第123話 夜会

「アンナリーゼ、一曲……お願いできるかな?」

「公世子様……」



 私は、社交界デビュー以来なったことのない壁の華に徹して、夜会でのジョージアのモテ具合を見ているところだった。



 何度かあっているうちに、公世子も私に対してだんだん話し方も変わっていった。



 公世子に声をかけられたので、チラッと再度ジョージアをみるが、私の方を見向きもしない。

 というか、優しいジョージアは、囲まれた令嬢たちを断って私のところに戻ってくることができない様子である。



 ジョージアは、さっきまで私の隣にいたのだが、飲み物を取りに行ったきりあの状態なのだ。

 決して好きで令嬢たちに囲まれて喜んでいるとは思いたくないが、なんだか複雑な思いだ。



 ソフィアのいない夜会は、毎回こんな感じなんだろう。

 みんなソフィアより身分の高い令嬢ばかりだもの。




 ちなみに公世子が、夜会でダンスに誘うのは1人と決まっていた。

 そのまま、ベッドまでのお誘いで、一晩の思い出作りというわけだ。

 まぁ、一晩の思い出作りで終わりたくない人たちが、公世子の後ろにぞろぞろといるわけだけど……

 妃になりたい人が、たくさんいるということだ。



 公世子の後ろでは、誘われたいのに誘われない令嬢たちが、私を指して、「誰?みたことないのだけど!」などささやきあっている。


 そこから選べばいいのに……なんて、上位者である公世子に軽々しく言えないのが、めんどくさい。

 殿下にならスパっと言えるけど、まず、こういう風に女性達が、殿下の後ろについて歩くということはなかったからな……

 むしろ、殿下とハリーが私の周りをついて歩いていたくらいなのだ……




「ダメかな?」

「喜んで、お受けします!ダンスのみなら!」



 ニコニコと微笑みなが、公世子の手をとる。



「ダンスのみか……」

「その他のお誘いは、彼女たちがお望みですから、譲りますわ!」

「手厳しな……」



 ん?手厳しい?どこが?と私は首をかしげておく。

 私、これでも、婚約してますけど……

 公世子の後ろで、ご令嬢たちにチヤホヤされてますけど、婚約者もいますしね?




「でわ、お手並拝見!」



 公世子もさすがだ。

 流れるようなリードに、私はただ身を任せていればすんなり踊れる。

 そして、どういうわけか、ホールにいるのは、私たちだけである。



「あぁ、驚いているか?」

「はい。みんなはけてしまってますね……」

「俺が踊るからな!

 他は、一緒には踊らないのさ!」



 確かにこれほどうまいステップを踏まれた横で踊るのは、鈍感か自惚れくらいだろう。



 これでもかってくらい、私を他の人に魅せるダンスなのだ。

 なんていうか、『じゃじゃ馬でお転婆で破天荒な私』でも『王子様を待つ、かわいい女の子』にしてくれる、そんな感じだ。

 さすがに、これでなびかない女の子はいないだろう……



 私以外は……




「アンナリーゼは、さすがにうまいな。

 俺にこんなにバチっと合わせられる人は初めてだ!」

「そうなんですか?

 これくらいのステップなら、まだ大丈夫ですよ!」

「そうなのか?」

「はい。ジョージア様は、もっと楽しませてくれますよ!」



 公世子は、驚いていた。



「ジョージアは、普段踊らないんだがな……

 しかし、俺とダンスしているときに、他の男の話が出来るとは……

 なんてやつだ!」

「ふふふ、私、公世子様には興味ないですから!」



 さらに驚いていた。

 驚くところは、どこにもないはずだ。

 私、これでも、ジョージア様の婚約者ですからね!

 公世子にちょっと色目使われたくらいじゃ、ふらふらついて行きませんよ!



「そんなにジョージアがいいのか?」

「はい、もちろんです!

 とっても優しいんですよ!」



 ふっと笑う公世子。

 おっと、ご令嬢たちが何か囁きあっているのが見える。



「優しいか……

 それなら、俺だってなんでもしてやるぞ?」

「私に尽くすと?

 御冗談でしょ?」



 信じられないという顔をする私を拗ねたように見つめてくる公世子。



「いや、冗談などではない!

 そなたが、欲しくなった!」




 そう言われた瞬間に後ろからすっと腕が伸びてきて、私を抱きすくめる。




「ジョージア!」

「公世子様、なんの冗談ですか?」




 声からして、ジョージアは、かなり怒っているようだ。

 私を抱く腕にも力が入っているのか、びくともしない。



「冗談?

 アンナリーゼが、欲しかったから誘ったまでだ」

「アンナは、私の婚約者です!

 手を出さないでください!」

「まだ、出してないぞ!

 今、口説いていたところだ!

 邪魔をしたのは、ジョージア、そなただろう?」




 フロアの真ん中で、口げんかを始める公世子とジョージア。

 ここまで怒っているジョージアは、私は知らない。




「ジョージア様?」

「なんだい?」




 これ、かなり怒っていて私の話なんて聞かない気がする。

 チラッとジョージアを見上げた。

 だって、あの優しいとろっとした蜂蜜色の瞳にものすごく怒りがこもっている。




 ごめんね。

 公爵家の名にふさわしくないって言われるかもしれないけど……




 一体何をするつもりだと、ジョージアはこちらを見下ろしている。

 私は囲われた腕の中で、スルッとジョージアに向き直した。

 背伸びをして、ジョージアの首に腕をまわし、ジョージアにキスをする。




 いきなりキスをされた方も驚いただろうが、応えてくれ、ジョージアは私を支えてくれる。




「まいったなぁ……

 口説いていた子が、目の前でキスしてるのなんて見せつけられるなんて……」



「公世子様、私、ジョージア様が大好きなので、お断りしますね!」




 ニッコリ笑ってお断りする。



「後悔するぞ……」

「後悔ですか?

 しません!

 だって、思ってた以上にジョージア様から愛情をたくさんもらってますから、

 後悔のしようがないじゃないですか?」



 ジョージアの手を握って、ニッコリ笑顔をジョージアに向ける。

 なんか、すごく恥ずかしそうにしてますけど、私の方が恥ずかしいんですからね!と心の中で叫ぶ。




「相思相愛というやつか……

 全く、アンナリーゼのじゃじゃ馬は、俺には無理そうだ」

「あの……どこが……じゃじゃ馬なのでしょう……?

 品行方正に勤めてましたが……」

「そなた、天然か……

 ジョージアもアンナリーゼに振り回されることになりそうだな?」

「覚悟のうえです。

 この愛しのアンナリーゼは、私の自慢ですよ!

 じゃあ、また、ちょっかいかけられる前に、お暇します!」




 公世子に向け、ジョージアが挨拶をする。

 ジョージアは、とってもご機嫌になっているようなのでなによりだ。



 私もならって、淑女の礼をを取ると、公世子は、驚いている。





 公世子様、とっても驚いてますけど……

 私だって、一応、侯爵令嬢ですからね!!と内心はぷんすか怒っていたのであった。

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