第122話 主治医

 兼ねてから話があがっていた主治医もといヨハン教授をアンバー領に迎え入れる準備が完了したため今日は引っ越しだった。



 お供としてニコライが、フレイゼン領からアンバー領へついて行くことになっていた。

 ニコライがヨハン教授の引っ越し当たり、荷物を運ぶ手配から新しい研究所兼住居で住めるように品物を入れてくれたりと奔走してくれたのだ。

 

 まったくもって、ありがたい話だ。

 

 アンバー領へ向かう途中、私への挨拶として公都にある屋敷に寄ってくれたのだが、私の引っ越しにくらべ、5倍以上ある荷物に驚いた。



 しかも、これでもこちらに持ってくるものを削ったというのだから言葉にならない。



「ヨハン、久しぶりね!」

「アンナリーゼ様もおかわり……なくはないのか?」



 ん?何?私変わったの?



「どうしました?」

「あぁ、まぁ、多少大人になったのかな?と……」



 そこは返答せず、私は、にこやかにしておくことにした。

 なんか、バカにされてるような気がするのよね。



「そういえば、早速、解毒剤の出番があったとかなんとか……

 どうでしたか?」



 えっと……久しぶりにあったのだから、世間話でもしないのか……

 まぁ、研究バカだから、これが世間話なのだろう。

 仕方ないのか……



 思うところはあったけど……



「解毒剤は、かなり効いたわ!

 どれだけ盛られたかはわからないけど、一本では足りなかったみたいだけど、

 おかげで、命は取り留められたし、そのあともケロッとしてたかな?」

「そりゃ、致死量盛られたんだろ?

 脅しくらいの量なら、1本で十分効きすぎなぐらいだ。

 もしかしたら、常日頃から盛られていたのかもしれないな」

「耐性があったから、気づかなかったということかしら?」

「その可能性もある。

 なんでも素直にバクバク食べすぎなんですよ、アンナリーゼ様は」



 なんだか、それって、拾い食いでもしているかの言い草なのだけど、私、そこまで食い意地は張っていないつもりだ。

 今度、デリアに食べる量について聞いてみよう……



「今は、ジョージア様が、食べた物しか食べさせてもらえないから、

 毒を盛られる心配もないから大丈夫よ」

「それはそれは、いい旦那に恵まれたもんだ」



 話ながら、ヨハンの目が私を上から下まで見ていく。



「一応、寄ったから、軽く健康診断と行こうか?

 これでも主治医として呼ばれたからね」

「はぁーい、どうしたらいい?」

「そのままでいい」



 そういって、ヨハンは私の首筋の脈を取り始める。

 普通、手首だと思うんだけど……



 ちょうど、そのときにディルが入ってきた。



「アンナリーゼ様!何を!!」

「ん?ディル?脈取ってるの」

「やかましい!動くな!」

「「すみません」」



 私とディルは、ヨハンに怒られて謝る。



「脈拍は正常だし、目もいいし、どっこも悪いところなんてないな!」

「ありがとう!」

「そろそろ、行ってもいいか?」



 なんてそっけない主治医だろう……

 研究がしたいから、早く新しい研究所へ行きたいと言い始める。


 

 新しい研究所兼住まいには、すでに先にニコライと助手の2人が向かっている。

 助手に言わせると、着いた瞬間から研究するに決まっているから、先に整えておかないといけないとかなんとか……

 助手は、大事にするべきだと、思う。

 でも、こんなヨハンに付き従いたい助手は、たくさんいたようで、1人の古株の助手以外は、3ヶ月に1回交代制となっているそうだ。



「アンバー領の少し奥地にしましたから、薬草とかいろいろ取れるみたいですよ!」

「さすが、アンナリーゼ様!

 わかってらっしゃる!」



 別にわかりたくはないが、せっかくアンバー領まで来てもらうのだ。

 それなりに、ヨハンが住みやすいもとい研究しやすいような環境は整えないといけないと思っていた。

 フレイゼンの学都に比べれば、全然満足のいくところではないのかもしれないが、気に入ってくれると私も、用意してくれたニコライやディルも嬉しい。


 

 いつか、ヨハンの研究室も行ってみたいなと思う。

 私、アンバー領にすらまだ、行ったことがないのだから……





「なんか、久しぶりに大事にされていない感じだわね……」

「あ、そうだ。解毒剤置いてくわ。あと、これ!」

「何?これ……?」



 ガサガサと箱を漁っているヨハン。

 もう少し、片づけて入れた方がいいんじゃないかと思う。



「アロマだよ。

 東の方では、お香と呼ばれているらしいんだけどね……

 アンナリーゼ様、普段は気丈に振る舞えるけど、煮詰まるときも多いだろう?

 あった、あった!」



 そこに置かれたのは香炉である。



「東の国に伝わるものらしくて、なかなかいい匂いで、気持ちを落ち着かせて、

 ゆっくり寝られるようになるって」



 確かにこっちに来たときは、たいぶ気持ちも浮いたり沈んだり悩んだりと一人の時間は、百面相をしていたのだ。

 ジョージアの花茶のおかげで、少しずつ気持ちも落ち着いて自分らしさを取り戻せている。



「ちょっと、焚いてみようか?」

「えぇ……」



 興味で答えたが、確かにふんわり優しい香りが香ってきて気持ちが、ふわっとするようだ。


 これ、ジョージア様に入れてもらった花茶と同じ匂いだわ。



「これ、ジャスミン?」

「よく知ってるね」

「ジョージア様が入れてくれた花茶と同じ匂いがしたから……」

「花茶を入れてくれる旦那さんって……相当、仲良くやっているようだね。

 これは、置いていくよ。

 上手に気分転換に使ってみて!」




 ジャスミンのお香を置いてイソイソと出ていくヨハン。



 ホクホクとした顔をして、ヨハンは、新天地へと赴いていく。






「なんと申しますか、自由な方ですね……」

「ディル……そうね。

 ヨハン教授は、研究が1番ですからね……私は、二の次よ!」

「それでは、困ります!!」



 デリアは、怒っているようだが……

 ヨハンに普通の医者として求めるほうが難しいだろう。

 でも、腕は確かなのだ。



「そういえば、いい匂いがしますね。

 優しい匂いだわ!」



 お茶を入れる準備のために、席を外していたデリアが、気づいたようだ。



「今、ヨハン教授が香を焚いてくれたの!」

「ジャスミンですね。

 ちょっとお疲れ気味のアンナ様にちょうど良かったです。

 少し、横になられてはいかがですか?」



 デリアやディルから見ると、動き回っていたり、慣れない領地の資料を見たりしている私は、少し疲れているようだ。

 すすめられたので、少し横になることにした。




「じゃあ、少し眠るわ」


「「おやすみなさいませ」」




 ベッドに横になると、ふわっとジャスミンの香りがしてきて心地よい眠りにいざなわれるのであった。

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