第141話 後始末

 さて、結婚式から2日後、私は、庭で披露宴に送られてきた黒薔薇の始末を考えているところだ。

 毒が塗られていた以上、おいそれと捨てられず、何かしらの対処は、必要だった。




 どうしたものかと、私は、大きな箱を眺めていた。




「いたいた!

 アンナリーゼ様、こちらにいらしたのか!」

「あら、ヨハン教授、今日はどうかしたの?」



 ヨハンは、私を探していたようだ。



「先日の黒薔薇ってまだ、処分してないか確認をね!」



 そう言って、私の横にヨハンは、並ぶように箱の前に来たのである。



「黒薔薇なら、目の前よ?

 どう処分したらいいのか迷っているの……」

「それ、私にくれないか?」

「一体、どうするの?」



 研究バカのヨハンのことだ。

 きっと、何かの研究をするに違いない。

 研究費も馬鹿にならないのだ。

 タダで提供されるものなら、喉から手が出るほど欲しいはずだった。


 しかも、毒が塗布されている高級品の黒薔薇だ。

 毒のスペシャリストなので、無闇矢鱈とそこらへんに放置しないだろうと思い、全て任せることにした。



「これ、全部あげるわ!

 ただし、毒だからね!

 他に漏れるようなことだけはしないで頂戴!


 川に流れるとか山に埋めるとかそういうことは絶対ダメだからね!

 アンバー領の皆さんにご迷惑かけるようなことは、絶対絶対、ダメだからね!

 それが守れるならって話よ?」

「あぁ、それは、大丈夫。

 無毒化の実験するだけだから。

 無毒になったら別になんてこともないだろ?」



 こともなさげに、ヨハンは言うが、無毒化されたかどうかはどうやってはんだんするんだろうか?

 あぁ、自分か助手が触るのか……

 マッドサイエンティストじゃないのか……疑いたくなるが、実際、私はヨハンにより、何度も命を助けてもらっている。



 毒の知識や解毒剤って本当に助かるのだ。

 せっかくの結婚式も披露宴も台無しにならずに済んだ。

 ちょっとしたアクシデントに見舞われたくらいで、笑い話にできるのだ。

 これほど、ありがたいことはない。



「確かに……

 でも、それだけは守ってね!」

「了解です。

 あと、解毒剤も近いうちにまた、持ってきておくよ。

 使い切ったんだろ?」

「そうなの……お願いできる?」



 心得たといわんばかりに、手を振って、助手たちを呼び込んでいる。




「じゃあ、ありがたくいただいていきます!」



 サンプルをもらって上機嫌で、私に挨拶をして私の前から退出していく。






 私もパトロンなのだが、他のパトロンへの対応みたいに、ヨハンも、もう少し愛想良くできないものだろうか……?

 もう、きっと、研究とか実験とかに頭が切り替わってしまっているのね……

 とても、残念である。



 問題だった黒薔薇も処分できたことで、とりあえずホッとした。






「デリア、それじゃ、次にいきましょう。

 カルアは、まだ部屋にいるかしら?」

「はい、侍女の部屋にいると思いますが……」



 専属であるデリアは、私の隣に部屋が用意されているが、そのほかの侍女は、大部屋か個室が用意されている。

 カルアは、優秀なので、義母から個室を与えられていた。



「では、カルアの部屋に案内して!」

「アンナ様!?」



 私は、デリアの前を勇ましく歩くが、デリアにとめられる。



「ダメです!

 主人が行くような場所ではありませんから、カルアをアンナ様の部屋に

 呼び出します!」

「それじゃ、ダメなのよ。

 あと、メイド服貸してくれない?

 バレないように行きたいわ。」

「アンナ様!!」

「ねっ!?お願い……」



 デリアに手をこすりつけて拝み倒す。

 これでもダメなら、何をしたら聞いてくれるかしら……

 そんなことを考えていたら、ため息とともに仕方なさげに同意してくれる。



「アンナ様……

 ダメだと言っても、言うこときかないですよね?」

「そうね……

 目の届くところにいた方がいいわよ!」



 ちょっと、脅迫気味にデリアにお願いをしている。



「わかりました。

 私もついていきますからね!

