◆第29話 愚かな二人
幸福全身党の最上部に警報が鳴り響いた。
『警告、治安維持協会が一階に侵入した模様です!現在幸福善心党の党員達と交戦しています。さらに増兵しますか?』
一人の男性党員の声だった。
「・・・ついに来たか」
コトはデスクに両手をついた。これからの計算を瞬時に頭の中で完了させる。
こちらを増兵すれば、他の場所での兵が減る。戦況が不利になるが、それでもナミがやられればゲームオーバーだ。
それに、ハル亡き今、あのケダモノ達の動向も気になる。聞けば、もう広場にはケダモノ達が人々を襲い始めているという。
広場の党員達には逃げろと命令したが、一体どれほどが無事に逃げられたのかは全く分かっていない。
ハルの言っていたことがもし全て本当なのだとしたら、ケダモノ達は我々人類にとってとてつもない脅威ということになる。コトは手のひらを握り込んだ。
だがもう今更引き下がることはできない。
「増兵を・・・」
そしてコトがそう言いかけた直後、ナミがそれに重ねるようにして返事をした。
「増兵はしないで」
ナミは、力強く言いきった。コトは仰天して、ナミに詰め寄る。
「どうして!もう敵が攻めてきてるんだぞ!?君がやられたら、この戦いは終わるんだぞ!?」
ナミは、コトに向き直るとこう言った。
「あなたは逃げて」
空気が、ピンと張り詰めた。
ナミは増兵しないようにもう一度告げ、更には党員達に逃げても良いと宣言した後、通信を切った。
ナイフがぶつかる音や、悲鳴、足音が近づいてくる気配がする。
「なんで、今更逃げろだなんて言うんだ」
ナミがタンスから銃を取り出し、玉を込めた。それを腰にぶら下げる。その後コトにも、同じ型の銃を渡す。
「コトは悪くないから」
足音がどんどん増える。階段を上がってくる兵士達は、党員達の抵抗をねじ伏せてなんの障害もなく上がってくるようだ。
コトはナミの肩を掴み、激しく揺さぶった。
「馬鹿なことを言うな!君は、一人で殺されるって言うのか!?」
ナミと目が合う。
「私、本当に馬鹿だった。誰かに必要とされたくて、頼られたくて、コトやたくさんの党員の人達を危険に晒した」
ナミは涙を流していた。
「一番近くに、こんなに私のことを思ってくれている人がいるのにも、気づかなかった」
コトは、ナミがしゃくりあげる姿に、頭の中がすっと冷えていくのを感じた。コトにとって、ナミがこの世から消えることだけは、耐えられないのだと悟った。
「動くなッ!手を上げろ!」
その時、背後で扉から声がした。
治安維持協会の兵隊40名が、部屋に入ってくる。皆銃を構えていた。
コトが振り返ると、兵隊達がこちらを睨んでいるのが見えた。その時、自分たちは本当にただの幼馴染でも親友でもなくなってしまったということを知った。
「ナミ、僕は逃げないよ」
コトが小さく囁く。
「君一人で逝かせはしないよ」
コトはナミを守るようにして兵士たちに銃を向けた。
その時音が破裂した。コトの白いシャツ越しに、右肩から血が滲み出した。
「やめてーーーーッ!!」
ナミの絶叫が響き渡る。
ーーーーーーーーーーー
発端は、冗談だった。
中学時代部活に所属していなかった二人は、いつも一緒に登下校していた。歩いて30分で中学に着く。初めは自転車通学を望んでいたナミだったが、コトが徒歩通学をすると知ると、自転車が欲しいという愚痴は言わなくなった。
中学2年生の秋、二人はいつものように歩いて下校していた。目の前の橋を通ってすぐ、別れ道があるのでそこでお別れだ。
「ねえ、おっきな組織のリーダーになるってどんな感じかな」
ナミのセーラー服の裾が風でふらふらと揺れた。コトは、学校が終わっても決して第一ボタンを外したりはしない。
「やっぱり、大変なんじゃない。大きな組織ってことはたくさんの人たちがいるってことでしょう。その分自分の決断が大事になるもの」
コトの答えはいつも真面目一辺倒のように、ナミには思えた。これはナミが求めた答えではない。
「でもさ、やっぱり嬉しくなるんじゃないかな。私なら、嬉しいと思う。だって、大勢の人に囲まれて、頼られるんだもん」
ナミはニコニコしていた。
コトはその笑顔を見て、つられて微笑んだ。コトはナミの笑顔を見るのが好きだった。
橋を渡り終わった。ナミは左の道、コトは右の道へ帰る。さよならをしようとした時、コトはナミに呼び止められた。
ナミは時々見せる辛そうな表情で、少しだけ背が高くなったコトを見上げて言った。
「もし私が、どこかのおっきな組織のリーダーになったら、コトはどう思う?」
コトは、ナミに笑って欲しいと思った。
「君が望むなら、そばに居るよ」
ナミは花が咲いたような笑顔でパッと笑ってくれた。
「私たちで作ろうよ!とってもおっきな組織!名前は・・・えっと、幸福の会、みたいな!」
「それはちょっと胡散臭すぎるんじゃない?それに名前よりまず何をする組織なのかを考えないと」
二人は、冗談で笑い合っていた。
ナミは友情という愛が始めから自分の側にあったと気づけなかった。
コトは、ナミの望みを叶えようとして間違いを止められなかった。
ーーーーーーーーーーーーーー
後ろ手で縛られ、二人は床に転がされる。二人の頭には銃がつけつけられている。
「おい、まだ殺すな。逮捕するだけだ」
後ろにいる治安維持協会の一員が、銃を突きつけている男の方を掴んだ。
「ここで殺しておかないと、党員に完全な降伏を迫ることができない。殺すべきだ」
実際、治安維持協会では、リーダーであるナミとその補佐であるコトの生死には拘らないという令が出されていた。だから二人を生かすか殺すかは、ここにいる兵士たち次第だ。
そして今、二人の命は消される方向に動きつつある。生捕にしたところで、テロとも取れる今回の立て籠り事件の首謀者には重い重い刑が課されることだろう。
あざけるような笑い声が、どこからかした。
「あらら、捕まったのかい・・・俺が言えることじゃないなぁ」
地下牢から解放されたイブキが、扉の前にいた。コトは頬を床に押し付けられたまま、イブキを見上げる。イブキは冷たい目をしている。軽蔑しているような目を。
ナミはもう力なく横たえられている。その瞳からは、後悔、懺悔の涙が止まることなく溢れ続けていた。
イブキはナミとコトの顔をじっと見つめた。そして見比べた。
その間、わずか30秒ほどだった。
彼はため息をついて頭をぽりぽりかいてから、ナミを押さえつけている兵士に、「やめろ」と告げた。
兵士達は戸惑い、顔を見合わせる。
するとイブキが尚も付け加えた。
「殺す価値もない奴らだ。生かしておいたって何もできないさ」
そして兵士たちに「ちゃんと座らせてやれ」と注意をすると、イブキは部屋を出て、階段を降りて行ったのだった。
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