第143話 い……

 ウィルに遊んでもらって上機嫌で帰ってくると、玄関でジョージアが私の帰りを待っていたのか、うろうろと歩き回っていた。

 顔を見た瞬間に、先ほどの不機嫌が少し顔を出す。



 ディルに迎えられ、ただいまと声をかけると、ジョージアも早速、私の元に近寄ってきた。

 私は、何も見てませんよ!っていう態度で、ディルにと話をし続けようとしたが、気の毒そうにしているディルに申し訳なくて、ジョージアの方を見据える。




「アンナ……」

「なんですか?ジョージア様」

「いや……あの……昨日……無断外は……」

「いいのですよ?

 ジョージア様が、この家の旦那様ですから、お好きなときに帰ってきていただいても、

 お好きな時間に出て行っていただいたも、誰とどこにいようと私は、

 咎めるつもりはありませんから!」




 私のその言葉を聞いて、ジョージアは少しホッとしたような顔をしている。




 一応、新婚1ヶ月しか経ってないのだけど、ソフィアのこともあるので、私がとやかく言っても仕方がない。

 むしろ、それでも、ジョージアを選んだのは、私なのだから……




「ジョージア様が、玄関で、うろうろしているほうが、問題だと思うのですけど?」




 キッとジョージアを睨むと、先程、緩んだばかりの気持ちが、締まったようだ。




「主人がそれでは、下のものに示しが、つきません!

 今後、一切、玄関でうろうろと私を待たないでください!

 ディル、デリア、行きますよ!」



 その場にジョージアを残し、ディルとデリアと一緒に執務室へと向かう。




「アンナ様、ちょっと厳しいと思うのですけど……」



 デリアは、ジョージアへの言葉がきつかったのではないかと言ったが、いつもと違う私を変に思い、私の顔を覗きこみ悟ったかのように、私の手を引き、行先をサロンへと変える。

 ディルに温かい飲み物をお願いしてくれている。





「アンナ様、お辛いなら、言ってください。

 人払いしてありますから……」

「ありがとう、デリア。

 大丈夫だよ!

 ウィルに遊んでもらったから、体もほぐれたし、多少なり話を

 聞いてもらったから、心配されるほどじゃないよ!」




 ディルが、コトッとテーブルの上にミルクティーを置いてくれた。




「今は、こちらの優しい味の方がいいと思いましたので……」





 二人の気遣いが嬉しい。

 気分を落ち着かせるために一口飲む。





「私、子供っぽかったわよね……

 二人とも、見苦しいところを見せてしまって、ごめんなさい」

「いえいえ、大丈夫ですよ。

 連絡をよこさなかった旦那様が悪うございます。

 アンナリーゼ様は、もっと、旦那様に怒ってもよいのですよ?」



 珍しくディルが私を庇うような物言いだ。

 私が、落ち込んでいるように見えるのだろう。


 実際、少し落ち込んでいて、気丈に振る舞っているのだ。

 ウィルにまで寝不足だってことがばれているくらいなのだから、侍従のみんなにはわかっているのだろう。




 執務室から、サロンに移動したのだが、あの後も私を探していたのか申し訳なさそうにジョージアが入ってくる。


 デリアは、怒っているし、ディルにも緊張が走る。




「ディル、このミルクティーとってもおいしいわ!

 もう1杯とジョージア様にも」




 何ともいえない空気の中、サロンに用意されたテーブルにつくようジョージアを促す。




「あの、本当にごめん!」




 頭がゴンっと机に打ったかと思えるくらい勢いよく謝られる。




「だから、もういいですよ!

 第二夫人もいることですし、縛るつもりはありません!」

「いや……」

「しつこいです!」




 私だって、こんな話をするのは、嫌なのだ……




「終わりにしましょう。

 ジョージア様は、悪くありませんから、私の問題です」




 入れてもらったばかりのミルクティーを飲むと、気持ちも和らぐ気がした。

 でも、目の前に苦しそうにしているジョージアを見ると、いたたまれない。

 カップを置いて、そっと立ち上がる。




「ジョージア様、そんな顔しないでください。

 私まで辛くなります……」




 ジョージアを私にもたれかからせ、髪を撫でる。

 私がしたいようにさせてくれるので、好きなだけ撫でた。





 私の気持ちもそれと共に穏やかなものになっていく。




 ふと下を見たら、項垂れていたジョージアの首筋が見える。

 もたれかからせていたジョージアを座り直させ、私がしたことわ……




 首筋を思いっきり噛んだ。





「い……」





 ジョージアからは、痛そうな声が聞こえ、ディルとデリアは、私の行動に驚いていた。





「これで、本当におしまいです!

 私の痛みは、こんなもんですから、お返ししておきますね!!」




 私は、いつまでたってもこのままでいるのは、嫌だった。

 ジョージアとは、笑って過ごしたいのだ。




「ジョージア様、今度私の気に入らないことしたり言ったりしたら、

 もうお名前を呼んで差し上げません!

 アンバー公爵様!って呼ぶんですから!

 あと、今日は、一人で寝てくださいね!

 こっそり、入ってきたら蹴飛ばします!

 わかりましたか?」

「はい……」




 さっきよりは、辛気臭い雰囲気はなくなったようだ。

 それより、私が噛みついたところの方が、痛くて気になるんじゃないだろうか?

 キスマークならぬ歯形だ。




 しばらく、どこもいけないね!なんて思うと、私の機嫌も上がる。




 ふふん、とか言っている私の後ろ姿を、ジョージアが見ていた。





「女の人って……良くわからない生き物だね……」

「そんなことないですよ!

 もっと、アンナ様を大事になさればいいのです。

 アンナ様だって、弱いところもあるんですよ?

 気遣ってあげてください!」

「デリアの言うことは、真っ当です。

 旦那様はご存じありませんが、アンナリーゼ様は、本当に公爵家のために

 頑張ってくださっています。

 あの方をないがしろにするようなら、アンバー家も旦那様の代で

 途切れてしまうでしょう!」





 従者二人に言われる言葉は、ジョージアには耳に痛いことだっただろう。





「肝に銘じます……」





 また、項垂れてしまうジョージア。






 クルっと向きを変えると、また、何か落ち込んでいるジョージアが目に入った。

 私は、ジョージアに駆け寄り、手を取り歩き始める。




「ジョージア様に聞いてほしい話があるの!

 聞いてくれる?」




 ニッコリ笑いかける。




「あぁ、何だい?」




 いつもの優しいジョージアの顔つきになったことに少し安堵を覚え、執務室まで手を繋いだまま歩く。




 今日、ウィルに会った話や副隊長昇格やウィルの従者などの話をしていく。




「アンナは、本当、ウィルのことが好きだな……?」

「ウィルは、悪友ですからね!」




 悪友を褒める話もしたくてしかたなかったので、仲直りするきっかけにはちょうどよかったのかもしれない。




「ジョージア様のことも大好きですよ!」



 小声でボソッと言ったが、聞こえていたようで、チラッと隣を見上げると、とろっとした蜂蜜色の瞳が嬉しそうにしている。




「俺もアンナのこと好きだなー」

「ホントですかぁ?」

「ホントだよ!」

「じゃあ、ホントってことで!!」




 じゃれあいながら、執務室までの長い廊下を歩くのであった。

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