 あと、メイド服は、私のでいいですか?」

「ありがとう!!」



 私の要望がかない、デリアに抱きつく。

 はいはいと、背中をポンポンっと優しく叩かれる。



「早速、準備ね!!」



 勇ましく、自室に戻るのであった。






 デリアのお古のお仕着せを借りて、私は着替える。

 胸のあたりが、少し緩いのは……仕方ない。

 デリア、大きいものな……胸のところをつまんで、ふわふわさせている。




「何をしているのですか?」

「デリアって、胸、大きいよね……?」

「アンナ様って、意外とソフィアに言われたことまだ気にしているんですね……」

「そんなことないよ……

 そんなことないけど、実際、こうね……思っちゃうわけよ?」



 ふわふわとしているせいで、風が顔に当たる。



「アンナ様は、気にすることはないと思いますよ?

 磨き上げている私がいうのですから、間違いなしです!」

「うん。そう思っておく……」





 それから、新人メイドを装って、カルアの部屋に押し入った。




 メイド服姿の私を見て、カルアはとても驚いていた。




「カルア、具合はどう?」

「おかげさまで、だいぶ良くなりました。

 明日には、復帰できると思います……

 大事な日にお騒がせして、大変申し訳ございませんでした……

 処分は、いかようにも……」

「処分?

 そんなこと考えていたの?

 それより、明日も1日お休みね。

 まだ、顔色が悪いわ!」

「そんな、めっそうもございません……

 ご迷惑をかけた上に、仕事まで休ませていただくなんて……」

「いいのよ。

 私、本宅の侍従が、働きやすい環境を作りたいと思っているの。

 だから、カルアに休めって言っているのは、そのための、媚売りよ。

 病気のときは、休めばいいんだし、元気になったらめいっぱい働いて頂戴」

「アンナリーゼ様、誠にありがとうございます」




 カルアは、私に感謝してくれる。

 でも、私の目的は、それではない……




「カルアのお部屋って、ちょっと埃っぽいわね……

 お休みするには、環境が良くないわ!

 少し、リビングで休んでいてくれる?

 デリアに掃除させるわ!」

「そんな!!

 大丈夫です!デリアにそのようなこと、頼めません!」

「デリアに頼むのは、私。

 私が望めば、デリアは聞いてくれるもの。

 ねっ!デリア」

「はい、アンナ様。何なりと、お申し付けください!」




 押し問答するつもりはない。




「デリア、カルアをリビングに連れて行って!」




 寝ていたカルアにガウンをかけ、肩を貸してデリアとともに出ていく。




 私は、この状況を作ることを待っていたのだ。





「やっとね……」





 時間はない。

 手あたり次第、探していく。





「これも違うし、これも……

 これは、家族からの手紙?

 これって……」





 そのあと何枚も手紙や指示書がでてきた。

 先日の披露宴でのことは、指示書がなかったので、自分での判断か偶然だったと推測できる。




 これだけあれば、とりあえず、いっか。

 家族ね……ちょっと、考える時間が、欲しいわね。




 手紙をくすねるとさすがにバレるので写しを作っていく。

 私の作った写しを元のところに戻し、原本は胸のあたりの空間にそっとしまう。

 便利ね……なんて思ったが、それも、なんだか悲しい話である。





「アンナ様!」





 うんとデリアに向けて頷くと、掃除道具を持ってきていたメイド見習いの少女と3人でカルアの部屋を片付けていく。




 綺麗にした部屋にメイド見習いの少女によってカルアを呼び戻しに行ってもらう。




「アンナリーゼ様、ありがとうございます……

 とても、綺麗にしていただき、なんとお礼したら……」

「いいのよ!これも主人として役目だから!

 明日、もう1日ゆっくり休んで元のカルアに戻って頂戴!」

「ありがとうございます……」

「いいのよ!

 じゃあ、お大事に!」




 私とデリア、見習いの少女は、カルアの部屋を後にした。





 部屋まで来ると、見習いの少女に掃除道具の片づけを頼み、私は着替える。

 胸から取り出した手紙の原本を鍵付きの引き出しにしまい、鍵を閉めた。




「アンナ様……いったいどこから……」

「胸のところから……ちょうどあいてたものだから……」





 手紙がなくなり、しぼんだお仕着せをみて、少し悲しい気持ちになったのは誰にも言わないでおこう……

 それより、自分専用のお仕着せを作ってもらおうか……本気で考えたところだ。

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