・第36話 再会?

 その時、風が始まって、彼女の声が響き渡った。

「やめて」

同時に、シトラスの香りがアンズを包み込む。

ダイジュの作り上げた檻が解されて崩壊していった。

「この子を傷つけることだけはしないでって、言ったはずよ」

アンズの目の前に、彼女の背中があった。

色合いが薄まって、背の高く細い彼女を更に儚げに見せている。黒い髪がふわりと舞い上がった。その時ちらりと見えた頸の白さに、アンズは親友が目の前にいるのだと身体中で感じて目を見開いた。

 マキが、風にあおられた前髪をアンズへと向ける。

「久しぶりだね、アンズ」

アンズの瞳の中にマキが映った。

マキが大きく両腕を広げる。今にも涙で歪みそうな表情をして、アンズのことを待っている。

アンズは駆けだした。マキ以外の何も見えなかった。勿論、駆けだした衝動を抑えきれずに衝突する可能性も。

マキはアンズの熱すぎる抱擁に姿勢をぐらつかせ、驚きの声をあげて床に倒れ込んだ。拍子にアンズはマキの上に覆い被さった。

「マキ・・・!」

アンズは涙の雫がマキの頬に移るのにも気づかないまま、ただ泣きじゃくる。

マキも顔を赤くしながら、薄い身体でアンズをぎゅっと抱きしめ返した。

もしかしたらこのまま二度と会えないんじゃないか、アンズが胸の奥で必死に閉じ込めていたそんな恐ろしさは分解されて空気の中にさっと溶けていった。

マキのいつもの匂いを感じる度、新しい涙がぼろぼろ生まれてきて、アンズは胸が痛くなるほどだった。

「その方が、アンズ様なのですか」

二人を眺めていたダイジュは、わざわざ空気に水をさして無愛想にマキに尋ねた。二人はようやく身体を離すと、立ち上がった。

「ええ、この子が私の親友」

ダイジュは苛立ちをもう隠そうともせず、アンズを見定めるようにジロジロと見やる。

マキの言う通り、確かにダイジュはアンズを攻撃してはならない。

ダイジュは憎き人間を目のない顔で睨みつけた。

「・・・しかしですね」

ダイジュはアンズに指を突きつける。

「ここにいられると困るのですよ」

アンズはマキに耳打ちした。


マキが魂をダイジュに明け渡すと言う契約を交わし、マキの魂とダイジュの怨念が融合したことで、森の守り神を呼んでしまったこと。


森の守り神は、地球を滅ぼそうとしていることを。

マキはざっと青ざめ、ダイジュを睨みつけた。

「あなた、私が魂をあげればこの星を滅ぼさないと言ったじゃない・・・!」

「・・・ええ、滅しません。私はね」

ダイジュの宝石が黒に近い紫に染まる。

「森の守り神?さあ、なんのことやら、私は存じ上げませんね」

ダイジュの低い声は、こちらを揶揄っているような軽い調子だった。

日常会話の中で、軽い冗談が飛んだ時のような。

マキがギリ、と歯を噛み締める。

「騙したのね」

 目を釣り上げるマキに、アンズは思い出した。ハルの言葉だ。


確か、マキが自我を思い出せれば、守り神を退けることができる。


アンズはそのことをマキに伝えた。

「自我を思い出すって、どう言うことなのかな。一体何をすれば・・・」

マキは首を傾げる。

「というか、私、もう自我は目覚めているんじゃないかな。だって今、アンズの前にこうして存在できているし」

アンズがここにくる前、マキの意識は睡眠中の時のようなぼんやりした波に漂っていた。アンズの声が聞こえたから、この白い空間の中に現れることができたのだ。

マキの自我は、まだ目覚めていないのか?

二人がそう考えた瞬間、ダイジュの片手がきらりと光った。


そして二人の意識が、かき消えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る