、このご婦人どうするんだよ……とか呟いている。



 なので、年長者として、私から声をかけることにした。




「あなた、エリックっていうの?」

「はい。あなたは誰ですか?」

「私?アンナリーゼよ!

 ウィルとは、学園で一緒だったの!」

「そうですか……

 あなたのような女性が剣をふるうなんて信じられません!

 遊びじゃないんですから、今日は、お引き取りください!」



 そんな風に言われたのは、初めてだった。

 私のことを知らない人は、たいてい、そういう評価なのだろうか?



 エリックも私を相手に剣の練習をしろと言われて、かなり不機嫌だ。

 私もジョージアのことで、かなりかなり不機嫌だったので、エリックに私のお稽古を遊びと言われ、さらに不機嫌になる。




 私は遊びで剣を振ったことなんてない!

 未来のために、振り続けてきたのだ!

 私の中では、母の教えを誇りに思ってきたのにだ。




 それなのに、こんな子供に遊びだと言われれば、大人の対応と言われてもカチンときた。




「いいわ!相手してあげる。

 舐めてかかると痛い目に合うから、覚悟なさい!」




 私は、ウィルの置いて行った真剣を手に取る。

 模擬剣に比べれば重いが、片手剣くらいなら私にだって使える。





 真剣を抜いてエリックにつきつける。

 安い挑発に乗ってくれて何よりだ。



 エリックは、私の剣をくだらないと跳ねのけた。



 ニコッと私は笑う。

 昨日、寝ていないうっぷんを晴らすかのように、踏み込んで、踏み込んで、踏み込んでいく。

 防戦ばかりのエリックの隊服は、少しずつ切り刻まれていく。




「切り込んでこないの?」




 くっと苦虫を嚙み潰したよう顔をしていたエリック。




「じゃあ、もう飽きたからおしまい!」




 次、踏み込んでおしまいだ!




 キンと音がした。

 エリックの剣が折れたのだ。




 見開かれたエリックの赤い瞳。

 信じられないという目であった。



 ヒューっと口笛が聞こえてきたので、そっちを見るとウィルが私達の真剣勝負を面白そうに見ていた。




「エリック、決裁終わったぞ!

 じゃあ、第2戦としゃれこもうか?姫さん!」




 その声とともに模擬剣を投げてくる。

 私は、真剣を放り投げ、その模擬剣をパシッと受け取る。




 次の瞬間には、ウィルが切り込んできていた。

 一歩下がっていなして、剣をウィルに向けなおす。

 ウィルも後ろに下がって、距離を取った。




 間合いを図る。

 さっきまでの怒りも不機嫌さもなく、私の感覚は、どんどんと研ぎ澄まされていく。



 次の瞬間、ウィルが攻めてきた!


 下に構えていた私は、ウィルから繰り広げられる剣戟を躱したりいなしたりして、さばいていく。




 一瞬だけ、ウィルに油断ができた。

 でも、罠の可能性は高い。


 どっちだろう?と迷えば、まず、負けるのだ。

 あえて作ってくれたのかもしれない隙を利用させてもらことにする。




 案の定、作られた隙だったので、もう少しで初黒星だったのだが、ウィルの背中を上手に使うことができたため、クリンと背中を背中で回って首をとった。




「降参、降参っと……」




 10分ほどの模擬戦は、いつの間にかみんなが固唾をのんで見守っていてくれたようだ。




「さすがだな!」

「はぁ、すっきりした!

 ありがとう、ウィル!」



 ニッコリ笑うと、その方がいいよとウィルがいってくれた。




「あの……アンナリーゼ様は、どちらの方ですか?」

「どちらって……?アンバー公爵家のものよ?」

「えっ……?

 もしかして、アンバー公爵夫人ですか?」

「えぇ、そうよ!」

「あ……あの……大変、失礼いたしました……

 その、罰は、なんでもお受けします……」




 あぁーっと私は、エリックを見た。




「気にしないでって言いたいけど……

 じゃあ、あなたの腕をみこんで、1つお願いしたいのだけど……」

「姫さん、あんまりエリックをいじめないでやってくれる?」

「まだ、何もいってないじゃない!」



 私とウィルの気安そうに話すのをエリックは、ポカンと見ている。



「あの、差し出がましいですが、ウィル様。

 アンナリーゼ様にそのような口の利き方は、失礼なのではないでしょうか?」



 ふははは……

 ご婦人らしからぬ笑いは私だ。




「ごめん、ごめん。

 ウィルは、これでいいのよ!

 エリック、お願いっていうのはね、ウィルと同じくらい強くなって、

 私の娘の指南役になってほしいの!」

「姫さんのハードルは、高いな……俺と同じくらいって!」

「そんなことないと思うよ?

 センスは感じるもの!きっと強くなる!」




 私は、エリックを褒めると、ウィルもうんうんと頷いてくれる。




「ありがとうございます!

 しかし、娘さんの指南役でしたら、ウィル様に……」

「ウィルは、そのうち私のお手伝いしてくれるから、ダメ!」

「ていうか、姫さんの子供って、娘なの?

 とんでもじゃじゃ馬じゃん!?」




「まだ、生まれてませんし、とんでもじゃじゃ馬じゃありません!」




 私が憤慨すると、ウィルが笑う。





 私達の様子を見ていたエリックや隊員たちは、この会話を、少し遠い目をして聞いていたのは言うまでもないことである。

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